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1.焼却炉の裏道

初めての投稿です。

 一年の二学期初日の始業式が終わった。翔太は商業科区画と工業科区画の間の、ブロック塀で囲まれた場所、今では使われていない焼却炉に向かって気だるげに歩いていた。先生はもちろん生徒もあまり寄り付かない陰気な場所だ。


 何で金曜日が始業式なんだよ。


 暑い中始業式のためだけに登校した翔太は後悔していた。一日サボれば土日で休みなのだ。

 ワンボックスカーほどの焼却炉の裏には、焼却炉を囲うフェンスと学校外周のブロック塀との間に人が一人通れるだけ隙間があった。焼却炉は商業科と工業科の間立っている。本来両科の間は行き来できないようになっているはずが、その隙間を通ることで商業科と工業科を行き来が出来てしまった。

 その隙間の途中、ブロック塀に幅一メートル程の通用口がある。翔太はそこへ向かっていた。自宅への近道なのだ。恐らく用務員が使っていたのだろうが、現在では一部の生徒のみが知る通用口で利口な生徒は使わない。


 翔太は半端に開いていた簡素な鉄製の扉を潜り、その蝶番が壊れて閉めにくい扉を閉めて出た。そこはいつからか操業を停止した工場と学校のブロック塀との間の小道だった。幅は二人分ちょっと。その小道は、先の通りに繋がっていた。風の通りもわるく、一日中日の当たらないそこは、湿り気を含み澱んだ空気が不快指数を上げていた。

 翔太が数歩行くと曲がり角の先から声が聞こえて来た。


 「…から奢らせてやるよ。一万くらいで足るかなぁ?」

 「昨日の五千円でもう持って無いよ…」


 弱々しい声が続く。壁に囲まれているため遠くの声も良く聞こえる。


 面倒くせえなぁ。


 翔太はこれから出くわすであろう光景を想像して思った。そもそも小裏道は一本道で迂回する道は無い。戻って学校の反対側にある門から出るという選択肢もある。しかし、翔太の家はこの裏道から出て五分ほどの場所にある。馬鹿でかい学校の反対の校門をでても、またすぐそこの通りに戻ってくることになる。労力と時間を考えるとそちらの方が面倒くさい。


 通るだけなら通してくれるか。


 翔太はそう考えそのまま進んだ。

 十数メートル先のに三人の同じ制服を着た男達が見えた。着崩した格好の如何にもな二人に挟まれ、こちらも如何にもな背の低いメガネをかけたモヤシ男がいた。恐らくネコ型ロボットも飼っているだろう。

 近づくとさらに向こうの通りに近いところに女が一人見える。

 そいつらが翔太の存在に気づいた。

 翔太は誰に誰何されるより早く切り出した 。


 「あ、邪魔する気はありませんので通りますね。」


 そう言いながら足ばやに接近していく。対応に一瞬戸惑っている一人目の脇を体を横にして擦り抜けた。メガネモヤシ男は助けではない事に落胆した目をして壁を背に固まっている。


 俺は猫型ロボットじゃねーよ。


 三人目をすり抜けようとした時、男は手を壁に着いて翔太の進路を妨げた。見た目細いが半袖シャツから出ている腕は筋肉が載っている。細マッチョというやつか。


 「待てよ、この状況ですんなり通すわけねえだろ。」

 「…やっぱりそうですか。」

 何で通してくれると思ったのか。翔太は数十秒前の自分に呆れた。


 「ここを通るには通行料がいるんだよ。」

 凄んだ顔を作って言った。

 「それはこいつが払いますから。」

 横で様子を見ているメガネモヤシを指差して即答した。

 「ハハハッ。おめー面白い事言うじゃねーか。じゃあ合わせて二万な。」

 「そんな…」

 助けかと思いきや自分の分まで被せられた。

 「じゃあそう言う事で…」

 翔太が歩き出そうとするが、通してくれるはずも無い。

 「お前が言ったんだからお前が取り立てろや!」


 ふむ、確かに。


 翔太は頭の回る不良に感心した。

 「それはそれとして、お前からも一万だ。合計三万だな。」

 

 何でやねん!前言撤回、頭おかしいわ。


 翔太は心の中で大阪弁で突っ込んだ。

 「あんた実は馬鹿だな? 1+1=2だ。」

 「あぁッ! 誰に物言ってんの!?」そう言って胸元に手が伸びて来たが、その手を翔太ははたき上げ、右足で相手の左足を爪先で踏み、そのまま踏み込んで左の拳を相手の鳩尾(みぞおち)に叩き込んだ。力が後ろに逃げる事もなく全ての力が鳩尾で衝撃に変わった。男は息が出来ず蹲った。


 あぁ、やっちまったよ…。ってか、キレるの早すぎだろ! しかも何で掴みに来るのかね。動きが簡単に読めちまう。


 翔太はいつからか、相手の動きを予測できるようになった。孤児院に入った頃からだろうか。

 予測というより予見と言った方が正しいか、かなり細かな動きまで正確に予見できる。それは喧嘩など身の危険を感じて集中した時だけだ。本人は相手の動きを読んでいると思っている。


 「カツヤ君!」

 先に通り過ぎたため翔太の背後にいた小柄のマッチョは、声をかけるだけでかかって来ないようだ。かといって、駆けつけようにも翔太が居るので躊躇している。

 メガネモヤシも固まっている。

 翔太は何もなかったようにゆっくりと気だるげに歩き始めた。女の前に行き頭からつま先まで観察する。


 「ケバいな」

 ボソッと呟いた。


 「な、なによッ!?」怯えて凍っていた女はその声で再起動し強く言い返した。

 女の横を通り過ぎ、ふと翔太は振り返った。

 「なによッ!」同じ事を言った女は真っ赤な顔で頑張って睨んでいたが、翔太の視線はメガネモヤシに向かっていた。

 「お前、カツアゲ再開されるまでそこで待ってんの?」

 「えッ!?」急に声をかけられたモヤシがキョロキョロして状況を確認するや、立ち上がって言った。


 「じゃあ僕帰るね…」

 蹲る細マッチョに挨拶して、女と翔太の横を勢いよく走り抜け去って行った。


 「・・・」「・・・」

 お友達かよ。女と翔太はぼんやり見届けた。


 通りの歩道に出て強い日差しの眩しさに少し怯んだが、また気だるげに歩き始めた。この通りは並行したバイパスが出来るまで、車の多い通りだった。旧街道らしく歩道も比較的ゆったり作られているが、今では人通りも少ない。道の両側はシャッターの閉まった元商店が並び空家も目立つ。一件だけパチンコ屋だけが開店している様だが、場所が悪いのか客の出入りは少ない。


 数メートルも歩くと明るい声で呼びかけられた。


 「翔兄!」


 顔を少し上げると眩しそうに顔をしかめた。ショートカットをした少女は近くの中学校の制服を着ており、下を向いて歩く翔太を下から覗き込む様な体制で声をかけてた。短いスカートから軽く日に焼けた健康的な足が伸びている。


 「おう、さやか。」

 一応返事はするが、素早く最小限の動きで、気だるいまま少女をかわして歩いて行く。


 「ちょっと待って! せっかく逢いに来たのに『どうしたんだ』の一言もくれないの?」

 「この時間にここで待ち構えているって事は、お前今日も学校サボったろ。どうせ用なんてないんだろ? 昨日も俺んとこに来たばっかじゃねえか。」

 「…。そんな事よりさっき見てたよ! 格好良かったなぁ…。帰ったらみんなに話さなきゃ!」

 満面の笑みでのたまわった。

 「じゃあ帰れ!」

 呆れた顔でさやかに言った。

 「そんな冷たい翔兄ちゃんも好き!」

 すかさず腕を組んで横を一緒に歩き出す。

 「・・・」

 腕を絡まれて煩わしく思いながら、自宅のボロアパートに向けて歩いて行く。翔太は学校から10分程の築四十年近いボロアパートの一室で一人暮らしだ。管理人としての仕事をする代わりに、タダで住まわせて貰っている。と言っても住人は翔太を除いて二人しかおらず、仕事は共用トイレと敷地の隅にある祠の掃除、あとたまにアパート周りを掃き掃除するくらいだ。大家は悪徳弁護士だ。翔太の後見人でもある。収入は夜の繁華街にある酒屋でアルバイトをしている。


 横でさやかと呼ばれた少女はずっと話してかけているが、気の無い相づちだけ返していた。さやかもそんな事は関係なしに今日あったらことや、施設の人間関係、恋愛関係の類い話題を話し続ける。恐らく昨日と同じ内容も多いだろう。

 アパートまで最後の交差点を曲がり、綺麗な新しい家に挟まれて不自然なボロアパートが見えた。そこでようやく後ろから声をかけられた。さっきからつけられていたのだが、相手がわかっていたので放っておいたのだ。

 「あの…」小さい声に無視しようかと思ったが、さやかが振り向いたので仕方なく翔太も振り向いた。さっきのモヤシだ。


 「さっきはありがとう。なんかお礼できないかな?」


 お礼? 馬鹿か?


 「お前俺に借金あるんだぞ。三万、今取り立ててやろうか? 失せろ。」

 「えッ?さっきの三万円の話しは生きてるの?」

 「失せろ!」

 強めに言われてビクッと怯えた顔をした。

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