第5章「天使と勇者」①
「師匠様。これは……はふはふ……中がトロトロで美味しいです」
「お師匠。外がカリッとしていて……はふはふ……絶品なのよ!」
「作ってみると、意外とできるものなのね……」
というわけで、今日のおやつはたこ焼きです。
まぁ毎日おやつを作ってるわけではないのだけれど。そこまで暇じゃないし。
それにしても、毎日自給自足で手に入る食材は便利だ。ニワトリでも飼おうかななんて思えてきてしまう。敷地の端で飼えないか、今度シモンに相談してみよう。
「これ、とりあえずみんなの部屋に届けてきてくれる? あと食べ方もちゃんと伝えてね」
「上を切り開いて、串二本を並行に通して食べるんですよね?」
「頭頂部をがぱっと開いて、横から串刺しにして食べるんだったよね?」
「うん、説明はイチゴがお願い。ミルクは黙ってなさい」
バッテン印のマスクをミルクに着けさせて、わたしは二人を送り出す。
貝割れ大根にもやしにサニーレタス。手軽にできるものから少しずつ着手していっている。厨房や自室の窓辺では採れる量が到底足りないので、魔王城の屋上を無断で使用しているのはシモンには内緒だ。
「ゴーヤの種とかがあれば、グリーンカーテンを作れるのになぁ……」
「随分と熱心なのね」
声を掛けられて、わたしは振り返る。
厨房の入り口には、ミント色の髪をした真面目そうな顔立ちの少女が立っていた。
「あっ。わたしの目の前で『あのクソ人間、死ねばいいのに』って言ってた……えっと」
「『ミハエル様に愛を届け隊』代表、クリスティです。とりあえず、わたしの敵意がきちんと伝わっていたようで何よりです」
「この前もだけど、それ本人の目の前で言う?」
「宣戦布告のつもりですから」
クリスティはきっぱりとそう言い切る。
こちらを見下したわけでもなければ、露骨に嫌そうな顔をするわけでもない。わたしに対する言葉こそ攻撃的なようだが、真っ直ぐわたしを見る瞳には真剣さのようなものが感じられた。
「よかったらクリスティも食べる? わたしの国の料理で、たこ焼きって言うの」
「ええ、いただきましょう」
思いのほかあっさりと、クリスティはたこ焼きの乗ったお皿を受け取る。
上品な手つきでたこ焼きを更に半分に分けると、それをクリスティは口に運んだ。
「美味しいですね。さすがです」
クリスティが言う。
てっきり嫌われているものとばかり思っていたから、その反応は少し意外だった。
「そういえばクリスティは、こんなところで何をしてたの?」
「偵察です」
「偵察?」
「あなたのですよ、香澄さん。あなたを越えるためには、まずはあなたと同じことができるようにならなくては。ですので、仕事ぶりを拝見させていただいておりました」
「………………」
やっぱりこの子、すっごい真面目なのではないのだろうか?
『クソ人間』だの『死ね』だの言われたけど、困ったな……わたしはクリスティみたいな人は嫌いではないのだ。
「わたしなんかでよければ教えようか?」と聞いたら、「お手を煩わせてしまうのは申し訳ないので、食事の準備の見学だけさせていただいてもいいですか?」とのこと。
わたしが頷くと、クリスティが少しだけ笑ったような気がした。
しかし、次の瞬間。
「きゃっ!」
首元になにか気配を感じて、わたしは咄嗟に後ろに倒れる。
僅かな痛みを感じて自分の首を触ってみると、薄っすらと切れたそこから僅かに血が流れていた。
「な、なにがあったの?」
「あら、ごめんなさい」
見上げたそこには、にこやかに笑ったままのクリスティがいた。
クリスティは、二本の串を逆手に持っている。もしかして、それでわたしの首を突こうとしたのだろうか?
先ほどの軌道なら、わたしが避けなければ確実に首に刺さっていた。
避けることができたのだって偶然だ。
つまりわたしは今、クリスティに殺されかけたのだ。
「どうして……わたしのことは殺さないって言ってたのに。わたしに料理で勝つって言ったあの言葉に、わたしちょっと感動してたのに! あれは嘘だったの!?」
「いいえ、本心です。わたしは井上香澄という人物をある程度認めているつもりです。あなたに料理で勝ちたいというのも本心です」
「じゃぁどうして!」
「目の前に人間がいて、自分の手に尖ったものや刃のついたものがあったので、つい衝動的に手が動いてしまったのです。香澄さんの人柄は嫌いではありませんが、わたし、人間は大嫌いなんですよ」
「じゃぁあの、『クソ人間、死ねばいいのに』ってのは……」
「ええ、もちろん本心です。この城内に人間がいるなんて虫唾が走ります。生理的に受け付けないんです」
そう言ってクリスティは微笑んだ。
「料理で私が勝つ前に、私に殺されないでくださいね」
「………………」
うわぁい。自覚あるのに直す気無いよ、この人……
クリスティが「ごちそうさまでした。おいしかったです」とお皿を差し出してくる。わたしが警戒して一歩後ろに下がると、クリスティは竹串をゴミ箱に捨てて、お皿を洗い場に置いた。
「それにしても、嫌われてしまったものですね」
「いいこと教えてあげる。大抵の人は、自分を殺そうとした人を嫌いになるのよ?」
「あら。『死ねばいい』と言った時点で嫌われていると思っていました。香澄さんはお優しいのですね」
「……それ皮肉?」
「どうでしょう、半々ですね。感心すべきか馬鹿だと思うか迷っています」
「素直が必ずしも美徳じゃないって、心の底からそう思うわ」
そのとき突然、バンッと厨房の扉が開かれる。
「お師匠、あとクリスちゃん! 緊急集合なのよ!」
そう言って飛び込んできたのはミルクだった。
「魔王様が幹部会をするって。軍議室に急いで来いって、魔王様が呼んでるのよ!」
「何かあったのですか?」
クリスティの言葉に頷き、そしてミルクはこう続けた。
「人間の国に、天使が降臨したの!」
クリスティの表情が青ざめる。
どうやらそれは、魔族にとって一大事のようだった。
人間大嫌い♪ クリスちゃんです。
『死んで詫びなさい、雌豚』をミハエルが冗談で言うのに対し、
『あのクソ人間、死ねばいいのに』とドストレートに本気で言います。
今後の活躍と暴走にご期待ください!






