幽霊を発明した男。
注意
1.幽霊の存在しない世界での話です。
2.無駄な文章が大半を占めています。
3.頭のおかしな事ばかり書いてあります。
4.ギリギリ消費期限切れの作品です。
あるところに男がいた。
街を見下ろす丘に建つ、ゴミを寄せ集めて作った様な小屋に住んでおり、街に暮らす人々は押し並べて、男を「奇人」と評した。
男は街にあるゴミ捨て場に行くのが好きだった。そこで面白そうなものを見つけては町の人々の白い目を尻目に家へ持って帰った。
男には度々家を訪ねてくる友人がいた。友人は街に住んでおり、男との付き合いは数ヶ月前に街から見えるこの小屋に興味を抱き、訪ねた事から始まった。
この日も友人はやってきた。
「やぁ、久しぶりだね。」
「2日ぶりだよ。まぁ入って。」
男は友人をリビングへと通した。そこにはゴミ捨て場から拾ってきたガラクタがまるで宝石でも飾るようにショーケースの中に並んでいる。
男がコーヒーを淹れてリビングへ戻ると
「また増えたんじゃないか?」
と、友人は言った。
「2つだけね。」
「あのラジカセは前からあったよね」
「そうだね」
友人は暫く首を巡らせた。
「他はさっぱり思い出せないなぁ。これが宝石やら歴史的な資料なんかだったらまた違うだろうけどなぁ。」
それを聞くと男は目を細め、唇を僅かに釣り上げた。
「ほう、それはどうして?」
「価値があるからさ。」
「それならまだ君がこれらの価値に気づけていないってだけの話だよ。これらを捨てた人と同じ様にね。」
「僕は君みたいなガラクタオタクじゃないんだ。ガラクタに価値があるだなんて思えないね。」
男はコーヒーをひとすすりした。
「僕はね、これらをガラクタだなんて思ったことは一度だってないよ。寧ろ他より優れた能力を有しているとさえ思うんだ。」
友人は眉をひそめた。
「他より優れているって?」
「あぁ。見方によってはね。」
「じゃあ聞くが僕のこの腕時計。そんなに立派なものじゃないが、これがそこの壊れたアナログ時計より価値がないというのかい?」
友人はまず腕につけた数万円の腕時計を、次にショーケースの中の懐中時計を指して言った。
「価値の基準はわからないけどね。正確なのはこの懐中時計の方だよ。」
友人はこの世の終わりのような顔をした。
「なんだって!?このガラクタの方が正確だって!?」
「ああ、きっとね。」
「だってこのガラクタは動いてすらいないじゃないか。」
すると男は椅子の背もたれから背を剥がし、立ち上がった。
「そう!この時計は動いていない!ところで君の時計、誤差はあるかい?」
友人は、これは長い話が始まるぞと感じた。
「さぁ。でも少しくらいはあるかもね」
「じゃあ君の時計は今まで1秒たりとも正確な時刻を示したことはないわけだ」
「嫌な言い方をするね。でも、まぁ、そういうことになるかな」
友人が認めると男は片膝をつき、ショーケースの中の懐中時計に向かって両手を広げた。友人はミュージカルでも見ている気分になった。男がロミオで、時計がジュリエット。さぞお似合いだろうと思った。
「その点この時計はどうだろう。確かに針は全く動かないが、動かないからこそ、この時計は正確な時刻を示すんだ。1日に2度もね。」
詭弁の様な気もしたが、こうなっては男の長広舌は止まらないとわかっていたので、コーヒーを飲んで男の熱が引くのを待つことにした。
「普通は0.1秒程ずれていたって正確な時刻と言われるけれど、この時計は違う。この針が示す時間において誤差は全くない。他の時計が0.1秒単位で間違った時間を示し続ける中、この時計だけは1日に2度も完璧な時刻を示しているんだ。一度たりとも正確な時刻を示さない時計と1日に2度完璧な時刻を示す時計。どちらがより正確かは火を見るより明らかだろう?」
「あぁ、そうだね」
友人はそっぽを向いて答えた。
反論すると、また男の対抗心に火をつけてしまうと思ったからだ。だが内心では『言葉の上ではね』と、舌を出しておいた。
別の話題を探した。ショーケースに目を向けると不思議なものが目に入った。ラジカセのとなりに木製の円盤に柄をつけたようなものが置かれていたのだ。
「ねぇ君、あの杓文字には一体どんな価値があるんだい?」
男はまだあの時計の素晴らしさを説いていたが、それを遮るようにして言った。
男は直ぐに説教を引っ込めて応えた。
「手鏡だよ。あれは」
「わざと伏せてあるのかい?」
「いいやあれが正面さ。鏡がないだけだよ」
「それじゃあ手鏡とも呼べないじゃないか」
「あれは優しいからね」
「なんだいそりゃ」
友人は男の言葉に内心訝りながら訊いた。
「君、鏡を見るときに前後が逆になっていることを意識するかい?」
「ん?それよりなんだか臭くないか?」
「気のせいさ。消臭剤を8つも置いてるんだぜ?」
友人はまた長話の匂いを感じたのだった。
「まぁいいか。えぇと、車に乗ってるときは意識するかな。あとは、鏡に向かって腕を動かしたりなんかすると、あぁそうだったとは思うね」
「じゃあ手鏡を見るときはどうだい?」
「意識しないね」
「それはそうだろうね。自分の顔なんてものは基本的に鏡の中でしか見ないものさ。よほど自己愛の強い人間でなければ、写真の中の自分の顔をまじまじと見つめるなんてこともないだろうからね。だから普通、自分の顔と言われて思い出すのは鏡に映った顔のはずだ。つまり自分の顔に関しては前後反転している方が自然なんだな。そして手鏡は基本的に顔を見るための道具だ。当然、前後の反転に意識なんていかない。だから手鏡は言い換えれば最も自然に思える像を見せる鏡と言っていい。しかし当然それは人間が自然であると勘違いしているだけで反転している事実は変わりない。この手鏡はそれを許せなかったんだろうね。自分も他の鏡と同じように間違った風景を写しているのに自分たちだけが優遇されるのが嫌なんだ。例えるなら1+1の問題に自分を含めた皆が3と答えたのに自分だけ正解をもらった様な状況だ。そうなったとき君ならどう思う?正解だった事を嬉しく思うかい?僕ならそうは思わないね。周りに申し訳なく思う。この鏡もそう思ったんだ。そして鏡部分だけを捨てた。問題に答えて偽りの賞賛を得ることより、答えないこと、つまり偽りを写さず賞賛も得ない方を選んだんだ。これが優しさでなければ何をそう呼ぶのだろうか」
一頻り話し終えると、男はすっかり黒くなったコーヒーをすすった。
「どうだい?この手鏡の優しさがわかったろう?」
「うん。完璧に理解したよ。」
友人はこの手鏡の説明に関して全く論理的でないと思ったし納得もしなかったが、先程と同じ理由でそう返答した。
「思い出したよ。この手鏡は前に来た時もあった。新しいのはさっきの時計と」
友人はそこで一旦言葉を切って、ショーケースの前まで歩いた。
「この写真だね」
ショーケースの中のその写真には展望台から撮影したと思われる街の風景が収められていた。
「このただの写真にも何か価値があるのかい?」
「あぁ、その写真にはとんでもない価値がある」
「一体どんな?」
「君は次ここに来る時までにそれを決して忘れない。そんな価値さ」
「回りくどい言い方はよしてくれよ」
「君、ここにあるものが宝石なんかだったら忘れないと言っていたじゃないか」
「とすれば、これには金銭的な価値があるのかい?」
「それを生む可能性を秘めている。きっと君が思うよりずっとね」
「そうは見えないけどなぁ」
友人は男の言い方に引っかかるものを感じつつ写真を眺めた。
「それじゃあ見辛いだろう」
男はそういうと机の引き出しから鍵を出してきてショーケースの裏手に回り、写真を取り出し、友人に手渡した。
「よく見てごらんよ」
友人は写真を見、それを発見した。
「うっすらと人が写っているね。女だ。それに女の首が少しずれてるかな。珍しい失敗写真だ。」
「そいつは幽霊だよ」
「幽霊?あの古いファンタジー小説に出てくるやつかい?」
「まさしく」
「でもありゃ只の創作物だぜ。そんなもの存在しうる筈がない。君が言ってるのは、頭があんパンで出来た生物がいるって言うのと同じだ」
「そうだね。幽霊はまだ存在していない」
「まだ?」
そういうと突然隣の部屋辺りから床の軋む音が聞こえた。それを聞くと男は一瞬何かを考えるように黙り込んだかと思うと、ソワソワとし始め、隣の部屋への扉にチラチラと視線を移した。
「どうしたんだい?」
友人がそういうと男は何でもないよと返した。
「そうは見えないな。さっきからあそこの扉を気にしているようだけど。何かあるのかい?」
友人が訊くと男は観念したように話し始めた。
「実はね、君が来る前に人が来ていたんだが・・・」
男の発言と先ほどの態度から友人は嫌な予感がした。
「君、まさかとは思うけどそんなことはしていないよね?」
受けて男は数秒固まり、やがてゆるゆるとかぶりを振った。
それを見るが早いか、友人は音のしたドアへと駆け寄り、ドアを勢いよく開け放った。
果たしてそこに想像していたようなものはなかった。ただただガラクタが、リビングのそれとは違い、棚に並べらているだけだ。
物陰に隠れているのではと部屋へ入って見回したが何も発見できなかった。ひょっとすると部屋を間違えたかと部屋を出ると男がクスクスと笑っていた。
「死体は見つかったかい?」
「御手洗いの扉を間違えただけさ」
友人は不満げな顔でソファーに腰を下ろした。
「それで?何だってあんな気分の悪い嘘をついたんだい?」
「君に幽霊を見せてやるためさ」
男は飄々と応えた。
「僕は何も見ちゃいないよ。」
「いいや君は確かに幽霊を見た。いや、見ていた。僕の嘘に気付くまではね。」
言って、友人の顔をちらと窺い、そして続けた。
「何故君はあの部屋に突進していったんだい?」
「そりゃあんな嘘をつかれたら誰だって同じ様にするさ。」
「あの部屋の中に死体が転がっていると思ったんだろう?」
「当たり前じゃないか。でなきゃ勢い込んで走り込んだりしないよ。」
「そう。それだよ。君があの部屋の中に見たその空想上の死体、それこそが幽霊なのさ」
友人は尚も男の言わんとすることを理解しかねている様子だった。
「要はね、あの写真を見た人がほんの少しでも、幽霊は存在しているかもしれないと思えば、胸に燻る恐怖心から、勝手に幽霊を〝 見て〝くれるってわけさ。さっきの君みたいにね。そして大概の人がそういう経験をすれば、それは人の手を借り口を借りて方々へと伝わり、幽霊は存在しうるものという認識が共通のものとなり、晴れてこの世に幽霊が生まれるってわけさ。」
「うーん。それはどうだろう。この写真を見てもさっきの僕みたく、これは失敗写真だと断じられておしまいだと思うなぁ。そもそも幽霊なんてものがパッと頭に浮かぶなんて事はまずないだろうね。浮かんだとすればその人は本の虫だ。そして本の虫は、必ずしも本の中の世界が自分の生きる世界とイコールで結ばれていない事をよくよく知っている。」
「まぁ事前情報が無ければそうだろうね。だがもしも写真を見せる前にちょっとした作り話をしたなら結果は大きく変わるだろう。」
「それはどんな?」
「そうだね、例えば、『これは昔、好んで変人をやっている友人から聞いたんだが、あのファンタジー小説に出てくる幽霊というやつは実在しているらしいんだ。そいつが言うに、昔何かの研究をしている時に、持ち運んで使っていた計器が突然狂いだしたんだ。毎度直ぐに直るのでそいつもただの故障だろうと気にしていなかったそうだ。だが、ある日ある事に気がついた。計器が狂うのはいつも同じ場所だとね。そこでそいつはその場所の地面に何か埋まっていて、そのものから発せられる何かがこの計器の狂いを齎しているのではと掘り返してみた。が、そこからは何も出てこなかった。偶然が重なっただけかと穴を埋めていると警官がやってきて、関係者の方ですかと聞かれたらしい。そいつは訳が分からなくて何のことかと問い返すと次のことがわかったらしい。ちょうど3週間前にその場所で通り魔事件があったこと、被害者は女性で首を刺されて死亡したこと、通り魔は死亡後も首を刺し続け、遂には女性の首は殆ど千切た様な状態にあったこと。そいつはもしやこれが計器の事と関係があるのではと思い、何とかその現象の正体を突き止めようと色々な事を試した。本当に色々な事をね。殆どの事では成果を挙げられなかったが、唯一写真だけは違った。そこには首がずれた女がぼんやりと写り込んでいたんだ。そして女の顔は事件当時の新聞に載っていた被害者のものと一致した。そこでそいつはある仮説を立てた。生物、特に人間のような複雑な意思、思考を持つものが死ぬとその場にその生物の強い意思が残るのではないか。意思は目に見えない力を持ち、その力があの計器の狂いをもたらしたのではないかとね。そしてそいつはさらに考えた。とすればこの死者の意思という見えない力はまさしくあのファンタジー小説の中の幽霊という存在と符合するではないか。僕も最初は冗談で言っていると思ったよ。だってそんなもの存在する筈がないからね。でも僕のその態度を見て取ったあいつは懐からこいつを取り出したんだ。』と、こんなところかな」
「長いよ」
友人はうんざりしたといった様子で答えた。
「人の認識を変えるってのはそれだけ難しい事なのさ。」
「まぁそれだけの前置きがあれば、存在するかもしれないとほんの少しは思うかもね。」
「火種としては十分さ。藁はそこら中にある。」
「でもそれがなんで金銭的な価値を生むんだ?研究材料にでもなるのかい?」
「いいや、こいつの役目は幽霊に対する認識を変えるだけでおしまいさ」
「それじゃあ一銭にもなってない」
「そうだね。だけど、そうして生まれた幽霊を利用してやれば話は別だ。」
「幽霊を利用してどうやって儲けるってんだい?」
「これは幾らでも利用できるよ。例えば身近に起こる不幸は幽霊の仕業であるという噂を流したとしたら?」
「幾らでも悪いことができるじゃないか!」
「僕でもそうは考えなかったなぁ。僕がいいたいのはそうじゃなくてね、その悪い事をする幽霊を退治する商売が生まれるんじゃないかって事だよ。まぁこれもありもしない危険から救うふりをして金をせしめるわけだから良いこととは言い難いかな。だけどそれで退治を依頼した人が不安から解放されるならこれは立派なサービス業だろう?」
「うーん。」
「他にも、幽霊が死んだ人間の意思ならば、死者の意思を汲み取る職も生まれると思わないかい?」
「それが職になるのかい?」
「なると思うね。例えば僕の親父は早死にしたから、僕にはあまり親父と話した記憶がないんだ。だからね、もう少し親父と話していればと思う事はしばしばあった。そんな時に死者との交信が可能な人間がいれば一も二もなく飛びついただろうからね。それが偽りではと疑っていてもね。」
「そうかもね」
「あと、これは不確かなんだけどね、もしかしたら、さっき言ったみたいに、幽霊が悪さをするものという認識が浸透すれば、幽霊は恐怖される存在になると思うんだ。」
「そうだね。」
「するとその恐怖を提供する商売が生まれるかもしれない。」
「恐怖を?」
「そこはそんなに驚く事じゃないだろう。映画でも巨大な鮫に襲われるような映画があるじゃないか。幽霊もまさしくああいう扱いを受けるようになると思うんだ。」
「成る程。あとは?」
「幽霊と戦う為の武器のようなものも発売されるかもね。多分売り出すのは寺やら神社じゃないかな。『これは神の加護が込められた札である』なんてな文句を添えてね。」
「なんだかやな事ばかりだなぁ。人を騙してばかりでさ」
「サービス業なんてのは基本的にそんなものなんじゃないかな。実際に事態が好転したかわからなくても客がそれで満足すればそれでいいのさ。事態の解決でなくその満足を提供したってだけのことだからね。」
「で、君はこれで一儲けするつもりなのかい?」
友人は棘のある口調で問うた。
男は迷わず首を振った。
「いいや、僕は別に金は要らない。今の生活が好きだしね。僕はそういう可能性を孕んだ一枚の失敗写真が手元にあるってだけで満足さ。だから誰かに、まぁ君は除外して、幽霊の存在を吹き込んだりもしない。君とのほんの数十分の話の種になれば良いんだ」
「そうだね。僕もそれでいいと思う」
男と友人はその後も談笑し、やがて友人は帰路に着いた。
友人は家に着くとノートを広げた。毎日欠かす事なく書き綴っている日記だ。今日あったこと、男の言っていた事も記した。
長い時間が流れて、友人は比較的若くしてこの世を去り、男は小屋を残したまま行方をくらました。そして彼らの消滅と入れ違うようにこの世には幽霊が生まれた。それに付随して、この世には新たな商売が次々と生まれた。神社のお守り、霊媒師、ホラー映画、等々。
そしてそれによって利益を得るようになった人間は友人の息子にあたる人物をこう呼んだ。
『偉大な発明家』と。
読んで下さりありがとうございました。
一年程眠っていた作品をちょこちょこっと手直ししただけで「書いたぞ!」という達成感も無いので書くことがないです。
「書くことがないなら書かなければ良いじゃない」と思ったそこのあなた。全くもってその通りです。おやすみなさい。