番外~夏休み~
梓と梨央の生活圏はJRで6駅ほど離れていて、高校も違うため接点はなく、本人たちは召喚当日まで面識ゼロです。そんな2人の周囲の仲間たちは、この失踪をどう捉えていたのか。
夏まっただ中の8月。少し涼しくなった日曜日の夕方。地方の繁華街にあるハンバーガー店は、夏休みを満喫する学生たちで思いの外賑わっていた。
窓に面した4人掛けのテーブル席のひとつに、思い思いに涼しげなお洒落をした3人の女子高生が陣取り、それぞれのトレイのポテトやシェイクを口にしながら、他愛もない話に興じている。
「――でさぁ」
「え~マジ? そりゃないわ」
「ナイナイー」
賑やかな声を立てる彼女たちは、何故か時折不自然に沈黙し、空いている席にちらりと目をやることがあった。まるで、そこにもう1人仲間がいて、その人物の反応を待つかのように。
「……あーちゃん、どこ行っちゃったんだろ?」
1人が沈んだ声でポツリと呟いた。
「もう1ヶ月半は経つよね。ヒサ、先生は何か言ってた?」
ヒサは首を横に振ることで、仲間への答えに代える。その顔は話題を振った少女同様沈んでいた。
彼女たちは梓の同級生だ。6月の半ば、エレメンティアに喚ばれた彼女が直前まで一緒にいた仲間である。別れた翌日から携帯が繋がらず、メールの方も音沙汰が無いため、彼女らなりに梓のことを心配しているのだ。中でもヒサは特に梓と仲がよく、担任の前川が顧問を務める書道部に籍を置くことから、梓の失踪以降は、情報を探る役を買って出ていた。そして数日前部活があったヒサは、前川にそれとなく訊いてみたのだが、返ってきた回答は夏休み前から変わらず、空振りなのだった。
「なんの進展もナシ、かぁ」
失踪から2週間後、梓の父親を名乗る男性が梓の母の署名入りの委任状を手に学校を訪れ、休学手続きをしていった、という、同級生全体に伝えられた情報が最新のそれであることに変わりはないらしい。
何故、子の手続きをするのに委任状が必要だったか。その謎の答えは、教師を除けば梓本人から聞かされた彼女らしか知らないだろう。
梓の家庭は複雑だった。梓はいわゆる「愛人の子」で、父に認知され、生活費援助は母が断ったため、学費のみ援助を受けながら育ってきた。そのため、学校の書類の保護者欄には母の名が記されていたのだ。
パートで働く梓の母には、付き合い始めて1年ほどになる恋人がいるらしい。その人物は温厚で、梓との関係も悪くはなく、4月に「いずれ正式に籍を入れたい」と言われた梓は条件付きで了承した。その条件とは、「梓が高校を卒業した後」であること。連れ子として彼の籍に入るのは悪くないが、今の環境で姓が変わることは避けたいと、彼と話をした翌日に、3人には学校で漏らしていた。
「実はおかーさんに結婚してほしくなくて、失踪して時間を稼いでるとかじゃないよね?」
「リナぁ、それは絶対ないよ。高校在学中に名前変わんのイヤなだけだって、あん時言ってたじゃん」
ヒサが不穏なことを言った連れを窘める。
「そうだよ、あたしたちはあーちゃんが無事で戻ってくるって信じてよう?」
リナは2人の言葉に渋々頷き、カップの中に残った、半分溶けて水っぽくなったシェイクを吸った。
日が落ちて数時間経ち、大通りも車がまばらになる頃。街の駅前にある雑居ビルの前の歩道に、傍の自販機で買ったと思しきペットボトルやボトル缶を手にして屯している学生がいた。男子2人に女子3人、全員が雑居ビル内の予備校生である。
「南、今日も来なかったな」
「ずっと休んでるよね。どうしたんだろ?」
「1ヶ月も体調不良が長引くはずはないから、何かあったのかな」
その予備校は梨央が2年生になった春から受験対策のために通っている場所だ。通う高校はバラバラなのに梨央も含めた6人はクラス内で特に仲がよく、全員が自転車で来ていることもあって、授業後も終夜営業のファミレスやハンバーガー店でときどき時間を共にする仲間だった。
「辞めるなら辞めるで手続きあるし、多分親と一緒に来るだろ? でも南の親だって人来たっつー話も聞いてないからなあ」
男子の1人が呟いたところで、女子の1人がスマホの液晶を光らせる。
「あ! そろそろ時間切れだぁ。あたし帰るね」
そう言ってスマホを上着のポケットにしまった少女は、勉強道具を入れている手提げに持っていたペットボトルを突っ込むと、ビル前の駐輪スペースにあった自分の自転車の前カゴにそれを入れてスタンドを蹴り下ろし、「ライト点けろやー」という男子の声を背中に聞きながら夜道を帰っていった。
残った学生たちも我に返り、別れの挨拶を投げ合うと三々五々自転車に乗って夜の街に散っていく。それはまるで、これから先、必ず彼らに訪れる別離の未来を思わせる光景だった。