68 禁戒
「……ったく訳の分かんなねぇやつだなぁ」
バズはため息をつくようにそう言い、屈み込んでコボルトの死体を再度見回す。
思わず声を上げて驚いた事を恥じたのか、回収班の青年は頬を赤らめて咳払いをしてボードを持ち直す。
「その……矢を避けたというのも気になりますけど、先ずはコボルトの持っていた盾について詳しく話してくれませんか?」
「そうだな……」
荒削りで手作り満載の木製の丸盾。しかし、人が作ったにしては少々雑すぎる代物。とても人が持てるようなサイズではなく、完全にLLコボルトのサイズに合わせて作ったような盾であった事を説明した。
そしてそれを、青年は黙々と羊皮紙に書き込んでゆく。
「……だから俺と凛はコボルトが自分で作ったんじゃないか。って考えた訳なんだけども」
「でも、ラージェストコボルトにそんな性質ねぇだろ?」
屈んだままのバズはそう言うと、青年は走らせていた羽ペンを止めてズボンのポッケから小さな本のような物を取りだす。モンスター辞典か何かだろうか。それを青年はパラパラとめくり続け、目当てのページを見つけたのか手を止めた青年は片手を顎にあて考え込む。
「そうですね……そもそも道具を使う事は無いようですし、作るなんてもっての他。やはり普通じゃありませんね……」
となると頭、脳みその方まで闇属性とやらで変異したのだろうか。だったら反射速度が異常だったのも頷ける気がする。
そう考えていると、黙りこんでいたレイミーが口を開く。
「……ただの闇属性に侵されただけなら、肉体の変異はあっておかしくは無いです。ただ、知能や反射速度となるとそのモンスターの『芯』にまで影響を及ぼしていた事になります。なので魔術的な干渉を受けた可能性が高いかと」
ほう……全くわからん。
「じゃあ、人為的なものだってか?んな事無いだろ」
バズはそう言いながら立ち上がり、自分のツルツルとした頭を擦る。
「あくまで可能性です。そもそも闇属性という物は未だに解明されてない事が多いですし……取り敢えず、この死体はしばらくここで保存して、詳しい検査を受けた方がいいでしょう」
「……期待はすんなよ、うちだってこの手の案件に関しちゃ素人に近いからな」
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バズと青年を残し、俺達は回収班本部から通りに出た。
夜中だし少しは寒いはずなのだが、さっきまで冷蔵庫みたいな部屋にいたせいか大して気にならない。
「……結局、良く分かんなかったね」
「そうだな……」
分かった事といえばあのLLコボルトが亜種とかではなく、通常種が闇属性とかいうので変異した個体だった。って事くらいか。まあ闇属性がなんなのかは分かんないけど。
「そもそも、死体だけでは原因が分かりませんからね……闇属性使いの方なら、なにかしらの調査方法はあるんでしょうけど」
「その……何か魔法とかで調べる方法はないんですか?」
凛がレイミーに訪ねる。すると珍しくレイミーは両手を軽く上げ。
「さすがに僕でも分かりませんね……あらゆる属性を取り込み、打ち消す性質がある闇属性には逆探知系の魔法の当然効きませんから」
「へぇ……」
そういえば、蟻の外殻は闇属性だから普通の魔法は一切効かないとか、作戦会議中にフィナさんが言っていた。どうやらそれと同じらしい。……ん?てことは……
「なぁレイミー。光属性なら効くとかどうとかいうのは……」
これもフィナさんが言っていた事だ。
「僕の使える光属性は攻撃系のみ。残念ながら、調査系には転用出来ませんよ」
直ぐに答えたレイミーは、幾つもの星の浮かぶ夜空を見上げる。
「そろそろ9時にまります……明日のためにも、早く休まないと。では風吹さん凛さん。また明日」
「あ、ああ……わざわざ付き合ってもらって悪かったな」
「いえいえ構いませんよ。おやすみなさい」
レイミーは小さく手を振ると俺と凛に背を向けて、足早に暗い通りの先に消えた。……あれ、中央広場と逆方向だけど……
まぁ、俺が気にする事でも無いか。それよりも、とっとと風呂を済ませてタオレ荘帰らないとな。
「レイミーも言ってたけど、早く寝るためにパパっと風呂も済ませちゃうか……」
「うん」
俺と凛は中央広場まで一旦戻り、風呂屋のある通りへと歩を進めた………
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暗い大通りをしばらく歩いてからチラリと背後に視線を向け、回収班本部施設の入り口前を見る。もうそこには、先ほど別れた二人の影は無い。もう戻って大丈夫か……
小走りで施設の前に戻り、扉を開けて中へと入る。すると、バズの大きな図体が目前にあった。腰に手を当ててこちらを見下ろす彼は、ため息混じりの野太い声で喋りだす。
「戻ってくると思ったぜ。ったくしょーもない嘘をつきやがって……」
「……聞いてたんですか?」
「まぁな。二人に何を教えてて、何を教えてないかは気になってた所だし」
「……」
この男はなぜ毎度毎度、こちらのやることに首を突っ込みたがるのか。悪気が無い事は確かなのだが、少々鬱陶しく感じる。いいお節介というやつだ。
「別になんか企んでるってわけじゃねぇよ。ほら、さっきのやつはもう帰ったし、ついてこい」
バズに続いて先程までいた保管庫まで行く。その中へと入り、後ろて手でドアを閉じて鍵も閉めた。疚しい事をする訳では無いが、念のためだ。そもそも、自分が光属性持ちだと知ってるのは少数だし、無駄に広めたくはない。だが、あの二人には様子を伺う為にわざと教えた。結局得られる物は無かったが……
「それで、お前の見込みだとどうなんだ?」
「……どっちの話ですか?」
「あ?どっちってコボルトしかないだろ」
流石に、あの二人を疑ってる事までは分かっていないようだな……まあいい。
「それは今調べれば分かる事です」
「そうか……」
鈍感なのか面倒くさいのか、バズはそれ以上言及せずに腕を組み、黙ってコボルトの死体を眺める。どちらがと聞き返した事を後悔していたが、気にしなくて良さそうだ。
そう思いながら、自分は死体の側に方膝をつきローブの袖を捲って右手をかざす。そして溜めていた光属性の魔力を抽出し、遠い昔に修得した、詠唱演算式逆探知魔術を無言でかけていく。白く光る魔方陣が死体の元に自動展開されると、分解された術式が自分の頭の中に流れ込み始めた。……一つ目は魔術ですらはない。ただ単の強い闇属性。コボルトが強い闇属性に表面上から侵食しただけだろう。つまり、人為的なものでは無い。しかし、まだ解読できていない術式が残っている。これは……
「……どうだ?」
「解析中です。黙ってて下さい」
予想以上に時間が掛かっているのを心配しているのかは知らないが、ただの思考の邪魔である。
この逆探知魔術は、使えば勝手に、どんな魔術を掛けられたのかが分かるけではない。使用された魔術の、バラバラになった術式が分かるだけなのだ。だからパズルのピースのように一つ一つを正しい位置。つまり順番に直して更に詠唱に戻す必要がある。しかも何を詠唱したのかが分かるだけなので、何の魔術でどんな効果があるのか。それを知りたければ、逆探知をかけている個人がその魔術を知っていなければいけないのだ。つまり、自分の知識量にかかっている。
しかし、この術式達には一貫性が無く、詠唱単語に戻すのすら難しい。人生の中で大量に読んできた魔術の書の内容。その記憶の断片と術式を照らし合わせていく。当てはまるパターンを探し、その魔術を特定するだけ……
そして、あった。自分の頭の中にある一つの古い魔導書。そこにある一つの術式に、バラバラの術が当てはまる。この書は……
「……ありました。変撰の書、第五条三項一節。猛禽類モンスターの狂暴化及び能力の強制的な向上。名前は『バースト・オバークロック』」
バズにそう告げ、逆探知魔術を解除して立ち上がる。
「ええっと……それって……」
魔術名を聞いたバズは、困惑顔で訪ねる。
まぁ。特にこの分野の事が分かる人間はごく少数だし、バズなんかには全く分からないだろう。
「闇属性の、法律で禁戒魔術に登録されている黒魔術の一つ。過去に魔属が大量のモンスター達に掛け、国を幾つも滅ぼした魔術。知っているだけで死刑にされるような、おそらく魔属と僕のような特殊な人間だけが知る魔法です」
「……本当かよ……それ……」
発言の通り、信じられないとでも言うようにラージェストコボルトから一歩後退る。自分でも信じられない。しかし、間違いない事実なのだ。なぜこの魔術が使用され、あの二人と出会ったのか。
魔術を掛けた人物の、意図を知ることはできない。
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