1-2 伝説のウミウシ
すっかり拗ねてしまって、背中を向けてブツブツ言っている俺を、エニスが一生懸命に宥めている。
「ほらっ、ほらっ元気出してブルー。ウミウシだっていいじゃない。こんなに綺麗なんだもの。あなた達の事を、ブルーエンジェルって言ってくれる人もいるのよ~。ね?」
そうだった。思い出したぜ!
ブルードラゴン、ブルーエンジェル。それは、アオミノウミウシの別名だ。なんとも表現しづらいほどの美しい形と綺麗なブルーから、そのような別称を持つが、所詮はウミウシなのである。殻を持たない貝の仲間だ。ふうん、だ。拗ねちゃおう。
「もう! みんながウミウシウミウシ言うから、ブルーが拗ねちゃったじゃない」
「はっはっは、それは済まん事をしたのう、ブルーとやら。エニスを送り届けてくれて礼を言うぞ」
顎に白髭を蓄え、杖をついた老人が、挨拶をしてくれた。
「もういいっすよ。どうせ俺はしがないウミウシなんですから」
「ほっほ。そう拗ねるでない。何か礼をしてやりたいが、この通り何も無い村でのう」
「長老、それなら鏡を持ってきて。ブルーは自分の姿を見てみたいんだって」
「ほうほう、そうかい。よし、ロンデ。大鏡を持ってきなさい」
老人は、若い者に指示をして鏡をもってこさせるようにいった。立派な体躯をした、引き締まった顔の青年だ。きっと、この老人の後を継ぐ者なのだろう。
俺は一旦拗ねるのをやめて、エニスの小船を浜につけてやった。
「おおー、これはなんと美しい」
「この世に、こんなに美しい生き物がおったとは」
「いや、ありがたや、ありがたや」
浅瀬に入り、起き上がった俺の姿を見て、村人は劇的な反応を示した。
ありゃあ? さっきとえらい違いなんだけれど。俺は立ち上がって、ちょっと踊ってみた。村人も、ちょっと踊り加減だ。エニスも水を飲んで人心地ついたのか、軽く踊っていた。
楽しくなって、ちょっと調子に乗ってしまったが、体が乾くなあ。鰭でパシャパシャと海水をかける。そして体を海水に浸す。ああ、気持ちがいいわあ。俺はやっぱり水棲の生き物なんだなあ。
「いやあ凄いな、ブルードラゴン。美しいだけではなく、こんなに踊れるなんてなあ」
「いやあ、まったく。つい見惚れたというか、一緒に踊ってしまったわい」
「さすが伝説の生き物じゃわな」
最初の印象と、うって変わって人気だぜ。
なんか知らないが気分がいいぜ。我ながら、チョロイな。今日から、ブルーチョロゴンと呼んでくれ!
「おお、大鏡が来たな。ほれ、ブルー。とくと拝みなさい。これがお前の美しい姿じゃ」
そう促されて、再び起き上がり鏡を覗き込んだ。そして、その中に見出した俺の姿は、これ以上ないほどの美しさだった。
まず、その色合いの美しさ。そのバランス。鰭の形の美しさと来た日にはもう。思わず見ほれてしまった。目が体の上側についているので、いつもは体全体を見渡す事ができない。
なんという心を奪われるような鮮やかな美しい青。お前は海の覇者なんだといわれても信じるかもしれない。
そして、トゲトゲが尖った鰭、それでいて柊の葉のように形良く、丸みを帯びたといってもいい感じの造詣。そして美しいバランスで配置された三対の格好いい形の団扇のような鰭。海の天狗様か? いや海神そのものであるかの如き神々しさだ。
うん。間違いなく惚れたぜ!
「こ、これは!」
目が鏡から離せなかった。自分はナルシストなんかじゃない。生前、俺は常々そう思ってきたが、これはさすがにね。生前? 一体何の話だっただろうか。
いろんなポーズを取ってみた。あらゆる方向から確認した。やはり、俺は美しい! それに比べたら人間など~。
「しっかし、一体どれだけ生きたら、こんな大きな体になるもんだか」
「いや小さなものは見るけれども、伝説のブルードラゴンを拝む事が出来るとはのう」
なるほど、ここでは俺みたいに超巨大サイズのウミウシをドラゴン呼ばわりするのか。
「ねえエニス、俺と友達になってくれない? 俺って魚は食わないから、俺がいても魚が逃げたりしないよ」
「いいわよ。じゃブルー、宜しくね」
こうして、人間の友達も作り、俺は村にいつく事になった。まあ、居つくと言っても陸に上がるわけではないし。お邪魔にはならないさ。
たまには魚を追い込んだりして漁のお手伝いをしてみたり。
エニスには、プレゼントとして綺麗なサンゴや、素敵な貝殻を贈ったりした。村にも贈り物をしたりしたので、村の人も色々と喜んで、俺のために大切な鏡をいつも運んできてくれた。
楽しい日々は続いたが、ある日悲劇が訪れた。突然の嵐がやってきて、村の大事な鏡が無くなってしまったのだ。俺のせいだ。俺がいつも使っているので、急な嵐で持っていかれてしまったのだ。みんなは、お前のせいなんかじゃないって言ってくれたけど、それは気休めだった。
毎日、海の中で鏡を探しまわった。
そして、俺はついに鏡を見つける事ができたのだ。
喜び勇んで村の人に見せたが、えらく微妙な顔をされてしまった。
「ブルー、それは村にあった鏡じゃないぞ。どこから持ってきたんだ、そんな物」
「ええっ?」
よく見たら、何かこう微妙に違う気がする。少し大きいよな。
何だか、豪勢というか煌びやかというか。海水をバシャバシャと拭きつけて洗ってみたら、ひどく眩しい輝きを放った。
「こ、これは!」
村の長老も、なんだか難しい顔をしている。
「ねえ、ところでさ。そいつで俺の姿を映してみてくれない?」
村人達は苦笑したが、その通りにしてくれた。
「うおお。美しさが今まで比で1.2倍くらいじゃね?」
ご機嫌な俺を見ながら、村の大人達は俺が拾ってきた鏡を見て、頭を痛めるのであった。
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