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がめついパイロット

がめついパイロット 万倍の壺

作者: 電子紙魚

 レオナルドはでっぷりとした身体をゆすりながらジャンに迫っていた。

「そやから金は払う言うとりますやろ。それでどないしてダメやいわはるんや」

 ジャンはにこやかに、「そのお金はあなたのものですか? わたしは教団のものだと思っているのですが」

「ああ、教団のもんはわてのもんですわ」さらりと言い切った。

 顎に右手をあてて視線を右斜め上に向けた。

「教主がどうして万倍の壺を必要とするのですか?」

「んなもん自分には関係あらへんやろ」

「いえ、万倍になるのは1度だけですから、使い方によっては損なものになりますので」

 顔に笑みが張り付いていた。

「そりゃほんまか?」「ええ、本当です」

 レオナルドが興味を失った。

「さよか。ならいらんわ。帰るわ」

 ジャンは黙って見送った。

 神殿に戻ったレオナルドは気を取り直していた。

 一回限りだとしても使い道はある。3人の息子を呼んだ。

「万倍の壺をもーてきたもんに継がしたる。金をつこーたらあかんで。小遣いでなんとかしいや」

 3兄弟は顔を見合わせた。教主が元気なため後継者について俎上にのぼることはなかった。

 それがこんな形で競争することになった。長男のチーノは最大の支援者の顔を浮かべた。

 次男はすでにあきらめ顔だった。3男は長男へのライバル心をむき出しにした。

 3人が引き下がり、レオナルドはニヤリと笑った。

 チーノは弟を出し抜くことに成功した。支援者の金でハイクラスの冒険者を送り出した。

 壺の在り処の欺瞞情報も流した。万倍の壺を得れば地位が盤石になる。

 妻の父である支援者の新参者という弱点もかすむ。

 教団とともに彼の店も大きくなる。妄想が膨らんだ。

 ロメオは3人の奴隷を率いてBランクパーティドラゴンの寝床に守られていた。

 ロメオは30を少し過ぎた容姿端麗の番頭だった。

 かなり出世が早いのは同僚の功績を奪い、失敗を擦り付けたからだった。

 成功しそうな案件にいつの間にか食い込むとか、逃げ道を用意しているとかはしっこい。

 要領もよく一見すると優秀だった。実際の仕事はいい加減で残念だった。

 そんな彼が重要な仕事を任されたのだから有頂天になるのも無理はなかった。

 アンジェロはすがるような目つきでジャンを見つめていた。

 とある貴族に仕える下級官吏でやせ細り、髪の毛はぼさぼさ、服もつぎはぎだらけだった。

「あなたの案内料はとても高いと聞いております。わたしが用意した金貨100枚では到底足りないでしょうが、

なんとかお願いできないでしょうか?」

「万倍の壺をどのようにお使いになるつもりですか?」

「種もみを増やすためです。むろん余るでしょうから施しも致します」

「それはご領主の命令ですか?」

 アンジェロは俯き頭を振った。「いいえ」

「許可もなさそうですね」

「はい、領主様は民のことよりもご自分の地位を上げることに熱心ですから」

「ということはあなたは犯罪者になるかもしれませんね。しかも壺は取り上げられてしまう。

対策はあるのですか?」

「壺は協力者たちが持ち回りで使用する手はずになっています」

 ジャンを射抜くように見つめた。ジャンが首を振った。

「壺を使えるのは持ちだした者だけです。その他の者が中に入れても増えません」

「え、そうなのですか」びっくりしたように目を大きくし口を開けた。

「万倍の壺は有名ですが、前回使われたのが2千年前ですから、仕方がないのでしょうが」

「詳しくお教え願えないでしょうか?」

「それは私の仕事ではありません」きっぱりと断られ、アンジェロは途方に暮れた。

「使い方などは神殿に描かれていますよ」

 ほっとしたように息を大きくはいた。

 いくつかの条件が付いたもののアンジェロは万倍の壺が安置されている神殿に案内されることとなった。

 アンジェロは1人で砂漠を歩いていた。

 頭からすっぽりと白い布をかぶり、露出している顔には目と鼻を覆う色付きのゴーグルをしていた。

 口はマスクで隠れていた。耳はイヤホンが詰まっていた。

 全く人気のない照り返しの強い砂を踏んでいた。

 時々吹き飛ばされそうなくらい強い風が右や左、前や後ろとランダムに吹きつけた。

 逆風の時は前のめりになり、左右からはよろよろしながら前に進む。

『右に方向を変えてください』

 耳に入ってきた指示に従って右に曲がった。

 しばらくして左に曲がった。

「まっすぐでもよかったのでは?」

『デザートワームと交差しそうだったので回避しました」

 アンジェロの背中に汗が流れた。神殿砂漠に魔物が多いと本に書かれていた。

 魔物に遭遇したら戦闘能力が高くない限りは死ぬとも。

 戦ったことすらないので勝てるはずがない。

 汗の分の補給をしようと腰にぶら下げている500ml入りペットボトルから水を飲んだ。

 ゴーグルにイヤホン、マスクにペットボトルに入った水、頭からかぶっている布すべてが

ジャンから借りたものだった。

 ペットボトルに入った水は返せないが。

 借りたものはすべて見たこともないものばかりだった。

 その効果は身をもって体験している。これらがあれば人々は楽に砂漠を踏破できる。

 ただ水は腰に下げている分と背負い袋にある2l入りペットボトルが2本しかない。

 すでに腰のペットボトルは半分がなくなっていた。

 水は我慢せずどんどん飲むように言われている。

 神殿までは早くとも5日はかかるとも聞いた。

 節約しなければ足りなくなる。それに食事もどうするのか。

 そのあたりジョンは説明しなかった。心配する必要がないだけだった。

 保有していた書物すべてを売り払った金をだまし取られたのでは。

 ただ歩いているだけなので様々な思考が浮かんでは消える。

 前からの風が止まったので顔を上げた。目をこすろうとしてゴーグルに阻まれた。

 砂漠に大きなパラソルが立っていた。風に逆らって飛ばされもしない。

『あそこに食事と水の補給があります。頑張ってください』

 アンジェロの歩みが早くなった。

 パラソルの中は涼しく、砂が入り込むこともなかった。

 冷たいスープにたっぷりの野菜の入ったソースがかかったパスタ。

 どちらも食べたことのないものだった。味は極上だった。

 さらに寝椅子もあり、30分ほど昼寝もした。

 すべてのペットボトルを新しいものと交換した。

 リフレッシュしたアンジェロは灼熱の中に戻った。

 アンジェロが離れると同時にパラソルはテーブルに椅子、寝椅子も含めて砂に消えた。

 ジャンは少し蒸し暑い部屋でロッキングチェアに寝そべりながら200インチはある

ディスプレイを眺めていた。隣にサイドテーブルには空になった缶ビールがあった。

 ディスプレイにはいくつものウィンドウがあった。

 砂漠全体の俯瞰図、これにはグリーンの点が1つにいくつもの赤い点が散らばっていた。

 別のウィンドウにはアンジェロが見ているものとほぼ同じ風景が映し出されていた。

 これはゴーグルについているカメラの映像だ。

 その他4つのウィンドウはアンジェロの周囲を警戒している4機のドローンからの映像だ。

 ドローンは静音タイプであり、魔法で制御していた。

 緑の点が砂漠の中央に向かう。移動速度は極めて遅い。ただ確実に近づいていた。

 アンジェロは足をとられながらも走り寄った。

 倒れている4人のうち1人に触れようとした。

『触ってはいけない』禁止の声が響いた。

「なぜですか? まだ生きているようです。水を与えれば」

『彼らは魔物によって生かされているだけです。体内に卵が産みつけられています。

もう助かりません』

 はっとして手を引っ込めた。そろそろと後ずさる。

 近くに親が潜んでいる。卵はもうないだろうが、襲ってくるかもしれない。

 親は砂に潜んでいたが、4人のために水を送っていた。

 ロメオが目を開けた。手を伸ばした。「殺してくれ」

 奴隷の3人もアンジェロに目を向けた。声を出せないくらい弱っていた。

 しかし、その目は慈悲を求めていた。

 アンジェロにできたのは護身用のナイフを置くだけだった。

 もう遅いとはいえ人を手にかけることはできなかった。

 目をつぶって神殿に向かうアンジェロのゴーグルには涙がたまっていた。

 日が傾いていた。アンジェロの前に1張りのテントがあった。

 指示通りに中に入るとひんやりとしていた。

 テーブルの上には温かいスープに黒く堅いパン、スライスされたハムにチーズ。食べなれたものが並んでいた。

 ベッドに横になった。自宅のものよりもはるかに上等で程度な硬さがあった。

 外は寒くなっているはずだが、テントの中は快適だった。

 ベッドヘッドボードの操作でテント内の明るさが変わった。

 疲れもあってぐっすりと休んだ。

 朝食は白く柔らかなパンに野菜とベーコンエッグを挟んだサンドイッチに牛乳だった。

 パンのおいしさは言うまでもなく食べ方も斬新的だった。

 きれいに平らげて、ペットボトルを交換し、灼熱の中に身を投じた。

 テントがあった後が砂地に残っていた。

 4日後に神殿を目にした。砂ではなく岩の上に立っていた。

 アンジェロが仕えている領主の館ぐらいの大きさだった。

 神殿としては大きくはないが、周囲の砂が神殿の近くには1粒もなかった。

 柱も壁も土台となっている岩と同じだった。

 中の壁には一面に文字と絵が描かれていた。

 中央には背丈ほどの高さで直径が50cmぐらいの壺が台座の上に置かれていた。

 アンジェロだけでの動かせそうだが、砂漠を運ぶのは無理そうだった。

 台座にも文字と絵があった。目を止めて、「これは神代文字ですね。解読するだけで数年はかかりますね」

 あっさりと諦めた。壁の絵に目をやった。

 ハッとして台座に顔を向けた。同じ絵だった。

 壁にある絵の横の文字を見る。「こっちはオマ文字ですか」

 同じ絵を見つけては文字を確かめた。「これはタリア文字ですね。誰が書いたのでしょうか」

 アンジェロが仕事で使っているのがタリア文字だった。

 文字を読んでいく。ようやく1人だったことなどが氷解していく。

「神よ。わたしの民を救う力をお貸しください」

 壺がポケットに収まるくらい小さくなった。

 アンジェロは増やした金貨で穀物を買い入れた。

 領民に配る。領主はアンジェロを拘束しようとした。

 領民はアンジェロを匿った。その間に作物の種を次々と増やしていく。

 領主の兵が民から種を奪おうとしたことから反抗が本格化した。

 多くの民が傷つき死んだが、ついに領主を排除した。

 新しい領主はアンジェロの身柄保障と領地の改良に着手することを領民に約束した。

 3年後には領地は食べ物であふれ、飢えるものはいなくなった。

「ありがとうございました。壺をお返しいたします」アンジェロの祈りとともに万倍の壺は消えた。

 ジャンへの借金は作物を売った金で賄った。ジャンは万倍の壺で増やした金貨以外でと条件を付けていた。

 金貨だから同じはずだがかたくなだった。アンジェロにしても飲むしかなかった。

 1年と経たずしてアンジェロは神の元へと旅立った。

 チーノは劣勢を挽回するために別の町に移った。

 これまで布教していなかった町だった。万倍の壺が得られると信じて、前祝をしたためにレオナルドの

不興を買った。後継者候補から外されそうになったのを弟たちに救われた。

 教団は着実に勢力を拡大していった。万倍の壺など不要だった。

 予定とは違ったがレオナルドの夢がかなえられようとしていた。


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