第2章「ドレスの勇者」③
再び魔王城の城内。
広すぎでどこをどう歩いたのかも覚えられないまま、ジョンに連れられてわたしは青龍の部屋の前まで来てしまう。
「ミハエルさん、いらっしゃいますか?」
ジョンが扉をノックし、部屋の中へと声を掛ける。
「その声はジョン君ですか? 今開けますね」
足音が聞こえ、少しして部屋の中からタキシード姿の青年が顔を出した。
そして……
「――――――チッ、」
舌打ちしやがったコイツ!
「ジョンの顔を立てて来てあげたってのに、随分な挨拶じゃない?」
「これは失礼いたしました。ジョン君とオマケのクズさん、どうぞ中へ。ジョン君、椅子をどうぞ。クズさんはそちらの見えない椅子に座った振りでもしていてください」
「それ空気椅子しろってことじゃないのよっ!」
「体力的に無様な――失礼、人として無様なあなたには日頃からの心がけをと……」
「『無様』の部分を訂正しなさいよっ!」
「まぁ冗談はさておき……少し不安定ですが、よろしければこちらにお掛けください」
「それゴミ箱ぉぉぉぉっ!」
なにが『よろしければ』だ! ちっともよろしくないっての!
ゴミ箱に座るぐらいなら立ってるっちゅうねん!
「あ、あの……香澄さん」
振り返ると、ジョンがわたしの方に椅子を差し出してくれていた。
「僕がそちらに座りますから、香澄さんが椅子を使ってください」
「あ、いいよそんなの。椅子が無いことじゃなくて、あのタキシード男の態度が問題というか……」
「仕方ないですね」
とタキシードの青年がため息を吐く。
「隠していた椅子を出しますので、少し待っていてください」
こんにゃろぉぉぉぉっ!
この男マジうぜぇ! マジでムカつく!
「ん、そういえば僕の腹心の部下を見張りに就かせていたはずなのですが……」
「えっ、あれが腹心の部下? いやいやいや……心を許す人、さすがにもうちょっと選ぼうよ」
「信頼に値する、誠実な人物です。まさか『意中の男性をコロっと落とせて、頭も賢くなれるような薬がある』なんて、彼女らの心を抉るような言葉で惑わせてはいないでしょうね?」
「あ、あはは……」
どうやらわたしは、イチゴとミルクのドストライクを突いてしまっていたようだ。
さすがに悪いことをしたかなと、ちょびっと反省する。
「色恋の方はともかく、自分たちがもっと役に立てるように賢くなりたいと、二人は常日頃から言っていました。できれば今後は控えていただきたいです、この糞ビ○チめ」
「す、すみません……って、最後なんつったテメェ!」
しかし青龍も、イチゴとミルクにとっては良い上司なのかもしれない。
もしかしたら、そこまで悪い人じゃないのかな?
「あ、あの。ミハエルさん。そろそろ本題に……」
ジョンが言う。
「そうですね。どうぞ、真に遺憾ではありますが、椅子の方にお掛けになって構いません。落ち着いて話をするために呼んだというのに、これでは元も子もありませんからね」
「まだ言うか、この陰湿エセ紳士はっ! 話が進まなかったのも、あんたのせいでしょうが!」
「まぁまぁ……」と、ジョンがわたしと青龍をなだめる。
わたしと青龍は同時にため息を吐いたあと、被ったことを舌打ちし合い、それから席に着いて真っ直ぐにお互いを見つめあった。
最初に口を開いたのは、青龍のほうだった。
「改めて、僕はミハエル・D・ツェペシュといいます。魔王様にお遣えする四天王の一角、『青龍』の役職を頂いています」
「香澄です。井上香澄――ファミリーネームが井上で、ファーストネームが香澄です。誤解されているかもしれませんが、断じて勇者などではありません」
「ええ」
青龍――ミハエルは頷く。
「そのことについて、香澄さん、あなたにお伝えしておきたいことがあります」
ミハエルから伝えられたのは、大きく分けて三つだった。
ひとつは、わたしを勇者と勘違いして攻撃してしまったことへの謝罪。
今までの態度とは一変して、ミハエルは誠実な態度で香澄に頭を下げた。
二つ目は、今後のわたしの処遇について。
魔族への敵意がないことは分かったが、魔王城の外に出すわけにはいかない。
故に、しばらくは城の客人として丁重に扱うと約束してくれた。
最後に、今日の夕食への招待だ。
魔王と四天王が会する食事の席に、わたしも同席して欲しいとのことだった。
日中は魔王と白虎が国境付近の村へ視察に行っているので、顔合わせもかねてということだった。
それまでは客間で待っているよう言われ、わたしは貰った見取り図を頼りにそこへと向かう。
『それと、夕食までにはその珍妙な格好と泥だらけの足をどうにかしてきてください。寝癖もひどいですね。まぁ小鬼にも衣装髪型といいますし、着飾れば見られないことも無いでしょう。
捕虜を無理矢理に言い換えて「客人」という枠で扱っている以上、丁重に持て成さないとこちらの恥となってしまいますから……おや、不服そうなお顔ですね。捕虜の方がよろしかったですか?』
『ぐぬぬ……この外道』
『衣服のことはイチゴとミルクに申し付けてください。彼女らはああ見えて優秀ですから、手軽な外出から舞踏会まで、貧相なあなたでも十分に立派に見える衣装を用意してくれますよ』
『ほんと、ブレないわよね、あんたって……』
あー。思い出しただけで腹が立ってきた。
「っと、ここだ……たぶん」
部屋の前に着き、わたしは扉を開ける。
そこには今朝見たとおりに並べられた家具が置いてあった。
そして……
「お客様、男性を篭絡できるお薬はどちらでしょうか?」
「お客人、イケメンにモテる薬が見つからないのだが!」
「………………」
もしかしてあれからずっと探していたのだろうか?
そして青龍さん。
あんたの腹心の部下は、モテることしか考えてなかったですよ……
※設定メモ*
青龍:ミハエル
タキシード姿に龍の翼を持った、紳士な青年。
香澄が察した通り、イチゴとミルクにとっては面倒見の良い、良い上司です。
香澄曰く「陰湿エセ紳士」