66 衝撃の始まり
カフェ店内にて……
「いやぁー旨かった旨かった」
「行儀が悪いので、席でだらけるのは止して下さい……」
椅子の上ででグデっとなったカイトをレイミーが窘める。
今はみんなハイギョとかいう魚の蒲焼きを平らげ、水を飲んで一息付いている所だ。
「久しぶりの魚料理。美味しかったです」「ああ。美味しかった」
「うん……こんなお魚料理久しぶり……」
……引きこもってた凛のことだから、大方いつも即席系以外は食べて来なかったのだろう。悲しいと思った方がいいのか、しょうがないと思った方がいいのか……
「はは。喜んでくれたんだったら、何よりだねぇ」
おっちゃんは機嫌を良くしたのかポットを持ってきて、コーヒーを並々と皆のカップに注いだ。
「ちょいと世間話に付き合ってくんねぇか。コーヒーはおごるから。」そう言っておっちゃんはもう一つ椅子を持ってきて、背もたれを前にして腰かける。
「どうだい。最近ハンター業の方は上手くいってるかい?」
「ま、いつも通り。普通ってところさ……この二人も、もうちょいで一人前にできるってところだったんだけど……まぁ、いろいろあってな」
そう言ってカイトはコーヒーをすすっていると、おっちゃんは驚いたと言うように俺と凛の事をまじまじと見てくる。
「おや。じゃあ君たち二人が例の……ほぉ」
おっちゃんが首をゆっくり縦に振る。
「あの……何かあるんですか?」
「いやぁ。久しぶりにこの街に新しいハンターが入ってきて、それがまた新人なのに結構腕がいいというから、ちょっとした噂になっていてね」
へぇ……そんなに俺たちの話が出回っているのか……ここまで届いているとは、ちょっと意外だ。
「まぁね。ここにはハンターが結構来るから、情報がよく入ってくるのさ。ほいで、最終試験のクエストどうだった?」
どこまで知ってるんだこのおっちゃんは……
そんな事を思いつつ、今日俺と凛が体験したことをざっくりと説明した。
「ほぉーそりゃ災難だったなぁ……じゃあ回収班の人が言ってた「おかしなラージェストコボルトの死体」ってのがそれかな……まぁ無事に帰ってこれたみたいで良かったよ」
あまり無事とも言えなかったけども……
「その人たち。コボルトについて何か言ってましたか?」
レイミーがそう訪ねると、おっちゃんは「いいや。なんとも」と首を横に振りながらそう答えた。……まぁ、あのコボルトの事は気になるし、どの道回収班のところに行くことは変わらないが。
そういえば回収班の建物の場所は知っているけど、行ったことは無いな……レイミーに一緒に来てくれるといいんだけども……
「どうします風吹さん凛さん。今日中に回収班の施設に行ってみます?」
レイミーがそう言って俺と凛を交互に見る。レイミーの方から言ってくれたのなら、行くっきゃない。
「じゃあ。頼む」「私も気になるし……」
「では、また後で行きますか……」
皆揃ってコーヒーをすすり、しばし店内に静かな時間が流れる。
「……で、明日の作戦の方はどうなんだい?」
それも知ってるんだな……
「大丈夫さ。作戦通りにいきゃ勝てるっていうし、俺の見込みでも勝てねぇ戦いじゃないとは思う。……まぁ未知の相手だし、正直不安はあるけども……」
「そうかい……ま、俺も街の人達だって、あんたら方を信じてるから、そこまで心配しちゃいないさ。明日は頑張ってくれよ……」
そう言っておっちゃんは椅子から立ち上がり、からになったポットの代わりに小さな羊皮紙を持ってきた。
「長らく引き留めて悪かったな。ほい、お勘定」
残ったコーヒーを飲み干し俺達は席を立った。
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「それじゃあ。また後で」
「分かった。じゃあカイトとイリーナさんはまた明日……」
カフェ(?)から出た俺達はお互いに軽く手を振って別れを告げる。
レイミーとは荷物や装備を置いてからギルドの前で待ち合わせなのだが、カイトとイリーナさんは来ないというのでここでお別れなのだ。
「おやすみなさい。また明日ね」
「しっかりと準備はしとけよ。じゃあまたな」
「ああ。じゃあまた明日」
「おやすみなさい」
そう短く交わしてから別れ、レイミー達と反対の方向に歩き始める。
日が沈んで殆どの店の明かりは消え、すっかり暗くなったキラーナ通りには人影がない。晩飯を食べ終わるくらいの時間だし、皆家に帰ってしまったのだろうか。
そんな事を考えながらキラーナ通りを抜けて大通りに差し掛かる。大通りには相変わらず馬車が列を成して並んでいる。停車した幌馬車の中から漏れる淡い光が並んで、少し幻想的だ。そして馬の方はというと、地面に敷かれた藁の上で横になって休憩しているようで。
……いつもなら全部馬は馬屋に入り商人は宿に泊まるのだが、ここにいる人達は入れなかったのだろう。馬車が道に敷き詰まるほど、街の許容範囲をオーバーしているのだ。当然か。
「大変そう……」
凛が小さな声で呟いた。大変なのは確かだろう。俺だってそう思う。こんな状態で宿にも入れず、商人達はみんな窮屈な路上で足止めをくらっているんだし。
しかし、大変なのは商人だけでは無いだろう。このアデネラの街は交易、流通の中継地点。街に沢山馬車を受け入れ、交易することで成り立つ街なのだ。街の第一産業が二日間とは言え完全にストップするのだ。様々な店や企業が打撃を受けた事だろう。
「……ま、どれもこれも。蟻のせいって言ってもいいな」
「そうだね……」
明日の作戦が失敗でもしたら、この人達はまた足止めをくらうだろうか。いや……作戦が失敗したら、街自体が無くなってしまうのか……
沢山の人がいる筈なのにひっそりと静まり帰った大通りを抜け、タオレ荘のある通りへと向かった。
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薄暗い大通りを暫く歩き、タオレ荘のある道までたどり着いた。ここは宿屋が多いので、他の所よりもいくらか明るい。
取り敢えずタオレ荘の前まで行ってドアを開けようとするが……
「───あぁん?!いねぇだと??」
扉の向こうから、男のくぐもった声が聞こえてきた。うわぁ……入りたくねぇ……
でも、いつもお世話になってる家主さんが絡まれてるのなら、放ってはおけない。恐る恐る扉を開け、凛と一緒にタオレ荘の中を覗きこむと……
「い、いや。ぼくはなんも知りませんしただの客の一人ですから……」
「お前入れたってことは家主何処に行ったか知ってるだろ!!」
中には理不尽な事を言う、いつしか門で揉めていた大男。そして見たことない、たぶんタオレ荘の客も一人であるひょろっとした一人の被害者男性。
「「……」」
凛の頭を引っ込めさせ。俺も下がってパタンと扉を閉める。
「……裏口ってあったっけ?」
「介入はしないんだね……」
自分から問題に突っ込んで行きたくはない。
凛の方も関わりたく無いようで、暫く音だけ聞いて様子を伺う。……流石に暴力に発展したら止めには入るつもりだ。つもり。すると……
「こんばんは」
「「わっ!!!?」」
いきなり後ろから声をかけられ、凛と共に声を上げた。30センチくらいは浮いたんじゃないか。
「どうした……の?聞き耳なんか立てちゃって」
振り向くと、そこには子首をかしげ、心配そうな目で俺を凛を交互に見つめる家主さんがいた。俺が状況を説明しようと口を開くと……
「ああ??!!てめぇ今何つった?」
「な、なななんも言ってませんよぉお……」
説明しなくても、エレナさんは状況を把握したようで。
「ま、まさか……」
心当たりでもあるような反応だったが……
そう思ったつかの間。エレナさんはパッと動いて扉を押し開け、タオレ荘の中へと踏み入れる。俺達も後に続いて中に入った。
目に入ったのは大男がひょろ長男の胸ぐらを両手で掴んで持ち上げた所。そして……
「こらっ!!ローグ。その人を今すぐ下ろしなさい」
エレナさんが勢い良くそう怒鳴ると、ローグとかいう大男はビクンと跳ね上がり、男のシャツを握っていた両手を離した。持ち上げられていた男は物理法則に従い、地面に落ちて反動でしりもちをついた。
そして大男が額から一筋汗を流し、セレナさんに向けて放った言葉は……
「あ、姉御!!」
え…… ?マジですか。




