1-9 お話は子守唄の如く
「エニス、殿下って?」
「多分、この国の王子様の事だけど、なんかマズイ事になっている感じだわ~。どうしよう、ブルー」
「じゃあ、こうしよう」
俺は浜へとヌーっと体を伸ばして、鰭の先から雫を垂らした。それは、王子の顔にバシャっとかかり濡らした。
「う、うーん。ここは」
「殿下、御気きになられましたか」
王子様は代官に抱きかかえられながら、目を覚ましたようだ。
「怪我治った?」
「お、お前は今何をしたのじゃ」
代官さんが訊くので答えてやった。
「え? そんなの、ポーションを垂らしただけだよ。僕らは毒持ちの生き物だから、解毒剤や回復薬みたいなのを体内で作れるの。ブルードラゴンだから持っている特別の能力だよ。生かすも殺すも自由自在さー」
「なんとまあ。そう言えば、そのようなお話もあったような気もするわい」
呆れたような顔で感心する代官。
「か、感謝するぞウミウシよ」
おっと、王子様が復活したようだった。
「ドラゴンですよ~。名前はブルーだよ」
王子様にだって主張だけはしておかないとね。
「わかったわかった。して、ブルーとやら。ついでに私の家来達も助けてやってくれるとありがたいのだが」
見ると、村人達に助け出されて、浜辺に並べられている御付きの人達がいた。やっぱり血塗れになっている。
「しょうがないなあ。そうら」
そのへんに向かって、シャワーのようにポーションを浴びせてやった。
「わわっ。おいおいブルー、わしらにもかかってしまったじゃないか」
「おや? 腰の痛みが」
「喉の炎症が収まった。昨日から止まらなかった咳が止まったぞ」
「膝の痛いのが治った!」
「こ、これは……また凄いものだな」
復活したばかりの王子様が目を剥いた。
「えっへん、ドラゴンですから」
(それ、やっぱりウミウシだからだと思うんだけど。普通のドラゴンにはできないよね?)
そんなエニスの思いとは関係なく事態は進む。
「うむ。実はな、我が国マイヤールは今少しマズイ事になっている。長年友好関係を保ってきた海を越えた隣国が代替わりしたのだが、その新王が今一つ我が国としっくりきておらなんだ。その解決の糸口として、かつての友好を取り持ったあの船を……って、おいウミウシ、聞いておるのか?」
こっくりこっくりと船を漕いでいたら、エリスが何か叫んでいる。
「なあに?」
「ブルー、ブルーってば。王子様のお話は聞いてあげないと駄目よ」
「だって、俺難しい話は苦手なんだ。脳が小さいから、眠くなってきちゃう。ウミウシはそんなに賢い生き物じゃないんだよね」
代官と王子様が蹲って、一緒に頭を抱えていた。
「そういえばさあ、オデッサ姫は元気? お兄ちゃんなんでしょう」
「ああ、そうだ。そうか、オデッサが言っていた新しいお友達というのが、お前か。ああ、元気にしているぞ。元気すぎるほどに」
「まだ子供だからねえ」
ふとエニスが首をかしげ訊いてくる。
「ねえ、ブルーは大人なの?」
「さあ、ブルードラゴンはいつ大人になるんだろうなあ」
「それより大きくなったら凄いよね」
「海の生き物だから、長生きすればもっと大きくなるかもね。でも、あんまり大きくなりすぎると、ご飯が無くなっちゃう」
「そうだね」
軽い咳払いが起こり、王子様が近づいてきた。
「それより、私の話を聞いてほしいのだが。簡単に話そう。その隣国へ、かつて隣国が我が国へ運ぼうとした品を海から引き揚げて、両国の友情を思い出してもらおうという事なのだ。それが出来るのはお前だけだろう。頼む」
「んー。難しい話は、さっぱりわからなかったんだけど、船から荷物取ってきたらいいの?」
「まあ、そういう事だ」
「報酬の壷次第かなあ。俺は船の中に入れないしね」
「壷だと?」
さすがに王子も妙な顔をするが、代官さんが説明してくれる。
「ははっ。恐れながら、引き上げをしてくれるのは、このブルーめの友人のクラーケンだそうでございまして。その……報酬にクラーケン用のタコ壷を所望だそうでして」
また王子がちょっと頭を痛そうにしていたが、諦めて口を開いた。
「仕方が無い。我が国の壷職人の総力を上げて作らせよう。駄目なら国外からも応援を呼んで作らせよう。この王太子エヴァンの名において約束しよう」
「わーい。タコ魔人君きっと喜ぶぞー」
王子様は、羊皮紙に書類を認めて、代官に渡した。代官も書類を書き上げて、村長さんに渡した。これで契約成立だ。あとは、お気に召す壷が出来上がるかどうかだなあ。ぴったりサイズがいいらしいんだよねえ。
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