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11.金持ちの家

 一呼吸置いて翔太が話し始めた。

 「先ずは相手の情報だな。お前達どこまで知ってるんだ?」

 加奈子は更に縮こまり細い声で答えた。

 「リーダーと主だったメンバー数人の呼び名。それと拠点。多分兄貴もそこに監禁されている…。」

「そんなけか。まぁ最初からあてにはしてねえよ。でもそれじゃあ本当にお前らの兄貴が監禁されているのかも分からねえな。もしかしたらもう…」

 その言葉に和也は目を見開き、加奈子は涙目で翔太を強く睨んだ。

 「まぁどれだけの悪さをしているか知らねえけど、覚悟はしとけよ。もう二カ月は経ってるんだろ? 飯を与えてくれる奴がいれば良いけどな。」

 翔太はワザと冷たく言った。

 加奈子は唇を噛み締め翔太への不満を飲み込んだ。

 「で、拠点はどこだ?」

 「臨海のコンビナート。数年稼働せずに放ったらかしになってる区画があるの。」

 「詳しく教えろ。」

 加奈子は手早くスマホの地図アプリを出して、場所を翔太のスマホに送った。

 「内部の様子が知りたいな…。モヤシに手伝ってもらうか。洋輔、明日二人でモヤシの家に行くぞ。」

 「わかった。」

 「翔兄、私も! 仲間外れにしないで!」

 「わかった、わかった。あとデクはどうしてる。」

 「ボーっとしてるよ。いつも。」

 「そうだな。いや、分かってた。」

 分かりきった事を聞いたことに軽く恥じた。

 「まあいいや。じゃあおまえらとは月曜日の夕方にまたここで集合だ。」

 立石姉弟を指さして言った。

 「わかりました。」

 「翔兄は今からどうすんの?」

 「バイトだ。」


 翔太は席を立った。

 「じゃあな。」

 「宜しくお願いします。」

 姉弟は立ち上がって頭を下げていた。



----



 翌日、まだまだうだるような暑さが続いている。今年は残暑が厳しく長引くらしい。

 昼を過ぎてもっとも暑い時間に、駅から半時間ほど歩いて、やっとモヤシの家が見えた。昨晩場所を聞いており、行くことも伝えていた。

 「翔兄、まだー?」

 「・・・」

 翔太の後ろ五メートルほどのところを付いてきているさやかが話しかける。三分おきに同じ質問を繰り返している。翔太もいい加減うんざりしていて答えない。

 「でさ、やっぱりあいつは鍛錬とか言っていつもの木に殴りかかってんの。しかもいつもきっかり同じ時間に。翔兄がいた頃のまんまだよ。その時間以外はずっとあのベンチでぼーっとしてる。しゃべる言葉は「うん」か「あー」とかそんなのだけ。だから俺が言ったんだ……」

 「・・・」

 洋輔はずーと翔太の横でしゃべっている。翔太はとっくにうんざりしていた。ずっと「デク」事、高木太郎のことを話しているのだ。要約すると翔太が知っているデクのままだと言う事だ。聞かなくても翔太には分かっていた。昨日の思わず出た質問に答えている様だった。


 「着いた…」

 翔太はとある門の前にたってつぶやいた。

 「でっけえな…」

 洋輔は口が開いている。

 「やっと…」

 さやかはうつむいていた顔を上げると目を点にした。

 「これのこと?! 門だよ。家に門があるよ!」

 「ああ、敷地は美空園より広いかもよ。」

 翔太は大きい門の横の「本木」と書かれた、これまた大きい表札の下にあるチャイムを押した。チャイムは標準サイズなのだが小さく見えた。

 数十秒後、もう一度押そうかと思ったときに応答があった。

 「はい。どちら様でしょうか。」

 やや年配の女性の、落ち着いた雰囲気の声で尋ねられた。

 「上原と言います。もや、、」

 もやしと言いかけて止めた。

 「あいつなんて名前だった?」

 ひそひそとさやかに聞いた。

 「知らない…」

 「本木君居ますか?」

 仕方ないので苗字で聞いた。雰囲気で察してくれ。

 「あ、和成ぼっちゃんのお友達の方ですね。伺っております。どうぞ。」

 「和成ぼっちゃんだって。」

 さやかが面白がった。

 大きい門が自動で開いていく。二人分くらいの幅で止まったかと思うと、アプローチの向こうから声が聞こえた。

 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」

 初老の上品な女性がそういって軽く会釈をした。品のある所作だったが、顔に笑顔は無かった。

 アプローチを三十メートルほど女性に向かって歩く。左手には数台置ける駐車場になっており、そのうちの一枠には当然のように高級車が止まっている。右手には高い生垣があり駐車場とその奥にある空間を仕切っている。

 駐車場を通り抜けて初老の女性にたどり着くと、生垣が途切れ視界が開けた。その先には見事な日本庭園が拡がっていた。池には石橋がかかり、鯉まで泳いでいる。

 「ちょっと、翔兄。ちびりそう…」

 さやかは慣れない雰囲気に縮こまっていた。

 「なんで?」

 洋輔はすでに平常運転だ。

 「こちらです。」

 初老の女性が先を歩いていく。

 全容が見えない立派な日本家屋で、玄関までのアプローチが途中から軒下になっている。

 軒の幅は一.五メートル程あり、下には石畳が敷かれていた。

 女性に続いて三人は玄関の前に立った。

 玄関の引き戸は大きくて重々しいが、初老女性の細腕で軽く音もなく開いた。多分いっぱい油かなんかが引いてあるのだろう。引き戸の片側を全開にすると人三人が余裕を持って並べるくらい大きい。もちろんその中にある玄関は予想通り広かった。和風玄関ホールだ。ホールだけで翔太の部屋三つ分はあった。

 飾り棚には模造刀、屏風のような衝立には何が書いてあるかわからない書、そして立派な生け花が飾ってある。一際目を引くのがあの鮭を咥えた熊の置き物である。ただし等身大。それらがゆったりとした空間に、十分な余白をもって配置され、一体となって調和していた。

 玄関に入って三人が呆けていると、初老女性が後から入って三人の斜め前に立った。

 「ようこそお越しくださいました。私はこちらで家政婦をさせて頂いております御田(みた)と申します。」

 と綺麗なお辞儀をした。

 「あ、どうも俺は…」

 「坊っちゃんにお部屋へ通すよう仰せつかっております。どうぞ靴をお脱ぎ下さい。」

 何か言わなければと翔太が声を出すと、家政婦の御田は被せるように話した。

 どうやら翔太達の事に興味は無いらしい。

 慌てて靴を脱いで御田の後に続いた。

 「家政婦の御田みただって。なんでもしてくれそうだね。」

 さやかがヒソヒソと洋輔に話しかけていたが、静かな廊下に響いていた。

 少し廊下を歩き、いくつか角を曲がると屋敷の奥に来たようだ。

 そこで御田は大きいガラスの引き戸を開け外に出た。と言っても靴は脱いでいない。なんと渡り廊下に出たのだ。

 驚いてる三人を放ったらかして御田はスタスタと渡り廊下を歩いていく。慌てて三人も追いかけた。

 十メートル程の渡り廊下は、もちろん屋根がある。廊下には膝の高さの欄干が廊下の端を飾っていた。欄干の右側が真ん中で途切れ、大きな二枚の石の階段で庭に出れるようになっていた。庭は見事な日本庭園で、苔と砂利、岩と池、松と桔梗の花のコントラストは、優秀な庭師により綿密な計算のもと配置されたものだろう。


 離れはこじんまりとした一軒家のようだ。さらに引き戸をくぐると庭に面した二辺が廊下となっており、床から天井まである大きな引き違い窓で囲われている。一部は開いており涼しい風が抜けた。角を曲がると左の壁にドアがあった。


 「ぼっちゃま。お友達をお連れいたしました。」

 御田がノックの後にドアの向こうへ声をかけた。

 「どうぞ。」

 中からもやしの声が聞こえ、ドアが開けられた。

 そこは三畳程の板間だったが、玄関のような作りになっていて、襖で奥の和室と仕切られていた。まるで旅館の様だ。

 襖は開けられており、翔太が中を覗くともやしが渋い顔をしていた。

 「友達がいる時にぼっちゃまって言わないでください。」

 御田に文句を言っている。

 「はい。では、お茶の用意をしてまいります。」

 全員が和室に入ると、御田は襖を閉めて澄ました顔で出て行った。

 「いらっしゃい。久しぶりに友達がこの部屋に来たよ。」

 「やっぱりと言うか予想以上と言うか、すげー家だな。」

 翔太が素直に感嘆の声を上げる。

 「ハハハッ。びっくりしたでしょう。うちの先祖はこの辺りの大地主だったみたいで、代々金持ちみたいですね。」

 もやしは他人事のように答えた。

 部屋は八畳間の真ん中に座卓があり、座布団が置かれている。やはり旅館のようだ。ご丁寧に床の間まであり、読めない書画と生け花が飾られていた。

 「とりあえず皆さん座って下さい。」

 各々手近の座布団に座った。

 「お前もこの金持ちの家を継ぐんだろ?」

 「いや、兄さんが継ぎます。僕は気楽な次男坊ですよ。」

 「ふーん。」

 洋輔とさやかは会話など聞こえていない。お茶の用意をしてくると言った御田の言葉に、そわそわしていた。

 「兄さんは四つ上で既に東大に入ってまして、将来はうちの不動産屋を継いだあと、政治家になるみたいです。今のところ計画通りですよ。唯一の計算外は僕みたいですけど。」

 自嘲気味に、少し寂しげに言った。

 「兄弟の仲は悪いのか?」

 「いえ。兄さんだけは僕の趣味を認めてくれています。おそらく将来利用できると思っているでしょう。」

 確かに盗聴技術は政治の世界で活かせるのだろう。

 そんな話をしていると、襖の向こうから声がかかった。

 「お茶をお持ちいたしました。」

 「どうぞ。」

 もやしが慣れた風に答えた。

 入ってきた御田が慣れた手つきでテキパキと配膳した。

 「本日はセイロンのアイスティーとシフォンケーキをご用意いたしました。ポットにはまだお代わりがございます。ではごゆっくり。」

 御田は言いたい事だけ言って出て行った。


 世間話をしながら紅茶と茶菓子をもらい一息ついた。

 「また来る機会があれば、玄関から来るのは色々大変でしょうから勝手口から来て下さい。誰にも合わずにここまで来れます。」

 「そうさせてもらうよ。」


 「さて、今日はどういった御用でしょうか。もちろん用事が無くても皆さんであれば大歓迎ですが。」

 モヤシが話を向けた。


 「実は一つ頼みたいことがあるんだ。」

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