第9章のちょっと後「後援会副会長さんをたまには自分が応援してあげたい勇者」④
「寒いな……」
朝。毛布にくるまり、わたしは誰に言うでもなく呟いた。
あのあと、疫病の調査のためにアゲハは一人、南方地区に残った。
あの場でわたし達にできることは何も無かった。
わたしはクルス、ゲフィニカと共に煌祈廊で魔王城へと帰還し、アゲハが一人で頑張ってくれているのを他所に、いつも通りに夕食を取り、お風呂に入り、ベッドに沈んだ。
当然寝付けるわけもなく、無力感と罪悪感に苛まれながら、殆ど疲れも取れないまま朝食の仕込みを始める。
朝食の間も、気持ちは沈んだままだった。
「はぁ……」
皿洗いを終えたわたしは、今日何度目かの溜息をもらす。
握り締めた右手には、ひとつのバスケット。
一人で頑張ってくれているアゲハのために、せめてこれぐらいはと思い、朝食用のサンドイッチを詰めてあった。
わたしはプチ4号を鞄から取り出すと、通信をお願いする。連絡を取るときのために、アゲハにプチ7号を渡しておいたのだ。
どう話し出そうかと迷っているうちに回線が繋がる。
これでもし、呼びかけて返事が無かったらどうしよう……
嫌な想像が脳裏を過る。
数秒ほど、震えて言葉が出なかった。
わたしは歯を食いしばり、勇気を振り絞って、いつの間にか乾いてしまっていた唇を引きはがす。
「ねぇアゲハ……聞こえる?」
苦しい肺から無理矢理空気を絞り出し、わたしはフェルト人形越しにアゲハに呼びかけた。
『あーーーーっはっはっは!! 燃えて燃えて燃えて跡形もなく燃えておしまいなさいっ!! 全部燃えて灰になるのです!! 爆ぜて焼けて灼熱の中で跡形もなく消えなさい! 焦がして崩れてドス黒く焦土と化すがいいわ!!
致死毒? 伝染病!? 何それ美味しい物なのかしら!? たかが細菌ごときがご主人様を穢そうなんて138億年早いのよ!! 死ね死ね死ね死ね滅べ滅べ滅べ滅べっ、劫火にその身を捧げなさいっ!! あははははっ、きゃーーーーっはっはっは!!
楽しいわ、最高の気分よ! あなたたちが灼熱の中で抗う術もなく無残に残虐に不条理に無様に消えていっているのを感じるわぁ!
良・い・気・味っ♪
あーーーっはっはっは! おーーーーーっほっほっほ!!
これもすべては、愛ゆえに!!
愛しの香澄さんっ、我が麗しのご主人様っ!! あなたのアゲハは頑張っております。お褒めいただけるでしょうか? 無茶をしたことを叱ってくださるでしょうか? 嗚呼、何とお優しい……ラヴ、アモーレ、リーベ、ルヴィジエイザンイビクシャーリアザーフュっ!!
この胸の幸福感、どれだけ言葉を積み重ねれば伝えることができるでしょう……
あぁん、もう……お慕いしておりますわ、御・主・人・さ――(ブツッ)』
「………………」
うん、聞かなかったことにしよう。
「というかアゲハ、怒りモードが一周回って楽しそうにさえ聞こえたんだけど!! 心苦しく悩んでたわたしの一晩は何だったのよ!!」
「ですが、これが正解でしょうねぇ……」
「ひゃっ! びっくりしたぁ……驚かさないでよゲフィニカ」
「おやおや、失礼いたしました。ワタクシもアゲハ様が心配だったもので、ついヒャハッ!聞き耳を立ててしまいまして」
……今、珍しいタイミングで奇声を挟んできたよね?
ゲフィニカの『ヒャハ』って、我慢しすぎると禁断症状でも出るのだろうか?
さっきまでわたしの後ろで黙って通信を聞いていたみたいだし……
いや、まさかね? せめて新ネタの類だと思いたい。
「ねぇゲフィニカ。さっきの、音声でしか分からなかったけどさ……あれ、わたしのせいで南の一帯が焦土と化したんじゃないのかな? すっごい不安なんだけど」
「ですが、そうする必要があったのでしょう。致死性の病ならば、放置された動物や魔物の死骸からも感染が拡大するかと。ヒャハッ! 住んでいる魔族がいないのであれば、アゲハ様の方法が最も安全かつ効率的な方法と言えるでしょうねぇ! ヒャァァッハッハッハ! 大胆不敵とは正にこのことですなぁ!!」
「あー……確かにそうなるのか。事後報告だけ聞けばよかった」
それなら素直に褒めてあげられたのに。
「ところでクルスが今どこにいるか知らない? 朝食にもいなかったんだけど」
「南への街道を封鎖すると、夜通し動き回ってたみたいですね。今は自室でお休みのはずです」
そっか……うん、とりあえず城に戻ってるなら安心だ。
「ちょっとアゲハに朝食届けてくる。ゲフィニカ、ありがとうね!」
「しっかりと褒めてあげてくださいね。アゲハ様は香澄様のためにされていることと思いますので」
わたしはゲフィニカに頷くと、バッグから煌祈廊を取り出す。
バスケットを片手に、わたしは金色の門の扉を開いた。
そして、とりあえず昨日の場所まで戻ってきたのだが……
「消し飛べぇぇぇぇぇっ!!」
ズドドドドドバ――――――ン!!
「あーっはっはっは!! 燃えろ燃えろぉぉぉっ!! 焼き討ちじゃぁぁぁっ!!」
うん、そこの黒アゲハさんよ。
あんた悪役にしか見えないわ。
そんな巻き上がる砂煙と爆風の中、こちらに走ってくる人影が見える。
えっ……ってか人影!? それも三人!? 誰も住んでないって聞いてたのに!!
「助けてくれぇぇぇっ!!」
「あの女、滅茶苦茶だぁぁっ!!」
「ご主人様、盾っ!!」
あまりに必死なアゲハの声に、わたしは盾を展開する。
直後、わたしの目の前で爆発。
近づいてきていた人達が足を止めると同時、アゲハはわたしの前に降り立った。
「えっ、アゲハ……何がどうなってるの!?」
「説明しますので、盾はそのままでお願いします」
アゲハの真剣な言葉に、わたしは頷く。
「確かにここに、魔族は住んでいませんでした。もちろん彼らは人間でもありません」
砂煙が風で流れるにつれて、腰を抜かしている人達の顔が見えてくる。
耳は尖っていないから魔族ではない。
けれど人間にしか見えない彼らを、アゲハは人間ではないと言った。
小さく舌打ちしたあと、苛立たし気にアゲハは言葉を吐き捨てる。
「彼らは魔獣です。既存の言葉で分類するならば、ですが」
「……魔獣?」
わたしの知っている魔獣は、巨大なウーパールーパーだったり、電撃を纏った猪だったり、九つの頭を持つ大蛇だったり……少なくとも人の言葉は話していなかった。
わたしが怪訝な顔をしていると、
「まともな存在ではありませんから、普通の魔獣と違って当然です」
そう言ったアゲハの口調は、どこか自嘲気味に聞こえた。
そして続いた言葉で、わたしはそれを確信する。
「ご主人様も彼らの同類を目にしていますよ。
モカという少女と……そして、わたしです」
アゲハがどこか寂しげに笑う。
その笑顔に何も言うことができなくて、胸の奥が軋むようにズキリと痛……
ずどーーーーーーんっ!!
……む間もなく、目の前で爆発が起こる。
「何勝手に立ち上がろうとしてんのよ、このケダモノどもが! あんたら汚いの! 雑菌とウイルスと埃と灰と泥だらけでバッチいのよ!!
そんな穢れた手で香澄さんに触れたり、臭い吐息を香澄さんに届かせてごらんなさい? 内臓掻っ捌いて生ゴミと蛆虫詰め込んで内側から腐らせてやるんだから!!」
「「埃と灰と泥はてめぇのせいだろうか!!」」
中指を立てて怒り狂うアゲハを取り押さえつつ、わたしはクルスに連絡を入れる。
とりあえずこれは領主判断か、魔王判断となる案件だと察したからだ。
「あぁんもうっ! ご主人様の腕の温かさ、背中に触れる感触、肌に感じる鼓動……香澄さんに抱かれてわたし、幸せでどうにかなってしまいそうですぅ。
……何見てんだクソ共が!! 目玉抉るぞファ〇キュー!!」
「だから、女の子がそんなこと言っちゃダメだって!!」
「サ〇バビーーーーーッチ!!」
あと、この狂暴女がわたし一人では制御不能だと悟ったからです。
ぶっちゃけこっちが本音だったりします。
ああもう、アゲハ落ち着いてっ!!
アゲハさんが頑張ったお話です。
暴走? いえいえ、あれが彼女のでデフォルトですとも。
香澄のためなら『どこまでも頑張れる子』なのです。
香澄のために献身的に尽くし、(身を捧げるという2つの意味で)
香澄を剣となり盾となり、害する敵には容赦せず、
香澄のためならば汚れ仕事も『喜んで引き受ける』。
立派な騎士道です!!
……えっ、やっぱり無理があります?






