第3章『魔族の王国で爵位を得て魔王軍准将に任命されたからにはその立場に相応しくあろうとする勇者』②
仕事中のイチゴとミルクを捕まえて服選びを手伝ってもらい、
襟元に斜傾十字章(男爵の証らしい)と戴冠三輝菱(准将の階級章らしい)を留め、
ついでに正門の行き方まで教わって、わたしは二人にお礼を言って走った。
二人に渡されたのは、士官用の軍服だった。
服は白を基調に水色と青のラインが入っていて、下はスカートとニーハイソックス。見た目以上に動きやすいデザインになっている。
そんな上流階級感バリバリの服を、あとで整えればいいよね?精神で振り乱して、噴水のある広場を突っ切ろうとしたときだった。
「あれ? 香澄さん。どうしたんですか?」
ベンチに腰掛けているジョンに声を掛けられる。
「あ、ジョン。これからクファミナって街に視察に行くことになっちゃって。それでガルムを正門で待たせちゃってるのよ」
「あ、ご、ごめんなさい、引き止めちゃって。急いでいたようだから何かあったのかと思って」
「ううん、気にしないで。ありがとうね」
「あ、はい。お気をつけて……いや。やっぱり少し待ってください」
「え?」
「左手を出してください」
ジョンが取り出したのは、黒と青の糸を編み込んで作ったミサンガのようだった。
わたしが左手を出すと、手首に紐が巻かれる。ジョンが余った紐を引きちぎるようにすると、本当に紐は切れる。
わたしが左手首を見ると、それはまるでマジックのように、紐の結び目がどこにも無かった。
「ジョン、これは?」
「えっと……お守りみたいなものです。クファミナには先日魔獣が出たそうなので、気をつけてください」
「うん。わかった、ありがと……えっ?」
つまり、わたしが魔獣に襲われて、覚醒した力でそれを倒すというフラグがたってしまったのだろうか?
嫌だなぁ。痛そうだなぁ……
魔族にとってのお守りが勇者であるわたしにも有効なのか甚だ疑問だが、とりあえず今回の視察には嫌な予感しかしなかった。
「ごめんなさい、待たせちゃって」
わたしは正門に着くと、ガルムに謝る。
「構わねぇよ。俺もグランドラゴンを取りに行ってたからな」
「グランドラゴン?」
「地の龍って意味らしいぜ。こっちに連れてきてある」
つい巨大な土竜を想像してしまったわたしは、夢の無い女なのだろうか?
しかし正門前に留めてあるのは、それよりも更に珍妙な生き物だった。
馬の胴体に龍の首、角はバッファローのように大きく、尾はワニのようだった。皮膚は全身が鱗に覆われ、何より背中には発達した一対の羽がついていた。
「これ、飛べるの?」
「飛ばねぇよ。舵みてぇに翼で風を操って、速さを落とさずに走ることができるんだ。乗るのは初めてだろ? 今日は俺の後ろに乗んな」
「あ、ありがと……」
ガルムに引き上げてもらって、わたしはグランドラゴンの鞍に跨る。
「ちなみに最高速度は時速百二十キロ、この城で最速の奴だ。じゃぁ行くぜ!」
「えっ、ちょっ嘘っ! きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
落ちたら死ぬ! 落ちたら死ぬっ!
わたしは死に物狂いで(物の例えにあらず)ガルムの背中にしがみ付いていた。
「どうだった、乗り心地は?」
「生きた心地がしなかったわよ……強いて言うなら、セーフティガードの無いジェットコースターみたいな感じ?」
「その例えはよく分からねぇけど、最高だったろ? 人間の言葉だとあれだ、天国に行っちまいそうな気持ちって言うのか?」
「ええ、確かに天に召されるところだったわ……」
自分のことで精一杯な精神状態をとりあえず落ち着けると、わたしは顔を上げる。
そこには街の風景が広がっていた。
飲食店に雑貨屋、洋服屋、果物や野菜を売っている店もあれば、武器や薬を売っている店もある。子供達が集まっているのは、あっちの世界で言う駄菓子屋だろうか?
どのお店も声を張り上げ、通りかかる人に声を掛けたりと、とても活気があった。
まるでお祭りの出店のようだ。
「わぁ、すごいっ!」
「だろ? これが俺達の自慢の国だ」
ガルムが誇らしげな顔をしている。
その表情にも頷けた。こうして見ているだけでも楽しい気持ちになっていく。
「ねぇガルム! ちょっと色々見てきてもいい?」
「それが目的だって言ってんじゃねぇか。ほれ、少ねぇが俺からの昇進祝いだ。行ってこい!」
ガルムから渡されたのは『1000♯』と書かれた紙幣が三枚。
わたしはガルムに「ありがとっ!」とお礼を言って、走り出した。
※設定裏話※
魔族の国は軍部主導国家です。
「上流階級感バリバリの服」とは、指揮官の着る軍服のこと。
香澄も部隊長だしね。パシり隊のですが。
1♯(ディエズ)=1円程度。
昇進祝いをくれるあたり、さすがはガルムの兄貴。
でも香澄の年齢が16歳なので、お小遣い程度です。






