真夏の夜の出来事
僕の住んでいる所はとても田舎だった。どれくらいの田舎かというと、数キロ圏内にコンビニ、駅、学校がない。あるのは田んぼと畑、山、湖である。一番最寄りのコンビニまで5キロメートルである。もはや最寄りという距離ではない。そんな田舎町では車は必需品で、無いものは自転車で何とかするしかない。だから皆は車を欲しがったし、早く大人になりたがっていた。
そんな田舎町で高校生をしていた僕の学校はやっぱり遠くて、家から十数キロ離れていた。登校手段? 自転車だ。家から駅まで数キロあって、駅から学校までまた距離がある。駅まで行くのにも一苦労。さらにそこから電車、そして徒歩を考えるとちょっと疲れる。また、バスなんか論外だ。2時間に1本で15時くらいで終わりというローカル線。しかも、何回も乗り継ぎをしないとたどり着けない。一番時間がかからないし、楽な方法が自転車なのである。都会に引っ越して思ったのは交通機関が発達しているって時間のロスが少なくていいということだ。
毎日1時間くらいの時間をかけて通学する。それが僕の高校時代の日常だった。今考えるとよくやったなぁと思うが、選択肢がなかったのだから仕方がない。色々と他を知るから見えてくることはたくさんある。
さて、そんな通学はどうだったかというと朝の通学は特に何も言うことはないのだけれども、夜は怖かった。なぜなら帰り道が真っ暗だから。なぜかというと周りが田んぼや畑ばかりなので街灯は少ないからだ。農作物の成長に影響を及ぼす恐れがあるので街灯をあまりつけないのだ。もし、真っ暗な夜空を堪能したいのであれば農村地帯にすむといい。ほんとに真っ黒に塗りつぶされるから。
あと、それに加えて、通学路には墓地が3つあった。真っ暗な道で自転車の光に反射されるお墓はかなり怖いものがある。人魂を見たという人はきっと、そういった光が反射した物なのではないかと思うほどだ。たまに疲れていると、本気でびっくりしたりする。
そして特に怖いのは夏の帰り道だった。虫が飛んでくるためいつも顔を伏せながら自転車を漕いだものだ。
虫が怖い? って本当? って思われる人もいるかもしれない。そんな人は是非、一度夏の田舎の夜道を自転車で走ってみるといい。大量の虫が顔をめがけて飛んでくるのは恐怖でしかない。特に甲虫。カブトムシやカナブンが衝突したときの痛さは血が出るほどだ。そういや蝙蝠も追突されたことがあるね。
中学校の理科だったか忘れたけど、向かい合っている物体の速度は両者の速度を足したものであるという、授業は本当だったんだと実感する。あれが目に入ったら失明するんじゃないかと思ったけどいつも額に当たってくるからよかった。
話がそれたけど、なんでこんなことをつらつら書いているのかというと、ホラー祭り2018の題材を考えていたら、最近の暑い日が続くため思い出したことがあるからだ。なのでここに記しておくことにする。決して他にネタが思いつかなかったとかではない。
そう、これはそんな片田舎で起きた、僕の体験談である。
あれは今のように暑い夏のことだった。連日連夜、暑くて何日か連続で熱帯夜が続いていた。僕の住んでいた町では湖に近いため、そこまで気温は上がらないのだけど、その年は珍しく暑かった。普段はつけなくても平気なエアコンがフル稼働していたのを覚えている。
そのときの僕は高校生で、受験生だった。
学校は夏休みだったけど、受験を控えていて毎日補習に行っていた。暑い暑い炎天下の中、1時間ほどかけて着くころには汗びしょびしょで勉強する気力なんかあまり残っていなかったけどね。
ただ補習に関しては、特に進学校ではなかったから、そこまで長い時間行われるわけではなかった。せいぜい昼くらいには終わっていた。だけど、補習が終わってから友達と遊んだりして、日が暮れてからの帰宅となっていた。
それは気分転換のためもあったが、炎天下の中帰る気がしなかったというのが一番の理由である。真夏の昼に1時間も自転車を漕ぐというのは一種の拷問に近い所がある。今考えれば、よく毎日補習に行ったと思う。今なら多分行かないね。絶対自宅で勉強すると思う。その方が効率的だから。
ただ、先生方の提案をただ受け入れる存在だった僕は補習を受けないという選択肢もなく、その日も太陽が消えて若干涼しくなった暗い夜道をせっせと帰っていたのだった。
先ほど、帰り道に墓地が3つほどあるといったが、墓地の他に老人ホームもあった。墓地の近くに老人ホームを建てるのも今思うとどうかしているのだけれどもそのころは特に何も思わなかったね。まぁ、別にそこから直行するわけでもないからそれでもいいのだろうけど。
さて、その老人ホームの住人の何人かは僕と顔見知りだった。中学のころ課外活動の一環で何度か訪問したこともあるからだ。道徳教育の一環で手品や交流、散歩などをよくしたものだ。
中学を卒業してからは訪問はしていないが、通学路であり、お昼ごろに職員と一緒に散歩している人もいるため、たまに挨拶したりもする仲だった。半日授業の帰り道は時間が合うのかよく出会った。
その顔見知りの中の一人にシゲさんという人がいた。
シゲさんは僕の親戚で、そこまで近い親戚関係ではないけど子どものころに何度かお世話になったことがある。一応親戚ということもあって出会ったら、会釈と挨拶をしていた。
さて、その夜のこと、その墓地を通り過ぎようとしたときに、墓地から出てきた人がいた。真っ暗な夜にライトもつけないで散歩している人もたまに見かけるのでそんなに珍しいことでもない。
ただ、そこにいたのは件のシゲさんだった。その日は満月に近かったので、ぎりぎり判別できた。だけど、老人ホームの散歩時間は決まっているため、こんな時間に出会うのは珍しいなと僕は思った。もしかしたら抜け出してきたのかもしれない。
あまり問題に突っ込む気もなかった僕は、その時は単に会釈だけして、過ぎ去ろうと思っていたけど。
「今帰りかい?」
という声をかけられた。その言葉に何故かペダルをこぐのをやめて止まった。いつもなら、会釈と挨拶だけで済ますぐらいだったけど、その日は何となくちょっと話してしまった。
たわいもない会話だったと思う。学校の事、補習の事、など最近の事を話した。そして別れる際。
「気をつけて」
とにっこりと笑った、シゲさんの顔は今もよく覚えている。
その後、僕は帰宅すると、親たちがバタバタしていたので、「なにかあったの?」と聞いた。そうすると親から親戚がなくなったという知らせを聞いた。「誰がなくなったの?」と聞くと、それはシゲさんだった。
僕は驚いて、さっきあったことを伝えると、驚いた顔をされた。詳しく聞いてみると、亡くなったのは僕が補習を受けてる時間帯で場所は病院だそうだ。暑い日が続いていて熱中症になったらしい。そしてここで重要なのは、老人ホームで亡くなったわけではないし、僕がシゲさんと出会えるわけではないということだった。
つまり、僕は亡くなった人と会話していたようだ。
僕には霊感があるわけではなく、心霊体験をしたのはこれっきりだった。なぜシゲさんとあのようなことが起きたのかはわからない。
だけど、今となっては懐かしい、暑い夏の夜の思い出である。こう暑い日が続くとふと思い出す出来事だ。