70 ポジティブ?シンキング!
特に夢も見ずにぐっすりと眠っていた俺は、ふっと自然に目が覚め、いつもと変わらない木製の天井を見つめていた。ただいつもより、少し暗いかもしれないが。
ソファーから起き上がり窓の外に目をやると、思った通り、雲の少ない空は薄暗かった。通りを歩く人も全くいない。
……夜が明けて間もなくって感じか。机上にある懐中時計の短針は4を指している。
「早すぎたか……」
緊張の為か何なのか、予定よりだいぶ早い時間に起きてしまったようだ。二度寝しようかとソファーに横になるが、眠気もすっかり飛び、寝れる気がしない。
さてと……どうしたものか。ギルドに行くまでの二時間は暇だし、凛だってそれまで起きないだろう。
うーん……時間あるし、準備でも済ませておくか……
ささっと着替えてから弓を点検し、ベルトに装備する物を揃える。時間は十分にあるので不良な矢が混じっていないか、一本一本細かい確認もした。そんな事をしている内にあっという間に時間が経過し、気づけば部屋もすっかり明るくなっていた。
……けど、まだ時間にはならない。なんだか、出発する前にくたびれてしまいそうだ。
気晴らしのために、使っていない拳銃(SAAとMk.22)をメンテナンスしようかと棚に手を伸ばすと…
「ん?……おや、早いな風狙君。おはよう」
「……おはよう」
タイミング悪っ……
「なんだ、緊張で目が覚めたか?」
「そんなところかな……」
そう返しつつ伸ばした手を引っ込め、ソファーに腰を落ち着かせる。
「峰薪君の方は……まだ寝てるのか」
「ああ、珍しくな」
ベットの方に目をやるが、布団が静かに上下しているだけで、起きる気配は全くない。
凛は大概、明日に何かイベントがあると凄い早起きをする人なんだけども。……ソシャゲーとかの話だが。
「……やはり不安なのか?」
「まぁ、そんな所だな……」
正直、蟻を相手する事に大した不安は無い。フィナさんの話によれば勝てない相手ではないと言うし、俺と凛より強いハンターだって一緒に戦うのだから。……こういう状況に慣れていないのと、未だに王都指定危険生物と言われても、ピンとこないからかもしれないが……
どちらかというと心配なのは、他のハンター達と上手くやれるか、という事。作戦に則って大人数のハンター達と一緒に戦うなんてのは未経験だし、要領が分からないのだ。
それと、俺は弓使いだから後方支援に回される可能性が高いのだが、凛以外の人と組んで援護をした事が無い。前に出て戦うハンターとタイミングを合わせられるかが、一番の不安要素だ。誤射なんかしたら大変どころじゃ済まないし。
黙りこくって思い悩んでいると、じいさんはフンと鼻を鳴らして話しだす。
「……そこまで案ずる必要も無いぞ?向こうだって、あれでもその道のプロ集団だ。フィナも君達二人がまだ駆け出しである事だって分かっているだろうし、それなりの配慮はしてくれるだろうさ」
プロ集団……ね。
昼出勤の意識低いハンター集団だった気がしたが……最近は良くなってきてるみたいだけど。
「とにかく、下手に心配事や不安を抱えてても上手く行かん。あくまでもいつも通り、気楽にな」
「ああ……」
じいさんの言う通り、心配し過ぎても良いことは無いか……向こうもあれが本業な訳だし、俺が気にする必要も無いかもしれない。
何よりじいさんの言う通り、いつまで悩んでいても仕方ない。どのみち戦う事になるのだ。変に意識をそっちに持っていっても、良いことはあんまり無いだろうし。
そう自己完結し、頭を切り替えてソファーから立ち上がった。緊張は解けないが、心にもたれていた変な重石は取れた気がする。後はいつも通り、全力でモンスターに立ち向かうだけだけだ。
しゃんとした気持ちで鏡台の前に立ち、装備の最終チェックをする。さてと、全部大丈夫かな……
そう思いながら振り返ってベルトを確認していると、じいさんが思い出したように話し出す。
「そうだ、武器召喚の事だが……」
「分かってる。下手に出したりはしねぇよ」
こいつのおかげで俺は弓使いとして認知されているし、今さら異世界の人が知らない銃を目の前で召喚してブッ放す気もない。それに、謎の爆弾やら銃やら……まぁ異世界の人が分からないもので蟻をバッタバッタ倒していったら、皆にあれやこれやを聞かれるのも必至だろう。そんな面倒な事にも、なりたはくないのだ。
「出すのは本当に危ない時だけ。だろ」
「そうだ。もっぱら、そんな時は来てほしくない物だがな」
「まぁな……」
なんとなく、複雑な気持ちである。クラスター爆弾やら何やらを召喚して蟻達を一気に吹き飛ばせば、危険もなく一瞬で片がつくだろう。なのに、蟻達と戦おうと立ち上がるハンターの人達がいるせいで、それが出来ないなんて。
別にハンター達が邪魔だとかは思っていないけれど、世の中そう都合よく物事が進まないというのは、こういう事なのだろうか……
そんな柄にもないことを考えながら、しみじみと世の中の理不尽さを感じていると、俺の心中など露知らずのじいさんは陽気な声で「それじゃあ、私は朝食があるので少々失敬するぞ」と言って通信を切ってしまった。
「はぁ……しょうがないか」
深い息をつきながら棚の引き出しを開け、中で黒々と光る二丁の拳銃を見つめる。こいつらのお世話になることも無さそうだけど……
一応持っていくか……
「まだ、ガンマンにはなれねぇけどな」
SAAをクルクルと回転させてから、ベルトの隙間に挟み入れる。。
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しばらくの間、ソファーにもたれてボケーっと天井を見つめていると、ベットの方でモゾモゾと動く音がする。視線を下ろしてベットを見ると、丁度凛が起き上がって目を擦っている所だった。
そのまま小さなあくびをして伸びをする姿を見つめていると、凛は初めて俺が起きていた事に気がついた。
「……おはよう風吹」
「おはよう。よく寝れたか?」
「うん。しっかりね」
そう言って布団から這い出た凛は、ベットの上で膝立になり「ウーン」と大きな伸びをした。窓から差し込む朝日に照らされたその姿は、可愛らしいパジャマを着ているせいもあってか、俺の視線を釘付けにする。
異世界に来て凛の寝起きを見たのは今日が初かもしれないけど……
良い………
目の保養と言ってはなんだけど、いつまでも見てたいレベルで。
その姿に魅入られていると、その視線に気がついたのか凛は自分の体を見下ろして訪ねる。
「……何か私についてる?」
「い、いやなんも……」
見とれてましたなんて言えない。
「そう……なら良いんだけども」
そう言いながら凛はベットから降りて、窓の外を眺める。
「いい天気…………これなら今日も上手く行きそう」
「……天気で?」
「そう。天気が良いと、調子もいいから」
「へぇ…………」
天気なんて、今まで気にした事無かったが……
今日みたいな快晴の日や曇りで暗い日。雨の中で狩りをした事もあったけれど、調子の良し悪しが変化した記憶は無い。まぁ、いつも集中してて、あんまり環境を気にしてないってのもあるだろうけど。
「本当だよ?天気いい日は調子良くクエストクリアできるし、今日だってきっとそうなるよっ」
フフっと凛は微笑んで自分の大剣を手に取り、構えの姿勢を取る。
そして元気に言うのだ。
「よ~し。今日もじゃんじゃん狩りまくるよ!!沢山いるんだしね!!」
「ハハ……」
凛がデカイ大剣をぶん回して、モンスターをバタバタ倒す姿を想像するは容易だったが……ちょっと怖い。
凛はそう言ってるけれど、軽い気持ち過ぎるんじゃないかとも思う。が、かえってこっちの方が、調子が出て良いのかもしれない。そのやる気と自信にみち溢れる凛の姿を見ると、そう思えてくる。
やはり、前向きな気持ちというのは大切なのか。
「……じゃ、俺も凛に負けないように頑張んなくちゃな」
俺もそう言って、自分の得物である弓を握る。例え今回、銃が使えなくとも天界で貰った能力がある。元々弓矢向けでは無いが、それでも自分のFPSの技術は存分に引き出してくれる。そうだ。俺にも凛にも、貰った能力があるのだ。それを忘れてはいけない。
フラグ発言は好きでは無いが、今は言わせてもらおう。
「ああ。きっと上手く行くさ」
いつもと違う異世界の一日が、今始まる。
↓
二丁の拳銃(SAAとMk22)
突如として風吹の元に現れた拳銃達。風吹が召喚したわけでは無く、風吹は事故か懐中時計の故障で勝手に自分の元に現れたと思って片付けている。尚、どうせ出てくるならもっと高性能な物が良かったと思っている。
SAA
正式名:コルト・シングルアクション・アーミー
・簡易説明
一昔前に造られたアメリカ製のリボルバー拳銃。
・詳細説明
アメリカ合衆国のコルト社が開発した回転式拳銃で装弾数は6発(因みにマカロフは8発。装弾数は体で覚えry……)
製造されたのは1870年前半と少々昔の銃であるが現在でも製造されている。他のリボルバーと違ってスイングアウト(弾倉を横に出す事が)出来ない為、後部のローディングゲート(蓋)を回転させ、一発づつ装填する必要があり、他のリボルバーと比べリロードに時間がかかる。
シングルアクションであるため、発射時には必ずハンマーを起こす必要がある。尚、その形状が早撃ちに適しているらしい為、西部劇等で頻繁に登場している。
Mk22
・簡易説明
アメリカのS&W社製の自動拳銃。麻酔弾が入っている。
・詳細説明
アメリカ合衆国のS&W社が開発した、S&W M39をベースにした特殊部隊向け暗殺用拳銃。それを更に改良して特殊麻酔弾を発射できるようにした物。発射時に発生する音を極力抑える為にスライドロック機能が付いており、消音器も装着されている。銃の消音性と弾速の遅い麻酔弾を射出するのが相まって、発砲時の音は殆ど発生しないため隠密性が高い。
8発装填する事ができ、マガジン式であるためリロードが早い。因みに別名はハッシュパピー。これを与えると、うるさく吠える猟犬でもおとなしくなるよう、この銃で撃たれた人間は死んで静かになるということからこう呼ばれるようになった




