第5章のちょっと前 「呪われし勇者」③
「おう、香澄じゃないか」
「あれ? グリード?」
わたしは目を丸くする。
龍車から降りてきたのは、シシドの村の件で一緒に戦ってくれた魔道師、グリードだったのだ。
ジョンが「お知り合いですか?」と聞くので、わたしは「そうよ」頷く。
「人間のあんたが、どうしてこんなところに?」
「シシドの村とレオの集落――ああ、あの一件があった集落がそんな名前になってな。で、交易を許可してくれたお礼と、近況報告に来たんだ。ところでお前……」
「この格好のことには触れないで、お願い……」
「あ、ああ……わかった」
そしてグリードは龍車から、両手でやっと抱えられるほどの大きな荷物を降ろす。
どこかで嗅いだことがあるような香りに、わたしは嫌な予感がした。
「グリード、それは何?」
「ああ、手土産のつもりだ。俺の田舎が作ってる保存食で、味も保障つきだ。市場に持って行っても、飛ぶように売れちまうんだ」
「へぇ、それってどういう……」
「キュウリとかの野菜を酢漬けにしたものだが」
「え、それってもしかして……」
「おう! ピクルスだ!」
「やっぱりぃぃぃぃっ!」
最悪だ! こんな大量のピクルスをシモンの前に献上するなんて、阿鼻叫喚の地獄絵図になるに決まってる! 鬼に豆をぶつける程度じゃ済まないレベルの嫌がらせだっての!
「ねぇ、それ渡すのやめよう! ねぇ、ジョンもそうした方がいいと思うわよね?」
「僕もそう思います! 手土産でしたら、今からでも別のものを用意しましょう! ね、グリードさんっ!」
「侮ってもらっちゃ困るな。このピクル……むぐっ!」
「だから、そう何度もピクルスって言わないで。シモンに聞かれたら大事なんだから!(小声)」
「魔王様は絶大な力と深い心をお持ちです。ですが、ピクルスが食べられなくてエンゼルフィッシュが苦手で、琴線に触れて怒らせると手が付けられなくなるんです!(小声)」
「そこだけ聞くと、魔王が随分とショボく聞こえちまうんだが……」
「だから、声が大きいって! この城全員を敵に回したいの!?(小声)」
「ああもう、分かったよ」
個人的に絶品なピクルスに興味は大有りなのだが、それはそれ。
わたしは「これからどうしようか」とジョンに相談する。
「近くの街に、今から三人で買いに行きましょう。グランドラゴンを取ってきますので、香澄さんたちはここで待ってて……」
「嫌だ、それは絶対に嫌……」
「だけど香澄さん。えっと……ことは急を要しますし」
うん、ジョンの言ってることは分かる。今日じゃなかったらわたしもそれに賛成してる。
だけど、今日は駄目だ。今日だけは……
「だって、わたし今日めちゃくちゃついてないんだもん! 死んじゃう! 今日ドラゴンなんかに乗ったら、間違いなく落ちて死んじゃうもんっ! 絶対に無理ぃぃっ!」
「香澄さん、そう言わないで……」
そう言ってジョンが、わたしの手を掴んだときだった。
「――――――えっ?」
ズキリと。
まるで心臓を刃物で刺されたかのように、激しい痛みがしてわたしは地面に倒れる。
傷は無い。それなのに息が苦しい。詰まった喉を微かに通る息の音だけが頭の中に響いて、それ以外は何も考えられないぐらいに頭の中が真っ暗になる。
「ちょっと、香澄さんっ!?」
「おいっ、香澄っ!」
声は聞こえるのに、返事をする余裕もなかった。
「グリード・レーベンハイトの名に於いて祈りを捧ぐ――天の光よ、大地の息吹よ、魔の力を退けんと集え!」
グリードがそう唱えた瞬間、嘘のように身体が楽になる。
何があったのか分からないが、どうやら助かったようだった。
「グリード、ありがと。ジョンも心配掛けたみたいでごめんね?」
「それより香澄。お前、誰かから恨まれている覚えは無いか?」
「えっ、恨み?」
「今のはカースだ。フルーフ、マレディツィオーネ、ズソ――呼び方は流派によって異なるが……」
そのうちいくつかは、わたしでも聞いたことがあった。
「それって……」
「そうだな。一般的に『呪い』と呼ばれるものだ」
あー、やっぱり。
そりゃ恨まれてますよねー。
「えっと、香澄さん。心当たりでもあるのですか?」
「いやー。いきなりポンと現れた人間が魔族の幹部になったら、そりゃ僻まれたりもするんだろうなーって。ほら、みんなが必死でレベル上げしてるところに裏百キャラで参戦したら大顰蹙を買うじゃない?」
「その例えはよく分からないが」
「で、でも、そうなると呪いをかけた人が魔王城の中にいるってことですか? 魔族は基本的に直接相手を攻撃できるので、こういった方法は知る人のほうが少ないと思います」
「だな。魔術や呪術ってのは、人間の領分ってのが一般的だ」
「そうですね……うーん」
ジョンとグリードがわたしのために真剣に悩んでくれている。
たぶんこれは不運続きの今日でなくても、思ってしまうのだろう。
こういうのって、やっぱり嬉しいなと。
P.S.
ちなみに手土産には、わたしがこっそり作っていた干し柿を持っていくことになりました。
みんなを驚かせようと思って内緒で渋柿を大量に貰ってきたりしてたんだけど、しょうがないよね。とっておきのつもりだったんだけど、しょうがないよね?
「紐に吊るしてあるのを取ったら、形を整えて並べて。表面まで粘り気があるから、陶器の器から食み出さないように」
「香澄はやらないのか? 助けてもらってあれだが、お前がやった方が効率がいいだろ」
「だってわたしがやると、絶対にロクでもないことが起きそうだし。わたしだって学習するのよ!」
だって、せっかく作った干し柿が台無しになるのが嫌なんだもん。
「香澄さん、それはトラウマというのでは……」
ジョンがそう言い、グリードが深々と頷いていた。
※設定裏話※
「グリード・レーベンハイトの名に於いて祈りを捧ぐ――天の光よ、大地の息吹よ、魔の力を退けんと集え!」
これ、即興です。
魔道師だからこそできた技。
この世界での呪いは、魔術の一種です。
魔術の発生点を非接触かつ同意不在な他者の体内に強制的に設定し、遠隔で発動することのできるものを総じて「呪い」と呼びます。
基本的には人間が人間を対象に使います。
バフで使えないこともないですが、非効率なので誰も使いません。
そもそも魔族には呪いは効きません。
身体の作りが人間と違うのです。






