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イケナイものを聞いてしまった立川さん

日曜日の昼下がり、病院患者たちが昼食を食べ終えて少しした頃、立川の病室に見舞い客があった。中村さんの息子さんの奥さん、そして中村さんの孫である高校生の娘さんだった。中村さんのいる窓辺まで歩いていく途中で彼女たちは立川に会釈した。中村さんと彼女たちが会話をしているのをなんとなく隣のベットで新聞を読みながら聞いていた。


「おばあちゃん、体の調子はどう?早く退院できると良いわね。」

「おいしいメロン買ってきたの。食べますか?」


嫁と孫は笑顔になってそれぞれ中村さんに話しかける。立川は中村さんにお見舞いのメロンをすすめられたが丁重に断ってから、なまって動きが鈍くなった体で立ち上がって、トイレに行くために病室を出た。この歳になって病んでいるし、ほとんど動かない生活を送っているから少し動くだけでもすぐに息が切れる。


トイレに行くだけでも一苦労である。用を足した後、すぐに病室には戻らず三階の大きく廊下が開いたところにあるテレビが置かれた待合室に向かった。緑の皮で覆われた椅子によっこらしょと腰掛けてテレビを眺めた。テレビにはデイゲームの野球中継が放送されていた。


立川の他に椅子には三、四人が座っていて黙ってテレビを見る者、患者同士世間話しをしている者、新聞を読んでる者など様々だった。しばらくテレビを見た後、軽く首をまわして病室に戻るべく立ち上がろうとした時、背後の廊下を中村さんいわく家族同然である加奈ちゃんが中村さんの病室のほうに歩いていくところだった。


手には綺麗な花とお見舞いの品らしいものを抱えていた。いつも制服姿の加奈ちゃんを見ていたので、今日は私服姿だったから一瞬見逃しそうになった。加奈ちゃんは椅子に座る立川に気づいた様子はなく歩いていった。


病室に戻ろうとして今度こそ立ち上がり待合室を後にした。ゆっくりとした動作で病院の廊下を歩いていく。真っ白な壁についた手すりに凭れながら歩いていき目の前にある角を曲がって三つ目の部屋が立川の病室だ。


角を曲がろうとした時、中村さんの見舞いに来た奥さんの不機嫌そうな声が聞こえて角の手前で反射的に立川は足を止めた。身を潜まして半目だけ角から出して廊下の先を伺うと立川の病室から少し離れた所の壁に奥さんがもたれて立っていた。


側には男性が立っていた。彼は確か中村さんの息子さん、つまり奥さんの旦那さんである。以前見舞いに来ていたので知っていた。このまま病室に向かってもよかったが奥さんの顔が立川や中村さんの前では見せたことのない怒りをあらわにした表情をしていたからなのか立川は自然と足が止まった。


病室で見せた笑顔がまるでつくりものの仮面の笑顔ではないのかと思わせるくらい意地の悪そうな表情をしていて、これがこの人の本性ではないのかと思った程だった。


「あの馬鹿また来なくていいのに来たわ。黙って家で家事やってればいいのに、これじゃ私たちの点数稼ぎが出来ないじゃないの、まったく。」


病室に目をやりながら吐き捨てるように奥さんが言った。馬鹿とは誰のことだろう。もしかして加奈ちゃんのことなんだろうか。立川は耳を疑った。さっき待合室の前で加奈ちゃんを見かけたから今はたぶん病室の中だろう。


「そうだな。だがおふくろが加奈が来るたびに喜んでるから見舞いに来るなとは言えんし。急に加奈が来なくなったらおふくろ怪しむだろう。まさか家のことのために見舞いに来るのを禁止したとはとても言えんしな。ここは我慢するしかないんじゃないか。」

憮然とした表情で旦那さんが腕を組んで言った。


「おばあちゃんもおばあちゃんだわ。加奈が来てる時だけあんなに喜んじゃって。私達が来る意味ないんじゃないの。」

親指の爪をかんで奥さんは言った。


「まあ、怒るのもわかるが。家に帰って加奈を今まで以上にもっとこき使って懲らしめてやればいいじゃないか。平手の一つでもかましてやれ。ストレスを溜め込むのはよくないぞ。」


そうね、そうするわと言うと奥さんが瞬時に表情を変えて病室に入っていった。怒りの顔をすっと消していた。それにつづいて旦那さんも入っていく。ドアが閉められてから立川はやっと角から姿を現した。聞いてはいけないもの目の当たりにして聞いてしまった、いや重要な聞いておくべきことかもしれなかった。


今の奥さんたちの話は本当のことだろうか。話から知れることは加奈ちゃんが一緒に暮らしている血のつながらないおじやおばから暴行を受けて、家事をやらされて召使のようにこき使われているらしいことだ。中村さんはこのことを知っているのだろうか。立川は賑やかな声が聞こえてくる病室に入っていった。


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