第4章「奇跡の勇者」①
あれから一週間ほど経った、ある日のこと。
「出掛けますよ、ゲニョ女。新しい軍服は渡したはずですよね? 三分で支度してください」
「いい加減、その『ゲニョ女』ってやめてくれない? それか、そのゲニョを塗ったのはノノなんだから、ノノに言ってあげてよ」
「我らが魔王城の優秀な医療班班長に、僕がそんなことを言うはずがないでしょう? というかあなた、ゲニョ臭いんですよ。濃密なゲニョ臭が漂ってくるので近寄らないでください」
「せめてジェル状って言ってくれないかな……はいはいわかりましたよ、支度すればいいんでしょ、支度っ!」
というわけで、陰湿ゲロ紳士とお出かけです。
胃液と朝食が逆流しそうなぐらい嫌なのですが、まぁ上司命令ですから仕方がありません。もう最悪……
意地でも三分で間に合わせてやる!と大急ぎで着替えて、わたしは再びミハエルの部屋の扉を叩いた。
「お待たせしました、ゲロ紳士様」
「誰がゲロですか、誰が」
見ると、ミハエルの部屋にはもう一人、荷支度を整えたノノが立っていた。
「あれ? ノノ……」
「香澄ちゃん、おはようございます」
「ミハエル、これって……」
「ええ。ノノさんにも今回は同行していただきます。今回の目的は薬の材料である薬草の調達でして、見分けるのには専門的な知識が必要なのです」
「そうなんだ……市場で買ったりできないの?」
「それができないから困っているのです。何と言いますか、入手が困難な類のものなのですよ。少々危険が伴いますが、そこは香澄さんに……いえ、そろそろ部屋と服にゲニョの臭いが伝染ってしまいそうですから、移動しましょう」
「今『危険』って言った! 『危険だから香澄に』って言ったぁぁぁっ!」
「うるさいですよ、ゲロゲニョ女」
「……『ゲロ紳士』って呼んだこと、地味に根に持ってるでしょ?」
「いえ、特には。表にグランドラゴンを用意させてありますので、そちらに向かいます。ヘドロさんは、グランドラゴンに乗ったことは?」
「ヘドロってわたしかぁぁっ! あるわよ。ガルムに乗り方を教えてもらって、一応ゆっくりとなら乗れるようになったところよ。ところでやっぱり根に……」
「持っていません。では心配なさそうですね。後ろに乗せるのは死ぬほど嫌だったので、引きずる用のロープも用意していたのですが、使わずに済みそうです」
「死ぬほど嫌なら、そのロープで首吊って死になさいよクソ外道」
「酷い口の利き方ですね。僕にそんなことを言うのはあなたぐらいですよ」
「あんたがわたしに似たようなこと言うからでしょ? わたしだって、あんた以外とはそれなりに仲良くやれてるのよ? ……あ」
ミハエルとの言い合いに夢中になってしまっていて、もう一人の同行者の存在を忘れていたことに気付く。
妙に静かだけど、ノノは……
「え? 嘘っ!」
ノノは確かに、わたし達の後ろをついてきていた。
まぶたを閉じ、冗談みたいな鼻ちょうちんを作って、すやすやと歩いていたのだ。
「ねぇミハエル。ノノが寝てるんだけど。寝ながら歩いてるんだけど……」
「いつものことです。ちゃんとついてきますから、気にしなくて大丈夫ですよ」
「そうなんだ……ノノって一体何者?」
というか、前が見えていないのにどうしてついてこれるのだろう?
わたし達の常識の外にいる、珍妙な生き物だったりしないだろうか?
「あなたと同じぐらい、特別な生き物なのでしょうね」
「こんにゃろう……」
珍獣扱いされたこともそうだが、ミハエルと意見が重複ったことが、尚更腹立たしかった。
新章開幕です。
登場から3話目で既に、ノノがデタラメな存在としての地位を盤石なものとしつつあります。
どうしてこうなったんだろう……
ノノの持つ能力、まだ物語の中で書いてないはずなのに……
ミハエルと香澄のやり取りは、書いていて楽しいです。
『この人なら冗談だって分かってくれるから大丈夫』という麗しい絆……という話ではなく、『言われた分言い返してくる奴だから大丈夫だよね?』という暴言合戦です。
互いに互いを玩具にしています。






