血の繋がりよりも大切なモノ
次の日、学校の帰りにおばあちゃんの入院した病院に向かった。授業中、おばあちゃんのことが心配でいてもたってもいられなくてまったく身が入らなかった。学校が終わると急ぎ足で校門を抜けて花屋で花を買った以外はわき目も振らず、病院を目指した。
おばあちゃんが入院している病院は加奈たちが住んでいるところから車で十分くらいのところにある総合病院だった。病院を入ったところにある受付で名前とおばあちゃんの見舞いに来たおりを伝えた。病室を教えてくれた看護師によるとおばあちゃんは昨日、集中治療室の個室に入れられ、今日の朝になって体の症状が落ち着いたという事で二人部屋に移されたようだった。
エレベーターで三階まで行き、目的の病室まで歩いていった。途中看護師や点滴を携えて歩く患者とすれ違った。ベンチが置かれた待合室にはテレビが置かれて数人の患者が座って見ていた。おばあちゃんのいる病室の前まで来て表札の名前を確認するとおばあちゃんの名前ともう一人立川という知らない男性の名前があった。
ドアをノックし開けて中に入るとベットが二つ並んでおかれていて手前のベットにはかなり歳のとっていそうな男性のご老人が横になっていた。目が合って加奈は軽く会釈してから窓際に置かれたベットに向かった。男性も微笑んでにっこりと笑って感じのよさそうな人だと思った。
おばあちゃんはベットに仰向けに横になっていて窓のほうを向いていたが加奈が側まで近づいていくと、意識があるらしく起きていて加奈が来たことに気がついて笑顔になった。
「まあ、加奈ちゃん来てくれたの。」
「おばあちゃん、倒れたって聞いて本当びっくりしたよ。すごく心配だったんだから。」
鞄を床に置いて微笑みながら加奈はベットの側に置かれた丸椅子に腰掛けた。
「思ったより元気そうなんでほっとしたわ。体のほうは大丈夫?」
おばあちゃんのいつものように加奈に向けてくれる笑顔を見て心底安堵した。病院に来るまでの間、学校などでは不安で仕方なかったのが嘘のように安らいだ。加奈は少し目尻に涙が浮かんだ。
「ごめんねぇ、心配かけちゃって。今のところは安静にしてなくちゃいけないけど体の調子は楽だよ。でもうれしいねぇ。加奈ちゃんが一番最初に見舞いに来てくれて。」
「ううん、昨日おばあちゃんが意識がなくて病院に運ばれた時、おじさんおばさんと愛ちゃんが駆けつけてくれたみたいだよ。」
ああそうだったのかい、とおばあちゃんが頷いた。加奈はこのことをかなり遅くに知らされたから来れなかったことを話した。
しばらくたわいのないおしゃべりをして笑い合ってから、持ってきた花を生けるために加奈は花瓶を持って病室を出た。ちょうどおばと愛が見舞いに来たらしくばったりと顔を合わした。
「なんだ、あんた来てたのね。」
おばはふんと鼻を鳴らしてから入れ違って病室に入っていった。
「こんなところで油うってる暇があれば夕飯の用意しなさいよね、ぐず。」
続いて愛が見下すような目つきで言って入っていった。いつもの事ながらの理不尽な態度だとわかっていたが、加奈はやるせない気持ちで大きなため息を一つついた。本当にあの優しいおばあちゃんの血のつながった家族なんだろうかと疑わずにいられなかった。
それから連日、加奈は病院にお見舞いに行くようになった。夕飯の準備もあって長居は出来なかったが、時間の長さは重要ではなくて毎日短い時間だけでも会いに行くことに意味があると加奈は考えていた。
おばあちゃんは毎日来るのは大変なんだから無理しなくていいんだよって言ってくれたけど、見舞いに来るのは義務感や強制ではなくて加奈がおばあちゃんを大切な自分の家族だと思っているから、加奈が心底、来たいと思ったから毎日通っているのだ。
そう話すとおばあちゃんはとても喜んでくれたし加奈もそんなおばあちゃんを見るのが嬉しかった。何度も通う内におばあちゃんと同室の患者である立川さんとも顔なじみになって仲良くなった。最初に感じたようにとても穏やかそうに優しく笑う人の良さそうな男性だった。
加奈は知らない人と接するのはあまり得意ではなかったが、言葉を交わしていくうちに警戒心が解けてよく話すようになった。立川さんは誰も見舞いに来ている人がいない時、おばあちゃんともよく談笑しているようだった。
「毎日お見舞いに来て、お嬢ちゃんは本当におばあちゃんの事が好きなんだねぇ、わしのとこの息子夫婦は仕事で忙しいとはいえ滅多に顔を見せに気やしない。息子たちがそんな感じだから孫もわしに会いたいとも思わないだろう。中村さんがうらやましいよ。」
立川さんがおばあちゃんと加奈に悲しそうに笑みを向けて言った。立川さんのベットの脇にある机の上の花瓶は花がなくてさびしそうにぽつんと置いてあった。
「まあ、それは悲しいことだわねぇ、さぞお孫さんのお顔を見たいでしょうに。確か小学校に上がったばかりの男の子でしたよねぇ。」
おばあちゃんが同情するように頷いた。ちょうど今、おばあちゃんのためにナイフで皮をむいていたりんごを加奈が立川さんに良かったらどうぞと差し出すと笑顔になってありがとうと言いりんごを受け取った。
別の日にお見舞いに来た時、加奈はおばあちゃんの分だけでなく、ささやかながらも小さな花を立川さんのために持っていった。
「本当、良く出来たいいお孫さんだ。どうもありがとう。こんな可愛らしくて優しい孫娘がいて中村さんは幸せ者だな。」
感激してお礼を言う立川さんに加奈は戸惑った。自分は血のつながったおばあちゃんの孫ではない。
「いえ、私は・・・孫じゃ・・。」
「加奈ちゃん。」
おばあちゃんが加奈を遮るように言った。
「え?中村さんのお孫さんじゃないの?という事は中村さんが前に話してくれた、親を亡くして一人きりで可哀想だったんで引き取ったっていう娘さん?わしはてっきりお二人がとっても仲良く見えたから孫に違いないって思ってたんだが。
もう一人見舞いに来てた娘さんが引き取った子だと思ってた。という事はあの子が本当のお孫さんか。だってあの子、わしの目にはあまり中村さんに懐いてるように見えなかったから。あの子表面上は愛想よさそうだけど、どうも気立てがいいように見えなかったからなあ。引き取った子だからだと納得してたんだが違ってたのか。
あ、失礼、あまりにも見た感じの態度に差があったんでつい、お孫さんの悪口言ってしまったかな。」
あわてて立川さんが口を塞いだ。加奈は俯いて気持ちが落ち込んだ。
いくら加奈がおばあちゃんを慕っているとはいえ、愛とは違い血のつながりがない。わかっていたことだが、加奈はおばあちゃんたち家族にとって部外者の何者でもないという事を改めて突きつけられたような気がした。
血縁というつながりの中に加奈は決して入ることが出来ない。この世に血のつながった家族はもう一人もいないという現実が加奈を孤独の淵に突き落とした。
「確かにこの子とは血のつながりはありませんけれど、私の自慢できるとっても心の優しい大切な孫娘に変わりはありませんのよ。」
暗く沈んでいる加奈の気持ちを察したのかおばあちゃんが毅然とした態度ではっきり何の躊躇いもなくそう言った。立川さんは目をぱちくりとさせた後、笑顔で言った。
「そうですか、いやここまで本当の家族でない者に慕われるとはやっぱり中村さん幸せ者ですよ。中村さんの人柄がそうさせるんですかねぇ。でも本当の孫と祖母に思えるくらいにあなたたち仲が良い間柄に見えましたよ。」
「そうですか。私はこの子のこと私の大切な家族と思ってますから、そんな風に見えたのかもしれませんね。」
おばあちゃんが加奈に向き直って頭を軽く撫でて微笑んだ。
「おばあちゃん・・・。」
おばあちゃんの言葉があまりにも嬉しくて泣きそうになったが立川さんもいたので何とかぐっと堪えた。加奈もおばあちゃんのことを本当の家族と思っていたことに対して、おばあちゃんも同じように思ってくれていて、それをはっきり言葉にしてくれたことでとても幸せな気分に満たされた。血のつながりなんてものはちっぽけなものになって、どこかに消えていってしまいそうになるくらいに。




