1-1 運命の出会い
本作品はフィクションであり、実在の生物とは基本的に関係ございません。
俺は深い深い眠りから、やっと目覚めた。ここは、一体どこだ。何か息が重苦しい感じがする。まるで水の中にいるようだ。
ぐはあ、ボゴボゴ。うわっ、マジで水の中じゃないか、ここは。なんだろな、一体。しかし息が出来る。アクアラングを付けているのとは違う。ごく自然に呼吸をしている感じ、水中できちんと息が出来ている。
俺は、ゆっくりと体を動かした。なんなんだろう、この感じは。よくわからない。だが、着実に体を動かせている。
若干、体が重い感じがするのは、もしかして体が大きいからなのではないか。そんな印象を受ける、不思議な感触がした。体に不具合があるとか、そういう訳ではなくて。
ゆったりと泳ぎながら、そいつを見つけた。向こうも気がついたようだ。かなり慌てて逃げ始めた。自分の常識から行くと、かなりの強者ではないかと思うのだが。もしかして俺は強いのか?
じぶん? 俺は何者だ。
必至で逃げるそいつに、俺はなんなく追いついて一息に齧り付いた。迸る体液、香ばしい甘味の肉、水中に轟く悲鳴。だが、そんなものは一顧だにしない。口中に溢れる滋味に、俺は喜びに満ち溢れた。
そう、俺は理解した。俺は狩人。そう、紛れもない強者であったのだ。齧った感触からいって、奴はちっぽけな存在だった。人間の俺の基準から言えば、かなりの大きさではあったのだが。
人間?
俺は人間なのか?
人間ってなんだ。
なんとなく、俺の頭の中に人間のイメージが沸きあがってきた。人間、それはちっぽけ。人間、それは恐ろしいもの。敵に回すのは、まずそうだ。だが、俺にはわかっていた。この大海原には、やつらは殆どいない!
大海原。大海原とは、一体なんだろう。だが、まあいい。今は腹も満たされ、とても穏やかな気分だ。ゆったりと海を行く俺は、まるで大洋の王者の気分だった。俺は人間であった頃、海が大好きだった!
え? 人間だった? 今は違うのだろうか。よくわからない。俺は海面付近に浮上すると、腹を上にして漂った。こうすると大変に気持ちがよいのだ。
そういや、こんな風に海面に腹を向けて泳ぐ生き物がいたな。ええっと、あれは確か……。思い出せない。そして俺は、海水の流れに身を任せ、たゆたう内に転寝していたようだ。
ドンっ。何かが軽く体に当たった。なんだあ?
俺はむくっと体を起こした。すると、目の前にちっぽけな人間の女の子が小船に乗っていて、なんだか泣きっ面だった。歳は12歳くらい?
なんといったらいいだろう。少しクラッシックな服装をしている。なんていうかな。中世ヨーロッパに出てくる村娘みたいな格好か。髪は綺麗な亜麻色なんだけど、日に焼けて少し手入れは悪そうだ。瞳は綺麗なグリーンだ。こんな色の海もあるんだよね。
この子も充分に可愛いんだけどな。スカートも長めだし。モダンなコスプレとは違い、はっきり言って田舎臭い。コスプレ……コスプレってなんだったっけなあ。
そして、彼女は思いっきり叫んだ。
「きゃ、きゃあ~。ブ、ブルードラゴン!」
なんだと、俺はドラゴンだったのか。その響きに、ついうっとりしてしまった。
ドラゴン、それは最強。ドラゴン、それは伝説!
待てよ? この海にいるという事は、俺は海竜なのか?
ポジション的には、どうなのだろう。普通のドラゴンと、どっちが上なのかなあ。
「なあ、俺って本当にドラゴン?」
思わず、目の前の女の子に訊いてしまった。
「ブ、ブルードラゴンが喋ったあ~?」
あれ、喋ったら何か都合悪かったのかな。何か驚かれているが。それに、何故か言葉が通じてるっぽいし。日本語わかるのかなあ。日本語? 日本語って、なんだっけなあ。
「あのう、ブルードラゴンは喋ったら何かいけなかった?」
相手は沈黙した。小首を傾げる俺に、女の子は船べりに両手で掴まって青い顔をして、こっちをジト目で見上げている。
「あ、あのう。ブルードラゴンさん、私を食べたりしないです?」
「君は毒がないから、美味しそうでないな」
しばしの沈黙。
「「ええーっ」」
お互いに驚いてしまった。
「あ、あのドラゴンさん? なんで、あなたまで驚くのです?」
「さ、さあ。俺って毒の無い生き物は食べないのかなあ」
「そんな事を私に言われても困りますが」
少女は、脱力したように船べりにもたれ、へにゃっと寄りかかるようにして言い返した。
僅かな静寂の後、彼女は言ってくれた。
「ブルードラゴンさんって、綺麗ですよね」
眩しそうに俺を見上げ、声には明らかに賛嘆の響きを込めて。
「そ、そう? やっぱドラゴンってさ、凛々しいよね」
「え? なんていうか伝説の通り、綺麗な生き物だと思うんですけど」
俺は少し考え込んだ。綺麗? 確かにドラゴンは造形的に美しいと言えないことはないが、それよりも格好いいとか強そう~とか、そういうイメージなんではないだろうか。何かこう話が噛み合っていないな。俺はなんとなく心配になってきた。
「ねえ、俺の姿を自分で見てみる事は出来ないものだろうか」
「む、村まで送ってくれたら、大きな鏡があるから見せてあげられるかも」
そうか、それなら! って、待てよ。
「もしかして君は迷子?」
「う。船で、片付け物とか、明日の漁の仕度とかしていたんです。途中で、つい眠ってしまったら流されてしまって。気がついたら、大海原の真ん中です」
彼女は、しょんぼりとして項垂れてしまった。
「君の村って、どっちの方向?」
「わかんないです」
うーん、どうしたらいいかな。鏡は魅力的だし。
「君の流された浜からは、どっちに日が沈む?」
「えと、山からまっすぐに日が昇って、海の方に沈みます」
じゃあ、沖に流されたとすると東、つまり太陽と逆方向に向かっていけばいいのかな?
「名前は?」
「エニス」
「そうか可愛い名前だね。俺は、えーと。とりあえず、ブルーでいいや」
我ながら安直な名前だ。でも悪くはないな。
「じゃあ、太陽の来る方向を追っかけていこうか。無事に帰れたら鏡の約束は忘れないでよ」
「う、うん。送ってくれるの? ありがとう~」
俺はしばらく太陽を観察して、その沈み行く方角を見定めた。俺は不思議と、そういう方角が体でわかるようだった。
それから、俺は頭の先で、なるべく小船を揺らさないように押した。お腹を上にして大の字で泳ぐのが好きなのだが、さすがにそれで小船を押すのは辛い。いっそそれならと思い、体の上に乗っけてみた。
小船を引っくり返さないように気を使うので、たいしたスピードは出なかったが、彼女にしてみれば凄く速かったらしい。
なるべく、揺らさないようにしてみた。鰭をスタビライザーのように使ってみたのだ。今までこんな真似はやった事がないが、やれば案外とできるもんだなあ。
「凄い、凄く速いよ~。今日中に陸に着くかなあ」
「向きが間違っていなければね。君がまっすぐ流されていればいいんだが、変な方向に流されているとずれちゃうから。まさか島から来たんじゃなかろうな?」
「あ、それは大丈夫。ちゃんと大陸の端っこにある村なの。今頃みんな心配してるだろうなあ」
少し心細そうな顔をした女の子に、慰めの声をかけた。
「まあ嵐も来そうな感じはしないし。ただ、君の喉が渇いてるんじゃないかと。それだけが心配だよ」
「うん。でもまだ我慢できるよ。どんなに喉が渇いていても、海の水は飲んじゃいけないんだ」
さすが漁師の娘だけあって賢いな。それだけはやめた方がいい。うーむ、俺はなんで、そんな事を知っているんだろうな。それはいいとして気丈な事を言ってはいるが、まだ少女だ。長引かせるとマズイな。俺は気持ち、速度を上げることにした。
「ん? なあ、あれって陸地じゃないか?」
「どれどれ。えー、見えないなあ」
俺の方が視力はいいのか。有り得る事だ。
俺が気合を入れたので、エニスを乗せた小船はぐんぐん陸地に近づいていたった。
「ブルー、ここ私の村のある浜だよ、ありがとう」
もう人がいるのがわかる。その数は、近づくに連れ、その数を増していった。だが、浜の様子がおかしい気がする。これは、もしかして俺を見つけて騒いでいるのか?
どうも人間と比べて俺は異様にでかいらしいしなあ。
「ねえ、エニス。俺って、いたらマズくない?」
「もう手後れだと思うよ。ブルードラゴンなんて、お爺ちゃんの昔話に出てくるような生き物だから」
俺は、そんな幻の生き物だったのか。UMA? あ? UMAって、なんだったっけな。
「お爺ちゃーん」
エニスが手を振っている。だが、そのお爺ちゃんは蒼白になって、銛を握り締めている。猛烈に嫌な予感がしたので、先手を打つことにした。
ある程度まで近づいたところで、俺は進むのをやめた。浜から100mくらいのところか。そっとエニスの乗った船を体から下ろした。それから、目一杯の愛想笑いをして、大きな声でこう言った。
「ハーイ、村のみなさーん。私はブルー、ブルードラゴンのブルーですよー。村の女の子が流されていたので送りにきただけです。物騒な銛とか仕舞ってくださると嬉しいですねー」
そして、村の皆様の反応は劇的だった。
「ウミウシが喋ったぞ! それにしても、なんというでかさだ」
「伝説のウミウシ!」
「おお、これが伝説のアオミノウミウシかー!」
なんじゃ、そりゃあ~!!
おっさんリメイク2巻発売に合わせた新作です。
ブルードラゴンというのは、こんな感じのヤツでございます。
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