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ピアノを聴かせろですって?!・・裸を見せろみたいで恥ずかしいですっ

加奈の存在がばれて、音楽室に行くのが正直躊躇われたが、この間別れ際に彼が言った言葉が心に残っていて、恐る恐る漠然とした不安を感じながら音楽室に向かった。


彼は怒るどころか演奏を聴きに来てもいい、待っていると言った。もう行かない方がいいのかもしれないが、彼女の演奏をもう聴くことが出来なることはとても名残惜しく残念に感じられて、またこうして後ろめたさを感じながらも音楽室に向かっている。


そんなことを考えながら音楽室を目指していると、いつもなら今いる廊下にまで響いてくるはずのピアノの音色が聴こえてこなかった。今日は音楽室に誰も来ていないのだろうか、それともまだ彼女が教室の掃除か何かのために来るのが遅れているのだろうか。


以前、加奈が先にたどりついて、音楽室から少し離れた所で待っていると彼女が遅れて来る事が何度かあった。もちろんそのまま待っても来ない時もあった。音楽室の前までやってくると室内の照明はついていなかった。


彼らはいつも照明をつけずに夕暮れの光の中で過ごしていることが多かった。彼女は既に中にいてこれから演奏するのか、それとも今演奏を中断したところなのかと考えながら、ドアの小窓に近づいていって中を覗いた。


ピアノの前に置かれた椅子には彼女の姿がなかった。部屋全体を見渡すとやはり彼女はいなかったが、真ん中辺りの席に、加奈の覗き見をこの間見つけた彼が机にキャンバスノートを開いて座っていた。覗き込む加奈と彼の視線がばったりと合って、彼はにこりと笑いかけてきた。


加奈は思わず小窓から顔を離し、後ろに後ずさった。どうしよう・・と考えているといきなりドアが開いて加奈はとびあがった。思わず短い悲鳴を漏らしそうになったが何とか抑えた。


「そんな人をお化けみたいに驚くことないでしょう。」

笑いながら彼は言った。す、すみませんと加奈は反射的に頭を下げた。


「残念だけど今日は彼女、来ないよ。学校自体休んでるからまあ当然だけどね。」

「そうですか・・・・。お体の調子でも崩されたんですか?」


彼女が来ないと知って加奈はがっかりしたし、ほっと安堵もしたようなよくわからない気持ちになった。

「うん、風邪を引いたみたいで、今頃は家で寝込んでるんじゃないかな。まあ一日安静にしてたら明日は登校してくるはずだろうけどね。ところで君、前会った時より元気がないように見えるけど、君こそ体調でも悪いのかい?」


加奈はぎくりとしてそんなことないですよと苦笑いして見せた。ここのところおばあちゃんの家に通い世話をしているが、日がたつにつれておばあちゃんの容態が悪化するのを加奈は肌で感じていた。


そんなおばあちゃんを加奈は指をくわえて見守ることしか出来なくて世話をすること以外何もしてあげることはできず、絶望的な無力感に苛まれていた。


次第に弱まってやつれていくおばあちゃんを見ているのはとても辛かった。加奈は心の疲れが表にあらわれていたのかもしれない。何もないように振舞っていてもわかる人にはわかるのかもしれなかった。じゃあ、失礼しますと挨拶し踵を返して足早にその場を立ち去ろうとしたところで加奈は呼び止められた。


「ちょっと待って。」


何か、と振り向いて彼を見ると何とも言えない笑顔を満面に浮かべていた。

「ここで待ってたら君が来るかもしれないと思って待ってたんだ。少し僕と話をしていかないかい?用事とかなかったらだけれど。」


加奈は盗み見を見られたのに、非難されていない身なので後ろめたく、彼の誘いを断りづらかった。

「私と話すことなんてあるんですか?」


おずおずと上目遣いに聞くと彼は微笑んで頷いた。

「彼女の演奏に興味を持った君に僕が興味を持った。」


加奈は困惑しながらも少しだけなら、と了承した。ありがとうと、彼が入り口のドアを開けて加奈を招くように音楽室に促した。音楽室に足を踏み入れると、グランド側の窓から射してくる西日が眩しかった。彼が後から入ってきてドアを閉めてさっき座っていた机のところに行き、キャンバスノートを閉じてピアノ側の机に移動した。


加奈は一番前の教卓辺りで立ち尽くしその様子を見ていた。

「君、ピアノは弾けるの?」

椅子に座りながら彼は唐突に聞いてきた。


「ええ、弾けますけど・・・・」

首を傾げながら加奈は答えた。彼は机の上で腕を組んでその上に顎を乗せて、目を閉じしばらく考えるようにしてから、加奈の方を向いて言った。


「じゃあ、少し僕に君の演奏を聴かせてくれないかな?」

「あの・・話は・・・?」


「演奏を聴くという事は時には、話してみることよりも人となりを知ることが出来ることがある、と僕は思っているんだ。」


彼のいう事がなんとなくわかるようでわからなかった。確かに楽器の演奏や歌、絵画などは、演奏者、描いた者の人格が素直に出るものだろうか。戸惑いを隠せずに加奈が立っていると彼は続けた。


「まずは挨拶とでも思って、演奏してくれないか?」

「でも・・・そんなに上手じゃないし。」


加奈は過去に発表会で優勝したことを伏せて嘘をついた。彼が夢に関係する人物かもしれなかったが、裕子や観客たちに聴かせるならいざ知らず、ほとんど面識もない人間に個人的に演奏を聴かせるのには多少抵抗があった。


放課後の音楽室で、二人きりで、しかも男性に演奏を聴かせるのは妙に気恥ずかしくもあった。

「うまい下手は関係ないよ。彼女にひかれた君の演奏を僕は是非聴いてみたいな。駄目かい?」


躊躇いがちな視線をピアノの方に向けるといつも演奏している彼女がいない無人のグランドピアノが西日を浴びて赤く染まり、黒い影をつくってそこに沈黙するようにたたずんでいた。


誰かの手で演奏されるのを静かに息を潜めて待っているように思われた。加奈が見つめているとピアノの前にある椅子の上辺りの空間が変化した。


それまで夕陽のせいでオレンジ色に見えたその空間に徐々に白い色が混ざって明度が増していく。加奈は驚愕してその様子を見つめた。以前にも同じようなことがあったような気がする。あれは・・・たしか・・・・


そう、小学生の時に出たピアノ発表会で加奈が演奏する前に舞台のグランドピアノで見た光景だ。その時に見たのは死んだはずの母だった。


もしかして今度も・・・・。


じっと見守っていると白い空間はもやのようなものが加わり、はじめは漠然としていた形が徐々に人の形に変化していった。加奈は大きく目を見開いて、瞬きするのも忘れて絶句した。


そこには以前見たのと同じ、母が椅子に腰掛けて加奈の方を微笑んで見つめていた。

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