立川さんはなんていい人なんや(涙)
おじ、おば、愛そして加奈の四人でベットに寝ているおばあちゃんを囲んで談笑していると窓から差し込む光に赤いものが混じってきて夕刻に近い時間なったことを知らせた。
「そろそろおいとましましょうか。」
おばが腕時計に目をやって言った。それぞれ帰り支度を済ましておばあちゃんに、また来るねと加奈と愛が言い、夕食をきっちりとって栄養をとらないといけないよとおじが言っておばあちゃんはありがとうね、気をつけてお帰りよと手を振った。病室を後にしようと加奈が一番最後にドアをくぐりながらおばあちゃんに笑顔で手を振っていると、呼び止められる声があった。
「加奈ちゃん、ちょっと待って。」
立川さんがゆっくりとベットから降りてきてそう言った。加奈はきょとんと首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな。」
立川さんはこめかみを一指し指で掻いて言った。
「ええ、構いませんけど?」
「よし、ここじゃ何だし待合室に行こうか。」
おばあちゃんに挨拶して加奈と立川さんは病室を出た。何の話だろうか、おばやおじ、愛ではなく加奈が呼ばれたのだから加奈に用があるのだろうが、まったく見当がつかなかった。
待合室まで歩いている間、立川さんの顔をちらっと見ると、眉間にしわを寄せて渋い顔つきをしていた。深刻な話なんだろうか、そんな顔を見るとそれがうつってしまったように加奈の胸に不安が広がった。
待合室には夕御飯前という事もあって並べられた椅子に一人しか患者がいなかった。加奈と立川さんが並んで一つの椅子に腰を下ろした。途中の自販機で買ったお茶を差し出されて加奈はお礼を言って受け取った。
二人の間にしばらく沈黙が降り立って、待合室のテレビでやっているニュースキャスターの声が聞こえるだけだった。立川さんは難しい顔つきで目を閉じていたが、一つ重い息を吐いてから加奈の方に体を向けて切り出した。
「加奈ちゃん、お家でおばさんとおじさんからひどい扱いを受けてるんだって?」
立川さんは真剣なまなざしで加奈を見据えた。一瞬どくんと体の中を血液がはねて流れるのを加奈は耳に感じた。
「何のことですか。」
動揺した心内を隠すように平静を装って見せた。
「おばさんたちによく殴られたり、家事を強制的にやらされているのかい?」
加奈の反応から探るように、確証を得るように立川さんは聞いてきた。加奈は首を横に振って否定した。
どこからそんなこと聞いたんですかとシラをきって質問し返すと立川さんは一層難しい顔になって前方の椅子の背もたれの後ろ側あたりを見つめた。
「君のおじさんとおばさんが病院の廊下で君の事を話しているのを偶然聞いてしまったんだよ。君が見舞いに来たことを非難して、家に帰ったら懲らしめると言ってたぞ。」
立川さんは加奈の表情の変化を探るようにチラッとこちらを見た。加奈は次第に顔が青ざめていき返す言葉が見つからなくて黙ってしまった。加奈の知らないところでおばたちが話しているのを他人に聞かれてしまった。
しかもそれが知られたくはない上位の位置にいるといってもいい、おばあちゃんと同じ病室にいる立川さんに。
「本当のことなのかい?」
加奈の表情の変化から立川さんはやはりそうなのかと確信を得たように聞いてきた。おばたちが話しているのを聞かれた以上、もう隠せない。加奈は頷くしかなかった。
「中村さんはこのことを知っているのか?」
加奈は俯いてうなだれたまま首をゆっくり左右に振った。
「いえ・・・・普段は離れて暮らしてるから知らないと思います。おばあちゃんがたまに家に来る時だけおばさんたちは私に対して仲がいいように接してますから。」
「じゃあ、このままではいけないだろうに。是非中村さんに本当のことを言うべきじゃないのか?君の事を大切にしている中村さんだからきっと何とかしてくれるだろう。それに加奈ちゃん自身そんな生活を続けて辛いだろうに。」
身を乗り出して立川さんは加奈に言った。
「いいんです、このままで。おばさんたちにはひどい扱いを受けてること口止めされてるけど、もし口止めされてなかったとしても私おばあちゃんにこのことを言うつもりはありません。」
加奈は顔を上げてきっぱりとした態度で言った。
「どうしてなんだい?私は君がそんな境遇に置かれていることがどうしても納得できないよ。君が中村さんに直接言いにくいのであれば私が変わりに言ってあげてもいいんだよ。いくら血のつながってない、引き取られた人間だからって苦しいのを我慢することはないじゃないか。家の人皆が皆悪い人達ばかりならどうしようもないが、君には中村さんがいるんだから。」
立川さんは加奈を説得するように言葉を続けたが加奈は首を縦に振ろうとはしなかった。立川さんが椅子についた腕をつかんで加奈はしっかりとしたまなざしを向けて訴えるように言った。
「お願いします。おばあちゃんには言わないで下さい。おばあちゃん自分の家族のこと本当に心から愛してるんです。そんな大切な家族がもしそんなひどいことを平気でする人達だって知ったらおばあちゃんきっとショックを受けて悲しんでしまうわ。私、そんなおばあちゃんの顔見たくないんです。おばあちゃんにはいつも笑顔でいて欲しいから。高校を卒業したら自立して家を出るつもりです、それまで私が辛抱すればいいだけですから。お願いですから黙っててください。」
加奈のかたい決意のこもった切実な言葉に立川さんはおされたのか、言葉を失ってしばらく加奈を見つめていた。
「確かに君がそんな扱いを受けてることを知ったら中村さん悲しむだろうが・・。」
再度、お願いしますと頭を深く下げて加奈は言った。そんな加奈を困惑した面持ちで立川さんは見ていた。
かたくなっていた気難しそうな表情を解くと肩の力を抜き大きく息を吐いて加奈に告げた。
「わかった。加奈ちゃんがそこまで強い意志を持って言うなら私は黙っているよ。私は他人でしかないんだしね。でも辛くて耐えられそうにないと思ったら無理して我慢なんかしないで、必ず誰かに言うんだよ。私でもいいし、中村さんに言うなら私が話を聞いた証人になってあげるから。」
「ありがとうございます、立川さん。私なんかに気を使ってくれて。」
加奈も祈るような懇願していた表情をパァッと明るくさせた。加奈は最近知り合ったばかりの他人である立川さんがこんな風に親身に心配してくれたことがとても嬉しかった。
立川さんが白髪まじりの頭に手をやり苦笑いして目を細め、それにしてもと加奈を見つめて言った。
「加奈ちゃん、君は本当に良い子だね。どこまでもおばあちゃん思いで大好きなんだね。」
立川さんは少々感極まったのか涙ぐんだ笑顔を向けた。加奈も笑顔ではい、大好きですと元気に頷いて見せた。




