6.検証
「ん~っ!」
炭酸の刺激が喉を一気に襲った。
「お前達今日は帰れ。」
ファミレスを出てすぐに翔太が二人に冷たく言い放った。
「えー、何で。今日は翔兄バイト無い日だろ。いいじゃん。」
二人で不満そうな顔をしている。
「今日は用事がある。お前達もたまには晩飯の手伝いでもしろ。」
「今日は私の当番じゃないもん。用事って何よ?」
「当番でもサボってるじゃねえか。とにかく今日は無理だ。」
「えー、怪しい。誰か部屋に来るんだ?」
さやかはそんな事は無いと信じているが疑うような目で言った。
「そうだよ。だから帰れ!」
誰も来る予定は無いが適当にあしらう。
「え…、うそ。やだ!絶対確かめる!」
うざい。
「お前はおれの何なんだよ…」
さやかのテンションに付き合うと疲れる。
「え、飽きちゃったの…?」
「帰れ!」
翔太はアパートに向かって足を早めた。
二人は諦めて立ち止まった。
「じゃあ明日ね!」
「明日はそっちに顔を出す。じゃあな。」
土曜日か日曜日は少しの時間でも施設に行く事にしている。特に決められている訳ではないが、定期的に顔を見せないと園長が心配するからだ。すくなからず義理を感じている翔太は、特別な用事が無い時以外は毎週律儀に通っていた。
アパートについてすぐに、効きの悪いクーラーをつけた。そのくせ電気をばか食いする。無いよりはマシだと翔太は諦めている。
部屋は六畳一間に飾り程度のキッチンが備えつけてある。お湯を沸かすポットと電子レンジを置けばもういっぱいだ。小型の冷蔵庫は畳の上にじかにおいてある。
翔太は更に扇風機を回して、色褪せた畳に寝転んだ。
「まずは試してみるか。」
実は少し自信があったのだ。
集中してこの先の自分の行動を意識した。すると、また視界の周りから暗くなってすぐに元に戻った。
「よし、出来た。」
翔太は未来視の世界にいた。そこで何をしようか考え、特にすることも無いので外に出てみた。
翔太のボロアパートの周りは閑静な住宅街で、ほとんどが五十坪以上ある注文住宅だ。そんな中にポツンとみすぼらしいアパートが建っている。
隣の豪奢な家の、お洒落なルーバー状の塀に隠れて、いや隠れているつもりのさやかに気がついた。
翔太はジッとそっちの方を睨む。
するとサッと下がって隠れた。その時だった。
「ワンッ!」
隣の家の番犬がルーバーの間から鼻を突っ込んで吠えた。
「ウオッ!」
おっさんの様な声を出してさやかが飛び出てきた。
「あ、翔兄だ。偶然だね。どっかに行くの?」
「・・・」
そこで翔太は畳に寝転んだ時の自分に戻るように意識すると、フッと視界が暗くなり視界が戻るとボロアパートの天井だった。戻る時は気持ちを切り替える程度に簡単な事だった。
頭の隅に軽い頭痛を認識しながら、事実を確認するために外の様子をみる。
「さやか。」
「…」
ドアを開けて呼びかけてみたが反応がない。
「ワンッ!」
「ウオッ!」
おっさんの声でさやかが出てくる。
「あ、翔兄だ。偶…」ドアを閉めた。
よし。出来た。次は二回繰り返して、違う行動をとって見るか。
そんな調子で実験と検証を幾度となく繰り返した。
そして、以下のことが確認できた。
・未来視の世界の一分は現実世界の約一秒である。
つまり未来視の世界で一時間過ごすと、現実世界では一分経過している。
・何度でも繰り返せる。
どういう事かというと、一時間未来視して戻ったら、一分経っているが、そこからまた未来視をする事が出来る。未来視の中で違う行動を取れば違う未来が体験出来る。同じ行動を取ると同じ未来が体験できる。最終的に現実世界でベストな行動をチョイスすればベストな未来が実現する。
・現在からの未来視しかできない事。
一時間先の未来視がしたくても、いきなり一時間先に飛ぶことはできない。面倒だが、一時間分の(現実世界では一分間の)未来視世界を過ごす必要がある。
・頭痛の痛みと時間は未来視の時間に比例して襲ってくる。
未来視の時間が長ければ頭痛の痛みも強く長い。
そして、最後に翌朝まで経験した。未来視の中で睡眠もした。睡眠中現実に戻る事は無かった。
「痛ーッ!」
今回の頭痛はさすがに強烈だった。約六時間分の未来視をしたのだ。
たっぷり十分ほど悶え、やっと痛みが引いてきた。
まあ、実験はこんなもんか。
毎度の頭痛に辟易しながら、今日一番の痛みに耐えて実験を終える事にした。
実験を一通り終えてもまだ夕方だった。途中さやかが何度かドアを叩いていたが、ことごとく無視したら諦めて帰ったようだ。
翔太は空腹感を覚え早い晩御飯にする事にした。ファミレスでたらふく食べても、早々にお腹が空く。もしかしたら未来視が関係するのかも。
翔太は考えながらカップ麺を作って食べた。
満たされてはいないが最低限の空腹感がやわらいだところで、これからの事を考えた。
まずは金だな。やっぱり手っ取り早いのは競馬か。でも、競馬で儲け続けると目立つし、補導される可能性もあるな。
高校生が正々堂々と出来るギャンブルなどない。後見人の悪徳弁護士に、非合法の賭博屋を紹介してもらっても稼げるが、そっち方面の人に目を付けられても困る。
株で稼ぐか。
翔太は株の事に詳しい訳では無いが、ネットで取引きが出来て堂々とギャンブルのように稼げるという、乱暴ではあるがおおよそ間違いでもない知識を持っていた。
あいつに聞いてみるか。なんか知ってるだろ。
翔太は携帯電話に手を伸ばし、着信履歴から電話をかけた。相手はモヤシだ。
数コールでモヤシが出た。
『はい。本木です、翔太君。』
「…お、おう。」
翔太は本木という名前に一瞬戸惑った。
「ちょっと聞きたい事があるんだが、お前株は詳しいか?」
『どうしたんですか、突然。』
「どうなんだよ。株って俺でも出来んのか?」
『株って…、株取引の事ですよね。僕も一時やってましたからそれなりにわかります。もちろん翔太君にもできますけど…。』
「おお、やっぱり知ってたか。どうすれば始められる?」
『…翔太君が始めるんですか?』
「なんだよ、いけねーかよ?」
『いえ。でもあんまり儲かりませんよ。株で稼ぐにはは、株だけでなく為替や先物などの市場全体を勉強して、嗅覚を養わなければあっという間にお金が消えていきます。』
「いいんだよ、そんなことは。勝算がるからするんだ。で、教えてくれんのか?」
『わかりました。何から説明すればいいか…』
恐らく翔太は手っ取り早く株取引を始めたいだけで、株用語の講義を求めているわけではなさそうだ。
『まずパソコンとインターネット環境が必要でしょう。必須では無いですが現在の株取引はネットが普通です。それと証券会社の取引口座ですね。これには親権者か後見人の同意が必要です。あとは資金ですが、ある程度のお金を稼ぐには、現実的に最低数百万円くらいは無いと儲けがありません。当然失敗したらそれだけ損失が発生します。』
「そうか、証券会社の口座か…」
『本気で始めるのであれば、要らないノートパソコンを差し上げましょうか。資金はあるって事ですよね。』
「おおっ!くれ! 明日取りに行く。資金は何とかする。ついでに本とかもあるか?。株取引の一般的な常識が書いてあればいい。」
『はい。用意しておきます。』
「サンキュー。じゃあ夕方取りに行くわ。」
電話を切って、問題の資金をどう稼ぐか考えた。
「仕方がない。最初の資金だけは競馬で稼ぐしかないな。」
畳に寝そべったまま独りごちた。
明日は朝から競馬だな。
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翌朝、翔太は場外馬券場で第一レースのオッズを確認していた。目立たない様に柱の陰にひっそりと立って。
百万円以上は自動券売機からの払い戻しが出来ないから、それ以下になるように購入することにする。まず第一レースは念のため俺の購入が未来に影響を与えないか確認しよう。
九時五十分の発走に合わせて、九時四十分にトイレに行った。最近の馬券場はどこも奇麗にしている。設備は最新式で個室も十分な広さがある。臭かったり落書きがあったりはしない。たまに外れ馬券が落ちている事があるくらいだ。翔太はトイレの個室に入り目を閉じた。
よし、じゃあ結果が出るまでモニターでも見てるか。
トイレから出て大きなメインのモニターが見える隅の柱にもたれかかって見ていた。まだ第一レースだからか人はまばらだ。時間通り発走し、特に荒れることもなく淡々とレースは終わった。
結果は順当でオッズも低い。しかしそれでも三連単で9,830円付いている。
翔太は着順を覚えて意識を戻した。
軽い頭痛はあったがせいぜい十五分の未来視であればそれ程でも無い。幾分か慣れたのせいもある。
翔太はトイレから出て馬券を買いに券売機に向かった。
特に並ぶ事もなく、先程覚えた着順の三連単を五百円分購入した。
これで何も影響が無ければ五万円弱が手に入る。
先程と同じ柱にもたれ掛かりレースの行方を見守った。
レースはやはり淡々と進み、問題なく先程の着順で終わった。翔太は特に興奮する事もなく自動券売機から予定通りの払戻し金を受け取った。もちろん五百円程度であればオッズへの影響も無い。
問題無いようなので次は大きく儲けるように賭ける事にした。
オッズをざっと見てみるが、昔に来た時のようなワクワク感が無い。ただの数字の並びにしか見えなかった。パラパラと集まりだしたオヤジ達が、顔見知り同士予想をだしあっている。
さっきと同じように十分前にトイレに向かった。
第二レースが始まった。レース中盤までは順当のようだ。一番、二番人気は差し馬らしく真ん中あたりで団子になっている。
終盤にかかり三番人気の逃げ馬が大きく失速した。一番は追い上げてきたが届かない。二番は馬群から出る事が出来なかった。最終六番人気が一着、一番人気が二着になり、三番人気は後方までさがり、ほとんど人気の無かった馬が三着に入った。
配当は三連単で310,560円ついた。
手頃だな。張り切って第一レースから来たが何もちまちま稼ぐ必要は無かったんだ。配当が百万円を超えないように分けて買えば良いだけのことだった。
翔太は意識を戻して自動券売機に向かった。ほとんど並ばない自動券売機の前で三連単に三百円掛けたものを十一枚購入した。総額で一千万円を超えるように掛けたのだ。
第二レースも未来視の通りの着順だった。翔太は二回に分けて二枚を払戻し、あとの九枚は、後日更に人気のない時に払い戻すことにした。
翔太はそのうち十万円を財布に入れ、残りをメッセンジャーバッグの中に無造作に掘り込んだ。
あまりにも呆気なく手に入れたお金に、翔太はあまり感動も実感もなかった。ただ、これからお金に困らないようになったという事実だけを何となく認識しただけに過ぎなかった。
そういえばボロアパートには電話線も無ければ、当然のごとく光ファイバーも来ていない。そんな状態でインターネットなんて出来るのだろうか。
翔太はすぐにモヤシに電話した。モヤシは少し考えたのち、携帯電話のテザリング機能を使うのが一番手っ取り早いと言う。翔太の持っている携帯電話はテザリング機能を有していない。すぐにに最新の機種に変更する事にした。
モヤシとは夕方に会う約束だったが、昼過ぎに変更した。場所はこのあいだのファミレスだ。それまでに機種変更を終わらせるつもりだ。