第2章「ドレスの勇者」⑥
朝四時。時計は無いけどたぶんそれぐらい。
わたしは目を覚ますと、クローゼット風箪笥から服を選んで着替える。
今の季節は、こちらの世界もむこうと変わらず秋だ。
白いセーターのようなのがあったので、上はシャツの上にそれを重ねる。生地が厚めのスカートは膝上ぐらいの長さで、足が少し寒かったので靴下は長めのものを選んだ。
「よーし、ちょっと頑張っちゃおっかな!」
わたしは部屋を出ると、ランタンの光を頼りに廊下を歩く。
向かう先は厨房だ。
そう。
経緯はどうあれこの城でお世話になるのだから、手料理の一つでも作ってやろうと思ったのだ。
壁に設置された蝋燭台に火を灯すと、調理場全体が辛うじて見通せる明るさになる。
思いのほか食材は揃っていて、片栗粉のようなものまであったりする。昨日のメニューでハンバーグが出たのでもしかしたらと思っていたが、魔力がかけられて冷蔵庫のようになっているスペースがある。そこには肉だけでもさまざまな種類が置かれていた。
「よーし、じゃぁまずは……」
わたしは冷蔵スペースから鶏肉(っぽい肉)を取り出すと、一口大に切り、フォークで穴を開ける。玉葱、生姜、にんにく、塩と一緒に鶏肉をボウルに入れて揉み込み、再び冷蔵スペースに戻す。こっちは少し時間を置いたあと、片栗粉と薄力粉をまぶして油で揚げ、塩で味付けをすれば完成だ。油は鍋を代用すればなんとかできそうだった。
「それから……っと」
水菜(っぽい葉類)とレタスを食べやすい大きさに切ったり毟ったりして、ボウルに入れて洗う。ベーコン(豚肉を塩漬けにして燻製にしたもの)の代用として、豚肉っぽい肉に塩を揉み込み、オリーブオイルを入れたフライパンで焦げ目がつく程度に焼く。
油と酢と卵黄を混ぜてマヨっぽい味に調整すると、少量の牛乳、レモン汁、粉チーズ、胡椒を混ぜてドレッシングを作る。あとは温泉卵とクルトンを作って、盛り付けの最後に割って乗せれば完成だ。
そうこうしているうちに一時間ほど経っただろうか。
「あら、お客様。おはようございます。どうされたのですか?」
「美味しそうな予感がするぞお客人! あとおはよーっ!」
イチゴとミルクの二人が厨房に入ってくる。
「あ、ちょうどよかった。もう少しでできるから、味見してみてよ」
「味見ですか?」
「美味いのか?」
「まぁ趣味でちょくちょく作ってたから。わたしの国の食材とはちょっと違うから、どこまでできてるか分からないけどね」
「というわけで、塩唐揚げとシーザーサラダよ。わたしがいた世界の料理なの!」
イチゴとミルクにお願いして、わたしの作った料理を一緒に朝食のメニューに並べてもらった。
シモンをはじめ、全員が目を丸くしている。
この世界では見たことがない感じなのだろう。
「確かに美味しそうな香りはしますが……」
ミハエルがわたしの顔と料理を見比べて言う。
「僕の分にだけ毒が入っていたりとか、そういうことは?」
「あるわけないでしょ、失礼ね! いらないなら食べなきゃいいじゃない」
「む……」
ミハエルが珍しく言い返してこなかった。
どうやら少しは興味を持ってもらえたらしい。
「おぉ、こいつは美味ぇ! やるじゃねぇか姫っ子!」
ガルムの言葉に、よっしゃ!と小さくガッツポーズをする。
戸惑っていたシモンたちも、ガルムの反応を見て料理を口に運び始める。
「あ、あの。すごく美味しいです!」
「心外ですが、認めざるを得ませんね。これは確かにすばらしいですよ」
「ああ。これならば、我が国全土に広めたいほどだ」
別に、特別なことをやったわけじゃないんだけどなぁ……
思った以上にこちらの食材に苦戦し、冷凍食品のレンジでチンした程度の唐揚げしかできなかったし、サラダのほうのドレッシングもまだまだな感じだったんだけど。
でも、喜んでもらえてよかった。
作ってよかったと、自然とそう思えたのだ。
「あれ? そういえば朱雀の人は今日もいないの?」
「ああ、朱雀の席は今、空席なんだ。香澄さんも席に着くといい」
シモンがそう言ってくれたが、実は味調整とつまみぐいとで、わたしは既におなかがいっぱいだったりするのだ。
「それより、よかったらイチゴとミルクに食べてもらってもいいかな?」
「お言葉は嬉しいのですが……よろしいのですか、魔王様?」
「やったぁ! って気持ちだけど、さすがにこの席には座れないかも」
「構わないよ、今日だけ特別だ。食器と椅子を一人分追加で持っておいで」
シモンが許可してくれて、イチゴたちは厨房に駆け込んでいった。
気が付くと、自分の目の端に涙がたまっていた。
まだ二日目なのに、この賑やかさを懐かしく感じる。
昨晩よりも少しだけ明るい食事の風景が、わたしには嬉しかった。
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「師匠様。こちらをお納めください」
「お師匠。これを貰ってほしいのよ!」
夕食の皿洗いが終わった後、ミハエルの部屋に呼び出される。
イチゴたちから手渡されたのは、一枚のエプロンだった。
「えっと……これはどういう?」
「先ほどの緊急会議での決定です」
ミハエルが言う。
「香澄さん、あなたにはイチゴとミルクの上官になっていただきます。ああもう忌々しい、忌々しい、忌々しいことこの上ないです。失礼、取り乱して本音が漏れてしまいました」
「最後の一言が一番失礼よっ!」
「というわけであなたは四天王直属の兵士という扱いになります。平たく言えば幹部ですね。八十四里走駆隊に配属になりますので、しばらくはこの城内で任に就いていただきます」
「え? 幹部? それってあまりに滅茶苦茶じゃ……」
「珍しく意見が合いましたね、反吐が出そうになりましたよ。あ、驚いているのは理解できますが、同じ空気を吸うことは僕の本意ではないので、開きっぱななしの口を閉じていただけますか?」
「テメェが先に口閉じろや、とか思っちゃ駄目ですかね?」
……って、え?
イチゴとミルクの上官?
四天王直属?
「もしかして、わたしってミハエルの部下ってこと?」
ミハエルが頷く。
それは本当に残念そうな表情で、自分も今そんな顔をしてるのかなぁとふと思った。
※本当にどうでもいい設定裏話※
八十四里走駆隊
イチゴとミルクが所属する部隊。今日から香澄が隊長です。でも他のメンバーを登場させる予定なし。
何も無い時は城内の掃除、洗濯、炊事です。分担して兵士全員分を頑張ります。
遊軍も兼ねるので、何かあれば真っ先に応援に駆けつけます。
名前の由来は「パシり」です。ダジャレです。
ちなみに84里(約3.9km×84=327.6km)は、東京からスタートして、直線距離なら琵琶湖まで届きます。海上を挟みますが、伊勢にも届きます。
この作品の「国」はもっと小さいです。
今回の後書き、ホントにどうでもいい内容だった...