67 死体解析
「す、すいやせんでした姉さん……!!!」
「まずは姉さんって呼ぶの止めてくれないかしら?」
体をくの字に曲げて勢い良く謝る大男を、エレナさんは軽くあしらう。
「それと謝るべきはお客さんの方でしょう?あと、夜だから静かにしてちょうだい」
「は、はい……エレナさん……」
プロレスラーみたいで威圧感バリバリのローグだったが、エレナさんに怒られションボリしてしまう。
というかローグとか言う大男、一体何者なんだろうか。街の門で見かけた時は積み荷がどうやらって言ってたし、商人とかなのだろうけども……エレナさんと知り合いのようだけど、姉御って……
そんな事を思っていると頭を下げたまま微動だにしないローグを見かねたのか、エレナさんは優しい顔になってその肩をポンと軽く叩く。
「……ほら。もういいから、顔を上げてしっかりとお客さんに謝んなさい」
「はい……」
のっそりと上体を起こすと、しりもちをついたままの客の方に向き直り再度頭を下げる。
「すっ、すんませんでしたぁっ!!」
「は、はひぃ!もう大丈夫ですぅ~」
ド迫力で謝られ、お客さんは逃げるように階段へ走り駆け昇っていった。あんな入道雲みたいな男に勢い良く迫られた(謝られた)らああもなるか……
「……それで、今夜はどうしたの?泊まるんだったら、部屋は用意出来るけど」
「いや、自分の馬車は街道にあるのでそういう訳じゃ……ただ、折角アデネラに来たので挨拶だけでもと……」
「あら、だったらお茶くらいしていきなさいよ。折角来たんだし、準備するから食堂で待ってて頂戴」
「はい……」
そう言うと大男は食堂のドアを開けて中に入って行った。
それを見送ったエレナさんが、入り口付近で固まっていた俺と凛に向き直る。
「ごめんなさいね。ああ見えて、本当は大人しいくて優しい子なのよ?」
「「そ、そうですか……」」
どう見てもただのわがまま乱暴者だが……
エレナさんの前では凄く大人しかったけど。
「……常連さん……ですか?」
俺がそう聞くと、エレナさんは頬に手を当てて考える仕草をする。
「そうね……あんまり泊まった事は無いけど、常連と言えば常連かしらね。よく挨拶に来るわ」
だから食堂の位置とか知ってたのか……で、なんで姉御って呼ばれてたんだ。まさか実の姉って訳じゃないだろうし。
いろんな妄想を膨らませていると、不意に凛が呟く。
「姉御……極道……」
なんでそうなるんだよ……他になんかあるだろ。
すると、エレナさんは首と手をブンブン振って否定する。
「べ、別に危ない関わり合いとかしてる訳じゃないからね?!あの子は普通の商人だし、昔王都で困ってる所を助けてあげた事があったからお姉さんとかそんな感じで呼ぶようになっただけで……」
へぇ……一回助けただけであそこまで敬われるとは、よっぽどの窮地を救ったのだろう。それに姉御と呼ばれる理由もなんとなくわかった。姉御って呼び方は珍しいけど、優しいし、お姉さんっぽいもの。
「わ、私もエレナさんが悪い人みたいに思ってる訳じゃないですから !!」
凛も手を振って否定する。勿論俺だってエレナさんが悪い事してたなんて思ってない。
「そ、そう……分かってくれたならいいけど……」
そう言ってエレナさんは物憂げな表情で、しばしローグの消えた食堂の方を見つめ「いろいろあったのよ……」と呟く。しばし沈黙すると、ハッとなって視線をもどす。
「あ、ごめんなさい。時間取らせちゃって。明日は大仕事なんでしょう?だったら体を早く休めないとね」
「ええ、早めに寝るようにはしますけど……」
荷物を置いたらレイミーと回収班の所に行って、その後に風呂にも行くから寝るのは十時ごろだろう。
まぁ、夜行性の俺と凛にとっては早い時間か。
「じゃあ、私はローグの相手をしてくるから、また明日」
そう言ってエレナさんは食堂のドアを開けて中に入って行った。さてと……自分達もレイミーと待ち合わせしてるし、さっさと準備してここを出るか……
∗∗∗
買った装備品や身に付けていた武器等をに自分達の部屋に置き、代わりに巾着袋に風呂の用意を入れてタオル荘を後にした。
そのまま馬車の並んだ大通りをしばらく歩いて中央広場に行くと、ギルドの窓から漏れるランプの明かりに浮かび上がる、小さな人影を見つけた。レイミーだ。
「ん、来ましたね。そろそろ施設が閉まる時間ですし、早めに行きましょうか……」
俺と凛はレイミーについて中央広場を渡り、ギルドのすぐ横の大通りを進む。大して広場から距離はないので数分ほど薄暗い通りを歩いていると、一際大きいレンガ造りの建物。回収班本部の建物が見えてきた。背が高いので、ここからでもよく見える。するとレイミーが話し出す。
「風吹さんと凛さんが倒したラージェストコボルト。聞いた話によると相当変わった個体だとか……それに、バズさんが「よくこんなの倒せたな」って驚いてましたよ?」
まあ、こっちも無事ではなかったが……
凛に吹っ飛ばされたのもあるけど、死の危険を感じたのはあれが初めての事だった。
「……そんなにか?」
「ええ。上級者レベルのクエストに出てくるモンスター程の強さだと言っていましたから……」
俺達駆け出しなんだけど。
「それだけお二人の実力があるという事ですよ。とにかく、詳しい事は中に入って、その道の人達に聞きましょう」
話しているうちに建物の前に到着していたようだ。
レイミーに続いて大きな木の扉をくぐり中へと入る。
∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗
「なるほど……これは興味深い個体ですね……」
「だろう?普通に生きてちゃあ、絶対こうはならねぇ」
建物の一階。いくつかの扉を抜けて通された体育館くらい大きい部屋。部屋の中に沢山置かれている背の高いの棚には様々な肉や骨、角や毛皮などのモンスターから獲れる素材が沢山並んでいる。どうやら保管庫らしい。しかも素材を腐らせない為か、非常に寒い。冷房……は無いから魔法かなんかだろう。
そしてこの部屋の中央に横たわる首を落とされたラージェストコボルトの死体を、俺と凛とレイミー。この施設の人一人とバズが囲んで見下ろしている。
羊皮紙の挟まったボードを片手に持つ回収班の人が、淡々と説明を初める。
「このラージェストコボルト(LL)は全長3.5メトラ体重213トーン。通常の者より1.6倍程大きく、筋肉量は通常の2倍程。尚、体内には『闇属性物質』が蓄積されており、それによって体の変異が起こった可能性があります」
「だから私の放った火球も全然……」
「ええ。凛さんの魔法でも、相手が闇属性となると殆ど効果はないですからね……」
おかげでエライ目にあった。
「闇属性ねぇ……どうやって摂ったんだか……」
床に置いてあるLLコボルトの頭に向かって、バズは眉をつり上げながらそう言う。
「無属性のモンスターが闇属性を持つには、強い闇属性を放つ物体の近くにずっといるか、闇属性の物質を食べる。もしくは呪い系統の高等闇属性魔術を受けた時くらいですからね……」
「んな闇属性の物なんてあの辺りにねぇぞ?」
「だから問題なんですよ……」
あの……このLLコボルトがデカくて闇属性って事しかよく分からないんですけど……
そう思ってると、回収班の青年が俺の肩をトントンと叩いて質問する。
「何か他に戦っていて他のモンスターと違う。と思った事などはありませんか?」
違う事ね……デカくて凛の魔法が効かなかったってのと……
「盾を持ってました」
「……!」
凛が答えるとバズと青年が無言で驚く。ええっと、後は……
「俺の放った矢を回避した」
「はぁ?!」「はい!?」
嘘だろとでも言いたげに俺とLLコボルトを交互に見る。……いや、他に何か言ってくれないとこっちも反応に困るんですけど……
するとレイミーが口を開く。
「風吹さんと凛さんは嘘つきませんよ。事実です」
「じゃ、じゃあ死体の近くに落ちてた木の破片は……」
「それだと思います」
それを聞いても半信半疑のようで、首をかしげながら羊皮紙に文字を連ねていく。
「矢を回避したというのも……」
「ああ……近距離で避けやがった」
「……そうですか」
そう言いながら文字を書く青年の横で、バズはツルツルのスキンヘッドを右手でさわさわしながら「そりゃあ……ぶったまげたなぁ……」と呟く。
「ほんと、駆け出し二人でよくこんなの倒せたなぁ……」
まあ……一応チート持ちですし?
俺はあって無いようなもんだけど。




