第2章「ドレスの勇者」④
「やぁ、待っていたよ。ミハエルから話は聞いてる。香澄さんでよかったかな?」
「あ、はい。どうも……」
夕食。
魔王と四天王が会する食事の席。
わたしはミルクに『こっちだよー』と案内されて扉を開けた。
その部屋には既に、黒髪に赤い瞳をした少年がいて、わたしのことを出迎えてくれた。
大きなテーブルの一番奥に座っていた少年は、わざわざわたしの前まで寄って来てくれて、そしてわたしに手を差し伸べた。
わたしはその手を握り返す。握手というやつだ。
「井上香澄よ。よろしく」
「ガルガンチュア十三世。シモン・ガルガンチュア・ディアボロスだ。よろしく頼むよ」
「えっと……ガル……え?」
「言いづらければシモンで構わないさ。そのドレス、似合っているよ」
「あ、ありがとう……」
わたしの服装は、純白と言っても過言ではないぐらい白いワンピース型のドレスだった。
スカートの丈は長く、幅は広く、自分で言うのも何だが、まるでお姫様のような姿だ。
まさか魔王の城で、こんな服が着れるなんて♪
それからシモンはミルクに言う。
「香澄さんに席の案内を」
「了解だよ、魔王様!」
わたしはミルクに案内されて椅子に座り、
えっ……魔王?
しかし驚きのあまり、咄嗟に立ち上がってしまう。
「えっと……シモン……様? って魔王なの? ですか?」
「そうだとも。私がパンタグリュエル王国の現魔王だ。ああ、畏まらなくていい。人間が敬うべき名前でもないだろう?」
「てっきりわたしを殺そうとしていた大きな怪物が魔王だと思っていたんだけど……」
「それも私さ。何ならお見せしようか?」
途端、シモンの身体が霧状になったかと思うと、そこに龍の顔と山羊の角をした怪物が現れる。
重苦しい空気。
それはまるで、両肩にずっしりと砂袋を乗せられているようだった。
元の少年の姿に戻ると、シモンは言う。
「どうだろう、分かっていただけたかな?」
「あ、いえ、はい……怒らせちゃいけないことが良く分かりました」
「それが賢明だ。まぁ私は、そうそう怒ったりなどしないけどね」
シモンが穏やかな顔で言う。
シモンはとても整った顔立ちをしていて、一言で言うなら美少年だ。烏の羽などをあしらった、魔王の役職として似つかわしい服装をしているものの、どこか気品さを漂わせている。
とりあえず、そんなシモンを怒らせるなんて、よっぽど酷い罵詈雑言だったんだろうなぁ……
本当に何を言ったんだろ、わたしがこの世界に来る前のわたしは。
「ああああああぁぁぁーーーーーっ!」
途端、叫びだしたのはミルクだった。
「いっけない! 魔王様の夕飯からピクルス抜いてもらうの、イチゴちゃんに言い忘れちゃったっ! 魔王様が暴れだす前に、お皿から除けておかないとっ!」
そう言うとミルクは、部屋から走り去ってしまう。
「………………」
「………………」
「……ピクルス、お嫌いなんですか?」
「……今の話は聞かなかったことにしてくれると助かる」
ええ、言いふらしたりなどしませんともさ。
シモンの怖さは、殺されかけたわたしが一番よく知っていますから。
「あ、あの。すみません。お待たせしました」
「だから待たせてねぇって、ジョン。あ、魔王様、お疲れ様っす」
扉を開けて入ってきたのは、おどおどしたジョンと、それとは対照的に馬鹿笑いしながら大股で闊歩するする白虎だった。
「いつもの席だ。今日は朱雀の席に一人、客人が座っているけどね」
シモンがジョンと白虎に言う。
ジョンはわたしの隣の席に腰を下ろすと、こちらに「お隣、失礼しますね」と小さく頭を下げた。
「ジョン。あなたも呼ばれていたのね」
「はい。魔王様のご好意で、いつもご一緒させていただいているんです」
「そうなんだ」
大きく長いテーブルには、椅子が全部で五つ。
一番奥の席にシモンが座り、その右隣にジョン。その更にひとつ入り口側がわたしだ。
ということは、シモンの左隣と、その更に隣が青龍と白虎の席になるのだろう。
しかし、よく見るとわたしの正面の椅子だけが、ほかの人の椅子よりも大きくて……
どしん。
やっぱりぃぃぃぃっ!
最悪だ! よりにもよって正面の席があの白虎だなんてっ!
「あぁ? 誰だこいつは。人間じゃねぇか」
わたしを殺そうとしていた大男が、至近距離でわたしの顔をじろじろ見ている。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……
……って、あれ? もしかして気付いてない?
でも気付かれるのも時間の問題? だってこの城で人間なんてわたし一人じゃん? 殺される殺される殺される殺される問答無用で殺されるっ!
わたしはシモンに助けを求めてみるが……
「さて。私はミルクに話が……じゃなかった、厨房に調理の進み具合を聞いてこよう」
うわぁぁぁぁぁぁ!
シモンはわたしの目線に気付かず、席を立ってしまう。
シモンの監視の目がないところで、白虎と向かい合って座るとか、ライオンの檻に生肉を投げ込むようなものじゃないですかぁ!
……あれ? そう言えばシモンの用事って。
わたしはふと、自分以上に危機に陥っている人物がいることに気づく。
ほどなくして、ミハエルが部屋に入ってきた。
「お待たせしてすみません……おや、珍しいですね。魔王様の姿が見えませんが」
「……ちょっと口封じに行っています」
「?」
ミハエルが首を傾げる。
直後、厨房から「ぴぎゃーーーーーー」という、間の抜けた悲鳴が響き渡った。
魔王、白虎再登場です。
ミルクが魔王様の前で問題発言をしたのは素です。わざとじゃ無いです。
イチゴもスペックはミルクと同程度なので、時々うっかりシモンの皿にピクルスを乗せてしまい、〆られてます。わざとじゃ無いです。