第3章『魔族の王国で爵位を得て魔王軍准将に任命されたからにはその立場に相応しくあろうとする勇者』③
「『精霊の雫入りデビミルクティー』……?」
一番近くの出店の前で足を止めると、メニューの中に気になる内容を見つける。
店主はニカッと笑うと、明るい感じで声を掛けてくれた。
「おや、騎士様が俺なんかの店を気に掛けてくれるなんて嬉しいね。そいつぁ俺の自信作なんだ! 是非飲んでくれ!」
「あの、おいくらですか?」
「いらねぇよ、ガルムさんにはいっつも良くしてもらってんだ。こんなもんじゃ足りねぇぐらいにな」
「あ、あの。ありがとうございます」
「なんのなんの!」
どうしよう、貰ってしまった。
見た感じは、コンビニで買ったことのあるタピオカミルクティーに似ている。タピオカの代わりに同じぐらいの大きさの透明な粒が入っていて、それが勝手に浮いたり沈んだりしている。
これ、生きてるのかな?
あと、どこらへんが『デビ』なのだろう?
わたしは思い切って器を傾けて一口。
「あっ、……おぉ~」
口の中でパチパチと涼しさが弾け、続いてフルーツのような香りが広がった。新しい食感だが、これはこれで面白い。
わたしは夢中になって、すぐに飲みきってしまった。
「……ところで、やっぱりあれって生きてたのかな?」
既にお腹に落としてしまった透明な粒のことは、とりあえず考えないことにした。
「あら、騎士様。お仕事ご苦労様です。よかったらお一ついかがですか? デビ饅頭です」
「騎士様。ようこそクファミナにお越しいただきました。この地方特産の織物です。デビ綺麗でしょ? ひとつ持って行ってください」
「騎士様、ウチの料理ナイフは街で一番でさぁ! 魔王城の台所で使ってもらえたらデビ嬉しいです!」
「デビ鹿焼きが焼きあがったところなんすよ、騎士様。お代はいらねぇから、熱いうちに食ってくださいっす」
「湖から良いゴールデンフィッシュが取れたんですよ。デビたくさん取れたので、騎士様にひとつおすそ分けです」
「わぁ、女の騎士様だ! 飴玉わけてあげるねー」
まさか子供からも貰い物をしてもらうなんて。
そしてまさかのまさか、一銭も使わないうちに、両手がいっぱいになってしまうなんて。
持って帰るのは大変そうだが、そんなこと今は些細な悩みだ。
だって……
「いい街だなぁ」
素直にそう思えた。
人々が優しくて、何より活気があってみんな笑っている。
『街の様子も知りませんじゃ話にならねぇだろ?』
ガルムの言葉の意味が今なら分かる。
この景色を守るために、ガルムたちは戦っているのだと。
「げほっ、げほっ……これは何だ?」
ふとそんな声が聞こえて、わたしは振り返る。
そこにはレストランの脇でテーブルを出して飲み物のようなものを出している少女と、それを飲んで噎せ返っている男がいた。
お店という感じではなく、スーパーの入り口などでやっていた試食のような感じだ。隣に『一瓶250♯』と書いてある。
そしてその問題の飲み物は、色は濃い茶色。横に水差しのようなものがあるのを見ると、茶色い液体を水で割って配っているようだった。
「あの……ジャンソースっていって、父が作ったのですけど、お口に合わなかったですか?」
「うーん。済まないが、これは水で薄めてもあまり美味しいとは、ね」
「そうですか……」
少女が俯く。
それを見た大人たちが周囲の店から出てきて、男の人を取り囲む。
「おいおい、コイツなんか言ったのか?」
「ルアンちゃんを泣かせる奴は許さないよ」
「ルアンちゃん、大丈夫。俺達が守ってやっから!」
少し不穏な感じだ。
居ても立ってもいられなくなって、わたしもそこに駆け寄る。
「どうしたんですか?」
「ああ、騎士様。今それを聞いているところなんです」
わたしは少女に「どうかしたの?」と声を掛ける。少女は首を横に振るだけで、男の人も困ったような顔をするだけだった。
仕方なく、わたしは机の上の、男の人が返したコップを手にとって一口飲む。
どんな酷い味なのだろうと覚悟していたのだが、わたしは口に広がる味に衝撃を受けた。
「……醤油だ」
「えっ?」
少女が顔を上げる。
わたしは集まった人に少しだけ待ってもらえるようお願いして、少女にはお皿とフォークを持ってくるよう頼んだ。
それからわたしは貰った魚の身を料理ナイフで一口大に切り取り、薄めていない方のジャンソースにつけて男の人に差し出す。
俗に言う、お刺身というやつだ。
「なんだこれは!」
「あ、あの……やっぱり……」
「いや、違う! 美味いよ! こいつは驚いた、こうやって使うものだったのか! 一瓶買わせてくれ!」
「え、えっと、ありがとうございます!」
男の人はご機嫌になり、少女の頭を撫でていた。
集まってくれた人にもお刺身を配り、「この子が調味料を飲み物のように配っていたので、男の人が驚いてしまったようです」と説明すると、納得してくれたようだった。
男の人も、集まった人たちも、それぞれ笑いながら解散していく。
「あ、あのっ! 騎士様、ありがとうございました!」
少女がわたしに頭を下げる。
「気にしないで。それより、わたしもそのジャンソースを十瓶ぐらい……あー、今日は持って帰れないから、取り置きしてもらいたいんだけど、いいかな?」
「えっ、十瓶も?」
少女がきょとんとした顔でわたしを見上げ、首を傾げ、目をパチクリさせる。
「そうよ。わたしが十本貰うから、残りはえっと……十九本ね。よかったらここで売るのを手伝わせて貰っても良い?」
「えぇっ、そんなの悪いです!」
「いいからいいから。文化祭で喫茶店だしたのを思い出したら、わたしもやりたくなっちゃってさ」
「ブンカサイ……ですか?」
それからわたしたちは、通りかかる人にお刺身を試食をしてもらい、ついでに魚屋と料理ナイフの宣伝、ポケットチーフの要領で胸に差した織物の紹介をした。
ジャンソースは飛ぶように売れて、ものの十分程度で完売してしまった。
「やったね!」
「は、はいっ!」
少女とハイタッチをする。
すると、どこからか拍手の音がひとつ、またひとつと。
振り返ると、近くのお店の大人たちが再び集まっていた。
「さすが騎士様だ。すげぇじゃねぇか!」
「胸のバッジ見たときは高貴な家の出の方かと思ってたけど、驚いたわ」
「女の騎士なんて珍しいとは思ったが、やっぱりモノが違う! さすがはガルムさんが連れてきた方だ!」
「あはは……まぁ出は庶民ですから」
まさか、文化祭クラス委員の経験がこんなところで役立つなんて。
人生、何が起きるか分からないものよね。
「騎士様。あ、あたし、ルアンといいます。よかったらお名前を教えていただいてもいいですか?」
「香澄よ。井上香澄。わたしのいた……えっと、地方では、ファミリーネームを先に名乗るのよ」
「香澄様というのですね」
「『様』はいいわよ。庶民の出だって言ったでしょ」
「えっと、じゃぁ『香澄さん』で」
「うん!」
わたしは「じゃぁこれ、わたしの分のお代ね」と、三千♯をルアンちゃんに渡し、おつりの五百♯硬貨を受け取る。
「香澄さん、よかったらうちの食堂に寄って行きませんか? 父に話したら何か作ってくれると思いますし」
「そうね。まだ五百♯あるし、ご馳走になろうかな」
「そんなっ、お代なんていらないですよ!」
「そんなわけにはいかないわよ。街の人たちにも貰ってばっかりだしね」
ルアンちゃんに手を引かれ、わたしはレストランの扉をくぐった。
出ました、醤油!!
異世界ものの定番のひとつですね。
香澄が以前、塩唐揚げにしたのは、醤油が無かったから。あれば真っ先に使っていました。
ジャンソースの命名はそのまま、醤油の醤(中国読みでジャン)+ソイソースです。
文化祭実行委員を経験していた香澄。
ただし体育祭応援団は断固拒否し続けました。
他にも珍妙な経験が今後も異世界で役立っていきます。






