傀儡の花
「殿下、朝で御座います」
感情を押し殺した、メイドの機械的な響きで俺の一日は始まる。
俺はジークハルト・フォン・マギリア、マギリアの第一王子という名の、
父の人形だ。傀儡、駒、いつでも切り捨てられる都合のいい存在、
言い方はいくらでもあるが、まあ、父からすれば人以下、
自分の言う事を聞く存在であり、臣下達からすれば、愚かな王子である事に変わりはない。
母が殺されてから、俺はこの国に希望を見出す事を已めた。
そうしてまた、何の意味もない日々を、今日も父の傀儡に甘んじる。
「遅かったな」
「遅くなり申し訳ございません、陛下」
「まあいい。今日の所は許してやる」
「寛大な御処置、感謝致します」
親子とは思えない会話。こいつにとって持ち上げられるのは当たり前。
俺にとっても、一つの感情以外を込めずにこいつと話すのは当たり前で、
こいつとの会話は、こいつの自尊心を満たし、俺の憎悪を滾らせるだけの者だ。
「そうだ、お前に縁談が来ている。西の皇国の皇女だ。明日来るからそのつもりでいろ」
「⋯御意に」
縁談、か。他国にまで知れ渡る、狂王の傀儡の俺に縁談とは酔狂な。
まあ、いつも通りで問題ないだろう。
そして三日後⋯。
「お初にお目に掛かります。マギリアが第一王子、
ジークハルト・フォン・マギリアと申します。本日は宜しく」
「こちらこそ、お初にお目に掛かりますわ。
ジェノヴァが第二皇女、アマリリア・フォン・ジェノヴァと申しますの。
以後、お見知りおきを」
「ふむ、似合いの二人だな。⋯庭でも案内して来い」
「分かりました。アマリリア姫、こちらへどうぞ」
「はい⋯!」
この、明るく生気に満ち溢れた姫君と、傀儡に甘んじ、生気の欠片も無い俺と
どこが似合いなのか。甚だ疑問だ。
「アマリリア姫、四阿にでも⋯。どうかしましたか?」
「いえ⋯。このキンセイカが⋯、その、殿下を見ている様だと思いまして⋯」
「え?」
「しっ、失礼ですわよね!こんな事!」
「詳しく、詳しく話しては下さいませんか?」
「⋯キンセイカの花言葉は、悲嘆、絶望、失望、悲しみ、寂しさ。
どれも、今の殿下に当てはまるような気がするのです。
今日のお話を頂いた後、わたくし、殿下の噂を集めたのですわ。
皆さん、似たような事を話して下さいましたけれど、それで、お寂しそうな方だと、
そう思って、お節介だと、失礼だと思いもしましたわ。
差し出がましいとも思いましたの。でも、今日いざお会いしてみると、
その⋯、傍でお慰めしたいと思ってしまって⋯」
「そう、ですか。でも、貴女に私の周囲を変える事は、出来ない。
それに、私にとっての生きる意味など、当の昔に、潰えていますから」
この少女が私を想ってくれているのは理解できた。
だが、尚の事巻き込んではならないと思い、態と突き放す。
「でも!殿下のお心をお慰めする事は、殿下を愛する事はできますわ!!
わたくしを、貴方様の、殿下だけのポピーに、しては頂けませんか?」
少女の言葉に、酷く、胸を打たれた。愛、それは母が死んで以来、俺が欲して止まないもの。
この少女を信じ切ることはできない。ただ、少しだけ、心の拠り所にしてもいいのだろうか。
「まだ、初めて会った貴女を、信用しきる事は⋯、申し訳ないが出来ない。
だが、貴方の事を頼ってしまいたいという、俺も、心の中にいる。
貴方と一緒にいると、どこか、ほっとするんだ。だから、少し、
頼ってしまっても⋯、良いだろうか」
これは、誰に対しても心を閉ざし、悪しき王の傀儡となっていた少年が、
一人の少女によって、国の英雄王と讃えられるまでの物語――――の、冒頭である。
ジークハルト・フォン・マギリア(10)
元は明るく、王となる器を備えた王子だったが、正妃だった母を側妃に惨殺され、
父王が犯人を裁かなかった為に絶望と失望を感じ、五歳の頃より引きこもっていた。
が、それを知った父王に傀儡とされてしまう。生きる希望もないのでやけくそに
なっている自分と、悪政を敷く父に従う自分に自己嫌悪を覚えている気持ちとで
板挟みになり、負の感情以外の感情を出すのが苦手になっている。
アッシュブロンド・ルビー色の目
アマリリア・フォン・ジェノヴァ(10)
幼い頃より進んで英才教育を受けて来た。明るいが、純真さと社交界を渡り歩ける
腹黒さの二面性を持っている。
かなり幼い頃にジークハルトに会っており、一目惚れをした。
今回父の持ってきた縁談に嬉々として飛び付いたが、ジークハルトの現状を知り、
心を痛めている。
金髪桃眼
ジェノヴァ国王
一度も喋っていない。娘がジークハルトに恋をしたことを知り、
ジークハルトについて調べた為、ジークハルト本人も知らない秘密を知っている。
マギリア国王
自己中。典型的な馬鹿王族。ジークハルト及びその母の秘密を知らない。