第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑩
「えー、石鏡組長。このたびはご迷惑をおかけしました」
「まぁ気にするなや、井上組長。こちとら面白いモンみせてもらったからのぉ! 久しぶりに若い頃を思い出したわ!」
秋桜が石鏡組組長、石鏡剛三に頭を下げている。
事務所で確か、チャンスだの好機だのって言ってなかったっけ?
アドバンテージを持って交渉できるとかなんとか言ってなかったっけ?
「それにしても驚いたで。向こう側の車線からドリフトでUターンして、ピタリとウチの事務所の前に停まったからな。克ち込みにでも来るんやないかって、戦々恐々しとったちゅうねん! そっちの兄チャンが運転しとったんか? なかなかやるのぉジブン!」
「いえいえ、それほどでも……あ痛ぁっ!」
調子に乗る銀次を秋桜がど突く。
まぁそうなるよね。秋桜も心中穏やかじゃないだろうし。
それから秋桜は、当初の目的だった話を切り出す。
そのときには、さすがと言うべきか、既に秋桜は力強い雰囲気を纏っていた。
一見、二人とも落ち着いて話をしているようだが……
ああ。でも、その眼は駄目だ。
この部屋には秋桜と石鏡組長、銀次とクロウの他に、石鏡組の組員が三十人ほど控えている。
クロウはその配置を確認しながら、ゆっくりと自分の身体の内側へと意識を向ける。
光の粒子が頭から指先へ、足の先へ、滑らかな曲線を描いて高速で行き交うイメージ。それから両手の先に、少しずつ渦を巻くように光の粒を集めていく。
「けど、無用心やな、井上組長。そっちの銀次君はともかく、護衛のもう一人はもしかして新入りとちゃうんか? 駆け出しの漫才師か、マジシャン見習いか、その程度にしか見えへんで?」
「今日は話し合いに来たわけですから」
「まぁ、それが正しい漢の在り方なんやろうなぁ。けど……」
石鏡組長が不適に嗤い、右手を挙げる。
それが合図のようだった。
「せやったら、こういうヤクザもおるってことを、知っておいた方がええかもしれんで?」
控えていた石鏡組の組員が一斉に、胸ポケットに手を入れた。
クロウは右足で床を蹴って跳躍。腰に差していた匕首を鞘から抜くと、刃を右手に、鞘を左手に握った。
その両手の先に光の粒を集めて一メートルほどの刃を作ると、銃口が秋桜に向いた先から斬り飛ばしていく。
クロウの匕首と鞘の先に伸びるのは、伝説の中で天使が使うを言われている、聖波動の剣だった。
小刻みに床を蹴り、その身を捻り、金属が床に落ちる音が三十回響くまでに三秒弱。
その場の全員が唖然とする中。
クロウは匕首を石鏡組長の首元に突きつけていた。
「義親父に銃口向けようなんて、ナメた真似をしてくれましたね?」
石鏡組長に、クロウは言う。
「石鏡組長、俺はやろうと思えばここにいる三十人全員の首を落とせたんです。どうでしょう、今からでもここを血の海にしましょうか?」
しかし、そのとき、
「ひゃはっ、馬鹿言ってんじゃねぇよ!」
それは背後から、不敵な笑いと共に聞こえてきた。
クロウと銀次、そして銃口を向けられている秋桜さえも気付かないままに、いつの間にか秋桜の背後には一人の男が立っていたのだ。
その男の髪は白く、しかし歳は三十代前半ぐらいに見える。そして首筋や手の甲、服から見える肌には無数の傷の跡があった。
「あなたは?」
「石鏡組若頭の藤堂和樹だ。ンなことよりもさ、ほら、俺の指が滑らねぇうちに、さっさと匕首を降ろしなって。駄目だろ、護衛が組長から目ぇ離したらよぉ?」
「藤堂さん、得物を降ろすのはあなたが先です」
「ひゃは! 若ぇのに吹くじゃねぇかよ! だけどそれじゃぁ……うおっ!」
「……なっ!」
藤堂の腕が秋桜に引かれたのを見ると同時、クロウは自分の身体が浮いていることに気付く。
石鏡剛三が背負い投げでクロウを床に叩き付け、クロウの眉間に銃口を突きつける。同様にして秋桜も床に倒した藤堂に拳銃を向けていた。
「井上。ウチの若頭から拳銃下ろせや。せやないと、このまま返すわけにはいかんくなるで?」
「そうだな。ここから帰るなんてワケねぇが、クロウを見殺しにするわけにはいかねぇからな」
クロウと藤堂に向けられていた銃口が外される。
藤堂は危険な男だ。
クロウがそう感じたのと同じように、藤堂も立ち上がるなりクロウを睨んでくる。
「テメェ、名前は?」
「クロウです」
「覚えたぜ? クロウ、テメェ俺が殺してやっからよぉ、首洗って待ってろよな」
「やれるモンならやってみてください。返り討ちにしてあげますよ」
「はぁーーーっはっはっ、あーっはっはっはっ!」
そんなクロウ達の睨み合いのどこがツボに入ったのか、秋桜が声を上げて笑う。
腹を抱えてひとしきり笑い転げたあと、秋桜は立ち上がって言った。
「石鏡組長、先に拳銃抜いたのはそっちだ。この戦争、あんたらが先に仕掛けたってことで構わねぇよな?」
「かまわへんよ。井上組は潰しちゃるから、覚悟しておけや? 何なら今から始めたって構わへんで?」
クロウが「殺しますか?」と聞くと、秋桜は首を横に振った。
「そしたら今この場で俺と石鏡組長の二人の首が飛んで、戦争は終わりだ。そんなつまらねぇことするかよ」
「……おどれ、戦争を何やと思うとるんや?」
石鏡組長の言葉に、秋桜は答えない。
秋桜はクロウと銀次に「撤収だ」とだけ言って、石鏡組の事務所を出た。
堂々と、クロウ達は石鏡組の事務所の扉を出る。
停めてあった車の脇で待っていた恭司郎に、秋桜は上機嫌に言った。
「吉報だ、クロウがやりやがった」
「なっ、この新入りがですか!?」
「あ、殺しちゃいねぇぞ? だがこれで全面戦争だ。明日から思いっきり潰してやれ」
それから「いいことを教えてやる」と、秋桜はクロウに振り返って言った。
「ウチの組はみんな、祭りが大好きなんだよ」
それは奇しくも、クロウが以前に抱いた印象と同じだった。
追伸。
帰りは、クロウと秋桜が恭司郎の車に乗り、もう一台の車を銀次が事務所まで乗って戻ることとなりました。
そしてこの日、銀次は交番前を七〇キロオーバーで戛っ飛ばし、白バイに捕まって一発免停になったそうです。
クロウが活躍する回です。
拳銃相手に無双しちゃってます。すげぇ!
※設定メモ※
作中では匕首とルビを振っていますが、正しい読み方は「あいくち」「ヒシュ(中国)」です。鍔の無い短刀を指します。
ドスの語源は「脅す(おどす)」の「お」が取れたものだそうです。
また、中国のヒシュと日本のアイクチでは、厳密には定義が異なります。
匕首は刃渡りにかかわらず、銃刀法違反の対象になりますのでご注意ください。






