69 疑惑の上司
「ただいま……」
返事は帰ってこないと分かっているのだが、なんとなく小声でそう言いながら自分の部屋に帰ってきた。風呂は済ませたし、後は寝るだけ……
「お帰り風狙君!!そして峰薪君!!今日はどうだったかな??」
静かな部屋に、じじいの大きな声が響く。……忘れてたこのうるさいの。
疲れて返す気力の無い俺と凛は、完全に無視して荷物を置き、それぞれソファーとベットに倒れ込む。
「……おーい。早速無視かー」
「無視してねぇよ。こっちは疲れてんのに、そっちがバカみたいなハイテンションだから付いて行けないだけだ」
「……ッ ! !バカとはなんだバカとは ! !」
夜だし他の客がいるというに、大声で叫ぶじじいの事なのだが。首を回して棚の上にある懐中時計を軽く睨むと、じいさんはごちゃごちゃ言うのを止めて咳払いをする。
「ま、まぁ。疲れている所悪かった、これからは気を付ける……」
「分かったなら寝かせてくれ。明日は早いんだから……」
明日は朝の7:00にギルド集合だ。6:45辺りには既に着いていたいから、起きるのは6:00くらいの方がいいだろう。いつもより2時間程早い。
「いや……気持ちは分かるが、少しくらい話を聞かせてくれくれないか?こっちも書かないといけないことが……」
「ずっとポケットの中にいたんだから、言わなくても分かるだろ」
俺はそう言いながら立ち上がり、既に吐息を立てて眠る凛の側に寄る。
うつ伏せだけど、苦しくないかな……
以前のように、体を触らないよう仰向けの状態に直して毛布をかけてあげる。これで大丈夫だろう。
すやすや眠る凛の寝顔を見ると、思わず口元が綻んだ。
……相変わらず、気持ち良さそうな顔して眠るもんだ。そっと右手を伸ばし、布団の上でバラバラに広がっている髪の毛を梳いて整えてあげる。
今日も、色んな事があったな……
ふとそう思った俺は、今日あった出来事を振り替える。特にLLコボルトを倒した直後の事。情けなくもぶっ倒れてしまった俺を、凛が優しく介抱してくれたことを。
なんか、急に恥ずかしくなってきた……
自分の頬が熱を帯びる。右手を引っ込めて赤面していると……
「……オホン。見惚れてるところ悪いが、早く寝たいんじゃなかったのか?」
「っ………んなんじゃねぇよ」
慌ててベットの側から離れ、明かりを消してソファーに寝転がる。
「ハハハ。若いのぉ」
「……」
一言で表すとウザい。それに俺は今17。凛に至っては15歳なんだ。しょうがないだろう。
「じゃあ、お前の方はどうなんだよ?」
反射的にそう切り返す。
「え……いや、それは……」
なんだよその彼女のいない高3男子が 「彼女は当然いるよなぁ」 的な事を聞かれた時みたいな反応は。人に言っておきながら自分の方はダメなんじゃねぇか。茶化された仕返しと言ってはなんだが、言及する。
「あんた60歳くらいだろ?妻子くらいは当然いるよな」
「その……天界で恋愛とかそういうのは……」
「ま、女装する趣味があっちゃ無理だろうな」
ガタンッ!!何かが倒れる音がする。動揺してんじゃねぇよ。
「ち、違うわい!!あれは女装じゃなくて本当に………あっ」
自分が何を言おうとしたのか気がついたようで。
もう遅いけど。
「女装より酷いな」
「だっ、だからこれは……」
「ただの変態」
「……」
俺がそう言い切ると、薄暗い部屋に再び静寂が訪れる。するとじいさんは、しばしの沈黙の後に先程と打って変わり、落ち着いた調子で話し初めた。
「君は峰薪君が見ていないと、私に対する当たりが強いな。裏表の激しい男はあまり好かれんぞ……」
「はぁ……?」
お前が無理やり、しかも俺の能力に合ってない異世界に俺を。そして能力が合っているとはいえ、凛までもを連れてきたからなんだが。まだ高校生だぞ。他にも廃人ゲーマーは沢山いただろうに。
正直今の生活は嫌いじゃ無いし、むしろ現実の生活より楽しいかもしれない。それに、凛の方も気にいってるみたいだし、その面では異世界生活に不満はない。
しかし、それとこれとでは話が違ってくる。あと銃も召喚させろ。
「あのなぁ…………まあいいや。もう寝るからミュートにするぞ」
これ以上不毛な会話を続けていたくはないし、既に時間をくっている。手を伸ばして懐中時計をひっ掴むと、それを察知したのかじいさんは慌てて。
「ま、待て待て。こっちも悪かった。謝るからちょっとくらい付き合ってくれ!」
パチンッ!!
手を合わせるような音まで聞こえてくる。
「頼むっ!頼むから!!仕事ができん!!!」
少々意地悪し過ぎたか……
ま、今ミュートして後々怒られるのも嫌だし、今のうちに済ませといた方がいいだろう。
「……早くしてくれよ。明日早いんだし」
「おっ。じゃあ、先ずはクエスト前の事を軽く……」
それから30分ばかりソファーに寝そべったままじいさんの質問を答えたり、今日の感想などを軽く喋った。
凛に膝枕してもらった時の事は除いて。
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「ふぁ~ああ。今日もおわったぁあぁああ……」
人に見せられないような大あくびをしながら、椅子の上でぐーんと伸びをする。風狙君から聞いた事も書き終わったし、後で完成した書類を提出したら今日の仕事は終わりだ。
いつも通りペンダントを明け閉めして元の姿に戻り、書類を持って立ち上がる。そして……ふと気がついた。
この書類。上司であるメイロさんに提出しないといけないのだけど……
「メイロさんまだ地上よね……」
バレないバレないと地上に行ってしまったが、バレなかったとしても仕事をしてくれないと私が困る。メイロさん以外に資料を渡せる人はいないし、いたとしてもメイロはどこに行った?となってしまうから結局渡せない。
しばし顎に手を当て、何かいい案は無いかと考える。しかし、何も思いつかなかい。懐中時計で連絡をとるにしても、地上にいる他の人に見られる可能性があるし、メイロさんの持つ時計は風狙君のように周囲の状況は分からないのだ。
「どうしよう……」
もうメイロさんが帰って来るのを待つしかないのか。
そう思い、ため息をついていると……
「ただいまぁぁあああ~」
部屋の中央に白い光の柱が現れたかと思うと、その中からメイロさんの吐き出すような声が聞こえてきた。
メイロさんは光の柱から出たや否や、白く長い髪を振り乱しながら目前のロングソファーに近づき、ドサッと倒れ横になる。あ、あの………
「ああ~もうダメ。久しぶりに動いたもんだからもう……」
背もたれの方を向きながら喋るものだから、あとはもごもご言っていてよくわからない。
「あの……大丈夫ですか?メイロさん、水でも持ってきましょうか?」
「頼むわ………」
テーブルにあったポットの水をグラスに注ぎ、メイロさんの元に持っていく。
「ありがとう」
座り直した彼女はグラスを受けとると、一気に飲み干して息を吐く。
「ごめんなさいね。あんまり疲れたもんだからつい……」
「い、いえいえ別に……その、地上の方はどうでしたか?」
それを聞くと急に彼女は立ち上がり、嬉しそうに話初める。
「そうそう!!風狙君の方ね、貴方も見てたでしょうけどジャストタイミングだったでしょう?自然な感じで止めれたし」
風狙君と峰薪君がラージェストコボルトを倒した後、風狙君の方が銃を召喚しようとした直後の話だろう。確かに、調査団が目の前を突っ切って行けば風狙君も召喚できなく……って、あれ……
「メイロさん、調査団の人達から遅れて来ませんでしたっけ?」
腰に手を当て胸を張っていたメイロさんが固まる。
「それに、蟻が丁度よく風狙君達の前を通っていったからそこに調査団が来たんであって、それって偶然なんじゃ……」
「……」
この様子だと、意図してやった訳では無さそうだ。第一、メイロさんでも蟻を誘導したとは思えない。
「と、とにかくよ!結果的に武器召喚を止めれたんだし良かったじゃない」
珍しく焦りを表に出した彼女は、そのまま部屋から出ようと、ドアへとゆっくり歩き初める。
「メイロさん。本当に止める気ありましたか?」
「あ、あったわよ?」
メイロさんは振り替えってニコリと笑う。しかし、明らかに目が泳いでいる。
彼女をいぶかしげな目で見つめると……
「じゃ、じゃあ。私は疲れたしもう寝るわ。おやすみなさいっ!」
ドアの取っ手に飛び付いた。
「ちょっ!待ってください!なんで逃げるんですか!!それに書類だって渡してませんし!!」
今まで慕ってきた彼女だが、上司として大丈夫なのかと、初めて心配になったのだった。まぁ、地上に降りると言い出した時点で既に不安だったのだが……
ごめんなさい!完全に遅刻いたしました!




