第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑫
『変態勇者 死ね』
「………………」
銀次と店回りを始めて三日目の夜七時。
菫からクロウのケータイにメールが届いた。
「あー。こりゃ、店から出るところでも見られたかな?」
ということはつまり、キャバクラで遊んできたと菫に勘違いされているってことか……
クロウは頭を抱えて、大きく溜め息をつく。
「最悪だ……どんな顔をして家に帰ればいいんですか」
「働いたんだから、堂々として帰れば良いだろ? ってか勇者って何だよ?」
「俺、実は勇者なんです」
「何だそれ。その冗談はどこで笑って良いのか分からねぇよ」
露骨に呆れた顔をする銀次にクロウは言い返そうとしたが、しかしふとクロウは気配を感じて口を噤む。
人数は感じ取れるだけで三十人ほど。それが路地の陰や店内、通行人に紛れてクロウたちを包囲しつつあったのだ。
「……釣れましたね」
「ああ。だが、こんな大っぴらじゃ仕掛けてこねぇ。裏道に入るぞ」
「銀次さん、嬉しそうですね?」
「まぁ、祭りは嫌いじゃねぇからな」
今ここは駅前から少し歩いたところにある繁華街だ。買い物をする人もいれば、食事をする人、駅に向かって歩いている人などでごった返している。
クロウと銀次は追っ手に気付いていない振りをして、人気の無い脇道へと逸れた。
見張っていただけでも三十人。応援を呼ばれるかだろうから、人数は百人を超えるかもしれない。
クロウが想像できる程度のことだ。この道で修羅場を何度も潜り抜けてきているはずの銀次が考えないはずがない。
それを全て理解した上で、銀次はクロウに背中を預けると言ってくれたのだ。
やがて銀次達は、人気の無い広場に到着すると足を止める。
そこは、今はもう使われていない社宅の駐車場だった。
クロウは自分たちを取り囲む石鏡組の組員達を見回す。
「百六十人ってところですね」
「すげぇ人数だな。こりゃ俺と言うより、どこぞのスーツが似合わない優男のせいだろうな。そういえば向こうの組長に刃を突きつけたしなぁ……」
「なっ、えぇっ! 巻き込んでしまってすみません!」
「なんてな。それを承知の上で、俺がお前を餌にしたんだよ」
「………………」
「な、大漁だったろ?」
「……怒っても良いですか?」
銀次に物申したいことは多々あったが、極道の世界は座布団の高さが全てだ。
何より、状況としては想定どおりの形なので、蹴っ飛ばしちゃいけない、ブン殴っちゃいけないと、クロウは自分に言い聞かせた。
「クロウ、殺すなよ。一人も殺さず、全員病院送りにするぞ」
「難しいことをサラッと言いますね、銀次さん」
「あぁ……やっぱりお前ぇでも難しいか?」
「いえ、初めからそのつもりでした。一人でも拳銃を出したら、こっちも動いて良いですか?」
「おう。分かってんじゃねぇか」
銀次が出してきた拳に、クロウも拳を合わせる。
スーツの下の匕首に手を重ね、いつでも動けるように警戒していると、やがて石鏡組の中から一人、歩み出てくる者がいた。
「おどれら、何余裕かましてんだ、あぁ? 状況分かってんのか?」
その顔は、石鏡組の事務所で見覚えがあった。つまりは、それなりに組長から信頼されている人物なのだろう。
風格はある。雰囲気もなかなかのものだ。見張りと待機とで人員を分けていたことといい、もしかしたら頭も切れるのかもしれない。
けれど、今回は相手が悪かった。
クロウは思う。相手が銀次と自分でなければ、これは最高の布陣だったと。
「分かっていないのはテメェだ、岩崎よぉ?」
あの男は岩崎と言う名前らしかった。
銀次が岩崎に歩み寄る。岩崎の間合いの内側へ、そして拳の届く距離へ、銀次は踏み込んでいった。僅か数十センチの距離まで詰め寄り、しかしそれでも岩崎も動じなかった。
額が着くのではないかというほどの近さで、二人が睨み合う。
互いに意地の張り合いだった。
緊張した空気が流れる。数秒なのか、何分も経ったのかも分からない。
そんな中、クロウはその動きを見逃さなかった。
クロウが一歩、大きく踏み込む。
二十メートルを裕に越える距離を一歩で詰め寄り、岩崎の胸元から拳銃が出された瞬間、匕首の背でそれを弾き飛ばしたのだ。
「まずは、俺達の勝ちですね?」
クロウは岩崎の鳩尾に拳を叩き込む。小さく苦しげな声を吐いて、岩崎は気を失ってアスファルトに倒れた。
それを皮切りに、石鏡組の組員達が銃を構える。
それでもクロウたちは拳を構えて叫んだ。
「「掛かって来いや、雑把共っ! 格の違いってのを見せてやっからよぉ!!」」
「「上等だゴルアァァッ!!」」
直後、銃声が鳴り始める。
それに対して、クロウと銀次の取った行動は同じだった。
つまりは、敵の方へと真っ直ぐに駆けたのだ。
密集した敵の中に入ってしまえば、石鏡組の組員達は銃を使えない。素手喧嘩に持ち込んでしまえば、相手が何人であれ、銀次とクロウが遅れを取ることはないからだ。
突き出された拳を受け止めて腕を捻り、繰り出された膝蹴りを叩き落し、匕首が突き出される前にその男の眉間を殴る。拳を振りかぶった男に一歩踏み込んで側頭を狙った裏拳を繰り出し、鉄パイプを構えた男の顎を拳で撃ち抜いた。
「まずは三十人……」
クロウが倒した石鏡組構成員の数だ。
その間に負った手傷は軽いものが三箇所。肩と脇腹、背中を刺されていたが、魔獣や魔族と戦ってきたクロウにとっては、それは軽い部類に入る怪我だった。
銀次の方を見る。銀次も既に十人ほど倒していて、目立った手傷は負っていないようだった。人間相手に喧嘩慣れしているせいか、身のこなしはクロウより上手いようだ。
鈍器や刃物で勝てないと察したのか、半数が倒れたところで、石鏡組の組員達がクロウから距離を取ろうとする。
けれどクロウにそれをさせるつもりは無かった。
離れようとする一人の胸倉を掴むと、頭からアスファルトに叩きつける。気絶した男を拾って、距離を取ろうとしていた一団に投げつけると、その隙にまた間合いを詰めた。
そしてクロウが再び拳を構えたときだった。
「拳銃ぁ使え! 同士討ちしねぇように至近距離で撃つんだよっ!」
その指示は、的確にして、驚異的なものだった。
そしてその声は岩崎のものだった。いつの間にか意識を取り戻していたのだ。
殴る蹴るは一度に数人が限度だが、銃を撃つのならば右手一本が相手の身体に届けば事足りる。同時に十数人から攻撃されることになれば、さすがのクロウもどうしようもないからだ。
「岩崎、テメェ……」
いままで余裕のあった銀次の顔が、焦りの表情に変わったのを見た。
そしてあろうことか、銀次は自分の相手に背を向けて、クロウの方へと駆けてきたのだ。
銀次の背後を狙って、岩崎が銃を構えるのが見えた。
ようやくクロウは悟る。岩崎には、銀次がクロウの元へ駆けてくるのが分かっていたのだと。
岩崎の狙いは、クロウを助けるために銀次が隙を見せることだということを。
「銀次さんっ!」
もはや、形振り構ってはいられなかった。
クロウは匕首を抜くと、取り囲んでいた石鏡組組員を聖波動の剣で薙ぎ払い、銀次と岩崎の間に割り込む。
直後、響く銃声。
銃弾はクロウの腹に穿たれ、その激痛に一瞬、足の力が入らなくなる。
「クロウっ! なにしてんだテメェっ!」
「……銀次さんこそ、何をしてるんですか。隙を見せるなんて、らしくないですよ」
焼けるような痛み。血の流れていく寒さ。内腑深くから来る激痛は、魔獣と戦っているときには感じたことの無い類の痛みだった。
「痛みには、少しは慣れているつもりだったんですけどね……」
意識が遠くなりかける。それでも今ここで倒れるわけにはいかなかった。
再び取り囲まれたクロウと銀次は、百人以上から銃口を向けられている状態だからだ。
今ここで腹の傷を修復している時間は無い。
途切れそうになる集中力をギリギリで繋いで、聖波動を右足に集める。
「殺れ」
岩崎の短い一言に続いて、無数の銃声が響いた。
しかし、その銃弾は一つたりともクロウたちに当たることはなかった。
クロウは銀次を抱えて、十三階建ての社宅の屋上まで一足で跳んだからだ。
クロウは着地すると、抱えていた銀次を降ろす。
「ちょっ、クロウてめぇ、何だこれは!?」
「銀次さん、少しここにいてください」
「なっ、もしかしてテメェ……」
そこから先は聞かなかった。
何を言おうとしたかぐらい、クロウには分かってしまったから。
クロウは屋上から飛び降りて再び駐車場に戻ると、唖然としている百二十人の石鏡組組員に、クロウは二本の剣を見せて言う。
「すみませんが、手加減する余裕はありません。どうか死なないでください」
「ッざけんなっ!」
逸早く冷静さを取り戻したのは岩崎だった。
岩崎はクロウに体当たりすると、そのまま銃口をクロウの左胸に押し当てる。
いや、押し当てようとした。
けれど銃口と左胸の間には、既に光の剣をクロウは割り込ませていたのだ。
銃声が響く。
重い衝撃が腹の傷に響いたが、まだ意識を失うわけにはいかない。クロウは足を踏ん張ると、裏拳で岩崎の頬を殴り飛ばした。
「責任は俺が持つ! 殺す気で掛かれっ! じゃねぇとこっちが殺られんぞっ!!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
クロウはアスファルトを蹴ると、石鏡組の一団の中へまた割り込んでいく。
剣の峰で敵を薙ぎ払い、肘で鳩尾を突き、踵で足を払って頭を地面に叩きつける。常人離れした反射で銃を叩きと落とし、目にも留まらない速さで銃弾を交わし、しかし全てを上手く往なせたわけではなかった。
「ッ――――――、」
肩に銃弾を受けて動きが止まったところで、足に更に一発食らう。剣を振った直後に脇腹に更に一発撃たれる。動きが鈍るにつれて、受ける銃弾の数は増えていった。
動かなくなった足は聖波動で無理矢理動かした。
三発の弾を受けてから左手の感覚が無くなってからは、右手だけで敵を薙ぎ払い続けた。
息が止まりそうになって、けれどそれよりも身体を動かすことを優先させた。
途中からは自分がどう戦ったのかも覚えていない。ただ第六感と反射神経だけがクロウの体を振り回していた。
「こんの、デタラメ野郎がぁぁぁぁっ!」
気が付けば、そこに立っているのはクロウのほかには、右腕の折れた目の前の男だけだった。
その男は、岩崎だった。
岩崎の左手に構えられた銃が震えている。引き鉄が引かれる寸前にクロウがそれを弾き飛ばし、そしてついにクロウの右手の剣も砕けて消えた。
満身創痍だった。
もう一歩も動けないクロウは、だから岩崎の拳を避けることはできなかった。
重みも速さも無い、押し出されるような拳。岩崎がようやく繰り出したのであろうそれで、クロウは地面に倒れた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
岩崎が叫ぶ。
アスファルトに腰を下ろした岩崎は、肩で息をしながら胸ポケットからタバコを取り出すと、片手で器用に一本取り出して口に咥えていた。
そして岩崎がライターを取り出そうとしたところで、しかし岩崎の口元のタバコに火を点けた男がいた。
「……何のつもりだ、テメェ?」
岩崎がその男を睨みつける。身体は満身創痍でも、岩崎のその眼光は鋭いままだった。
しかし睨まれた男は何をするでなく、ただクロウと岩崎を眺めては笑っていた。
「岩崎。テメェなかなかやるじゃねぇか」
もう動けない岩崎に、そう言ったのは銀次だった。
褒められたはずの岩崎は、一層険しい眼差しを銀次に向ける。
「馬鹿を言え。計算違いも良いところだ。あいつ、全員殺れたはずなのに、全員生かして伸しやがった。何なんだあの気狂い野郎は?」
「本人曰く、勇者だとよ。信じられるか?」
「馬鹿としか言えねぇな。あとスーツが似合ってねぇ。いっそ赤い上着に蝶ネクタイの方が様になるんじゃねぇのか? あの身のこなしなら、ハリウッドでも活躍できるだろうによぉ?」
「そりゃ無理だな。口が上手くねぇ。演技とかができるタマじゃねぇよ」
銀次と岩崎が笑い合うのを見て、クロウはどうしてか、それを不自然とは感じなかった。
敵同士のはずだ。今まで戦っていたはずで、今なお戦争中のはずだ。
それでも、互いのことは認め合っているのだと、そう感じたのだ。
「なぁ銀次――いや、井上組若頭さんよぉ。頼みがある」
「んだよ、気色悪ぃな」
「そこのクロウって奴のことだ。あいつは深手だ、もう助からねぇ。そっちとしては大きな痛手だろうが、俺一人の首で収めちゃくれねぇか?」
そう言われて、改めてクロウは自分の身体の様子を確認する。
手足の感覚はもう無くなっていて、全身に寒気が走っている。痛みの感覚が無いのは傷が深すぎるせいだろうか。出血量は普通ならば助からないはずのもので、視界も次第にぼやけてきていた。
けれど、そうか。
自分は井上組の組員だ。クロウが死んだら、井上組は仕返しで石鏡組の誰かを殺すまで止まれなくなる。
何となくそれは、嫌だなと思った。
「死なねぇよ」
そう言ったのは銀次だった。
「こいつはそんな軟じゃねぇ。だからお互い、今回での仕返しは無しだ」
それから聞こえてきたのはエンジン音。
黒塗りの外車から降りてきたのは恭司郎だった。
クロウは恭司郎に担がれ、車の後部座席に乗せられる。
「石鏡組にも連絡入れといたからよ、じきに迎えが来るはずだ。じゃぁな」
「ハッ。正気の沙汰じゃねぇな、テメェもよぉ」
どこか楽しげな銀次と岩崎を、クロウは微笑ましく思ってしまった。
自分が死に掛けている状況で、その思考をおかしいと感じながらも、自然とクロウも笑ってしまっていた。
現代日本では、ナイフでさえチート武器の部類に入ると思います。
丸腰一般人vsナイフを握った躊躇ないお姉さん(人間大嫌い♪)
ほら、勝てる気がしない……
じゃぁ拳銃持った百人に殴りかかるこいつらって何!?
クロウはギリギリ許すけど、銀次さん、あんた普通の人間ですよね!?
銀次「拳銃持ったところで、所詮ド三品が何ぼのモンじゃぁぁぁぁっ!!」
岩崎「は!? いや、この場面で特攻って何!? テメェの頭がどうなってんだよ!?」
クロウ「こういう人なんです。まぁ俺も同類ですけどね!!」
こんな展開も考えていました。
岩崎は部下の後ろじゃなくて先頭に立つイメージだったので、ボツになっちゃいましたが。






