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1-31 漁師村の朝

 あの後、結局元船長のお爺さんは、星空が見えるまでさんざんブルーと遊びまくって、家に帰ることができなくなってしまった。


「いやあ、悪いですなあ村長」

「あ、いえ。キャプテン・エルーハンほどの方を野宿させてしまうわけにはいきませんよ。まだいらっしゃるとは思いませんでした」

 実は、この爺さんは本にも出てくるほど有名な人だ。


 そう、あの後ラオが気になってエニスはこっそり見にいったのだが、今夜はどうしたものかと途方にくれるエルーハン爺さんを見つけたのだ。ラオは入れ替わりで、とっとと家に帰っていたのだった。ラオはもちろん、御爺ちゃんに思いっきり怒られていたが。


 この村は、あまりにも田舎の村なので女の子が一人歩きしても問題が無い。というか漁師村なので朝が早いため、みんな寝静まっている。人っ子一人いない。それを除いても、もともと善良な漁師しか住んでいないのだが。


 お爺さんを村長の家まで案内して、泊めてあげるように頼んできた。村長は漁に出ないので魚の油でランプを灯し、まだ仕事をしていたらしい。今日は昼間出かけていたし、ブルーがいろいろ仕事を増やしたから。


 お爺さんの話によれば、あの栄光のマリエール号は当時の旗艦だったようで。道理で頑丈に作ってあるはずだ。昔は立派な軍人だったらしい。今も恩給暮らしなのだ。時折、海軍の式典にも呼ばれるらしい。結局マリエールが何なのかは不明なままだったが。


 今日も朝から様子を伺いに来たのだ。

「お爺さん、よく眠れた?」

「おお、おかげさまでなあ」


 当然エニスはぐっすりである。寝床に入れば、次の瞬間に夢の中だ。最近は、夢の中でもブルーと遊んでいることが多いような気がする。


「ところで、御嬢ちゃんや」

「エニスだよ」


「ではエニス、あのウミウシにはどこに行ったら会えるのかのう」

「ブルーなら、大概はあの浜にいるわよ」

 お爺さんはニンマリと笑って、出かける事にしたらしい。


「新生栄光のマリエール号。マストが無いのはいただけないが、なかなかのスピードは評価できるのお。あやつ、戦えば強いとかほざいておったし。さすがのわしも、ウミウシに船を引かせるという発想は無かったわい」


「今もそういう発想は無いと思うのだけれど」

 というか、それだと船は邪魔なだけなんじゃないかなとか思うエニスであった。ラウなら、そのまま遠慮なく口にしているところだ。


 浜辺についたが、ブルーはいない。

「ウミウシのやつめ、おらぬなあ」

「そりゃあ、ブルーだって年中いないわよ。狩りにいっていたり、最近は海底牧場の世話に行ってたりするしさ」


 そんな、エルーハン爺さんを放っておいて、エニスは浜でおじいさんとラオが帰ってくるのを待っていた。昨日ラオが遅くまで遊んでいたので、朝起きるのが遅かったようだ。またお爺ちゃんに怒られていた。今日は帰りが少し遅いかもとか思いながら。


 エルーハン爺さんは浜でそわそわしている。でも待っていても来るのはエニスのお爺ちゃんや村の漁師さん達だけで、ブルーが帰ってくるわけではないのだが。


 やがて、浮かんでいた船達が一艘また一艘と戻ってくるのが見えた。せっかく海底牧場はあるのだが、網で取るには魚が大きすぎて痛むので、残念ながらあまり活用されていない。



「おかえりー、大漁だった?」

「おう、ただいま。まあまあじゃな。おや、そちらの人は?」

「あれ、爺さんまだいたの?」

 ラウも意外そうな顔だった。


「おう。あのマリエール号の勇姿を見せられたら、まだまだこのわしもと思ってのう」

「いや、もう歳なんだからさ。あ、そこ邪魔だからどいてね」


 キャプテン・エルーハンは御爺ちゃんよりも最低でも一回りは確実に歳が上だ。年寄りの冷や水といわれても仕方が無い。本人もわかっているので、海辺の町で毎日海を眺めながらの恩給暮らしをしているのだ。


 エルーハン爺は、あまり相手にしてもらえずにどかされてしまったので、少し寂しそうだ。エニスも構ってあげたいが、朝は戦争のように忙しいのだ。こんな時にブルーがいてくれるといいのだが、そういう時にはまずいないブルーだった。しょせんは、でかいだけのウミウシなのだ。


 魚の腹を掻っ捌いて、腸を取り出す。新鮮なうちにどんどん捌いていく。肝が美味しい魚もいるので、それは村のご馳走だ。


 食べない部分の腸は村の畑にやったり、農家で肥料として欲しがる家にもって行き、野菜と交換してもらってくる。よい魚は配達部門の若い衆が、荷馬車で速攻街まで売りに行く。


 干物と合わせて市場に売りに行く組、直接仕入れにやってくる店に対応するもの、干物にする作業をするもの。とにかく村総出で蜂の巣を突いたような騒ぎだ。何しろ生物なので時間との勝負だ。


 普通の干物以外にも、出汁を取る用に干される小魚もある。干物作りにも熟練の技が必要だ。最近は、ブルーが気まぐれに言い出した「燻製」にトライする組もある。街で意外と好評で、高く売れるようだ。


 何気に村の経済に貢献しているブルードラゴン。肝心の本人は、そんな事を言ったことさえすぐに忘れるのであったが。


 そんな中、かつて船に乗っていたというだけで何の役にも立たない恩給爺さんのエルーハンは浜で途方にくれているだけであった。一向に来ないウミウシを待ちながら。


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