1-5 物語を作ろう
「エニスー、遊んでー」
「んー、今仕事中だから、仕事しながら出来ることならいいよー」
エニスは一生懸命網を繕いながら答えた。
漁師の仕事は大変だ。海から帰った男達はまた忙しいので、村の大きな子供達がこういう仕事を受け持つ。
同年代の男の子達は、もう大人の手伝いをして漁に出ているので、彼らも大人の仕事を手伝っている。だから、網の手入れとかは女の子の仕事だ。これが結構手間なのだ。
「大変そうだねえ」
「大変よう」
「俺も人間みたいな手があったら、手伝うんだけどー」
一生懸命に働くエニスを見ながら、一応は気遣っておく。ブルードラゴンはちゃんと気遣いのできる生き物なんだぜ。
「ありがとう。でも、その図体じゃ無理よ」
「そうだねー」
やってやれない事はないのだけれど。無理する事はないさ。
今日も快調に俺の脳みそは空っぽだ。どうもこの体、図体の割に脳みその容量が少ないようだ。きっと、そのせいだろう。ウミウシが賢いなんて話は聞いた事がないしなあ。なんで、俺はそんな事を知っているんだろうな。
「じゃあ、何して遊ぶの?」
「えーとね。じゃあ物語を作ろうよ」
エニスは修理箇所を、丈夫なエルクスパイダーの糸で縫いつけながら訊いた。
「へえ、どんな?」
「うーんと、うーんとね。海底の底に眠る沈没船のお話とか。その宝を巡って闘う海賊のお話とか」
「海賊ねー。村を襲う連中もいるって聞くし。怖いわねえ」
エニスは、恐ろしそうにブルっと体を奮わせた。
「村って貧乏なんじゃないの。襲ってもいい事ないんじゃない?」
「海賊が村より貧乏なんでしょ。海賊だって、ピンからキリまでいるわよ~」
エニスには、いるかいないかわからないような海賊なんかよりも、今日の網の修理の大変さの方が悩ましい。いつもよりも損傷が酷い。だが、貴重な我が家の財産なのだ。
エニスの家は両親が海で死んでしまって、3つ下の弟がいるだけだ。彼もお爺ちゃんのお手伝いに忙しいため、援軍は期待できない。お爺ちゃんも、自分が死ぬ前に弟を一人前の漁師にしようと必死で仕事を叩き込んでいる最中だ。
なんとしても夕方前には終えないと。御飯の支度が遅れると、またお爺ちゃんが煩い。漁師の朝は早いのだ。退屈極まりない仕事も俺とお話していると、結構気が紛れるのが唯一の救いらしい。
「えー、昔々あるところに王様がいました。海を隔てたお隣の国に友好の贈り物をするために、船を出しました。ところが、その船は沈んでしまったので、その贈り物は届けられませんでした」
俺は早速、物語りを語り始めた。
「へーえ。この間の国宝の鏡みたいに?」
「うん。そんなもんだよー」
まあ私には関係ないわねと言いたいが如くに、エニスは激しくこんがらがってしまっている網を引っ張ったが全く解けない。
「あーん、解けないよ~」
エニスが、ちょっと癇癪を起こし気味だ。
「エニス、ちょっと貸してみて」
俺は一番上の鰭を、手のように上手に使って網を解いてみせた。たくさんある鰭のトゲトゲの先っぽを網目の間にかけて、うまい事解くのだ。この抜群の視力と、細かい動きが出来る鰭が味噌かな。味噌。味噌って何だっけかな。
「うわ、ブルーって器用~」
「えへっ。でも繕うのまでは無理だねえ」
「充分よ~」
網の修繕の目処がついてきたので、エニスも鼻歌モードだ。
「ところで、さっきのお話の続きは?」
「うん。それで、その船が届かないんで友好の支障になるかなと危惧されたんだけど、そうはならなかった。その国の王様は、『嵐で届かなかったものはしょうがない。そんなことで揺らぐような友情ではないよ』と、送ったほうの王様を慰めたんだ。それで今でも仲良しなのさ」
「へえ、よく作ったじゃない」
「いや、そこに沈んでた船にあった船に日誌がおいてあったんだ。船長さんが、いつか見つかるようにと水の入らない箱に仕舞っておいた物らしい。自分の国に悪意が無い事を証明したかったんだろうねー。結末はお姫様から聞いた話だよ」
俺はそう言って、日誌をエニスに渡した。
「それ、物語っていうか、そのまんまの事実じゃないの」
「うん、この間の時お姫様に沈んだ船のお話を聞いてさー。その辺に沈んでるだろうからと思って探してみたの。慰めた方の王様が、姫様のお爺さんの先王だよ」
一応、このへんの国の言葉とか読み書きできるんだよねえ。ウミウシなのに不思議だ。
「へー。でも、それじゃ日誌は都に届けてあげたほうがいいんじゃないの?」
網を引っくり返して点検しながら、エニスがそんな事を言った。
「そう?」
「そうだよ」
「じゃあ、また村長さんに預けておいて連絡してもらえばいいよ」
「そうしようか。おー、ブルーのおかげで網の修繕が早く終わったよー。こんがらがっていただけで、そんなに壊れてなかったし。もし他の仕事が無かったら、御飯前まで一緒に遊ぼうか」
「やったー!」
「じゃ、これ村長さんに預けてくるわ」
網を上手に丸めて漁の仕度を終えると、エニスは日誌を持って駆けていった。
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