65 喫茶店レストラン
「だいぶ……変わった人だったな」
「いつもあんな感じの人なんですよ……かなり難しい学問の一つである高等魔法薬学に長けていて、頭も良い人なんですけどね……」
「それって、どれくらい凄い人なんですか?」
凛が興味あり気にレイミーに訪ねた。
「そうですね……高等魔法薬学となると、修得しているのは余程頭のいい人だけですし。高等魔法薬剤師だって、王都にも指で数える位しかいないような存在ですからね……」
それ普通に凄い人じゃん。
天才ほど変人だ。というのは、ああいう事なのだろうか。
というか……
「カイト何処に行った?」
キラーナ通りを見渡してみるが、人混みにカイトの姿はない。レイミーが背伸びをしてキョロキョロと辺りを見回す。失礼だけど、その身長じゃ無理だと思うが……
「何処まで逃げて行ったんですかね……見あたらないです……」
案の定、レイミーは直ぐに諦めてため息をつく。するとイリーナさんが……
「どうせ歩いてるうちに見つかるでしょう。時間もあんまり余裕無いし次に行かない?」
そう言ってイリーナさんは先立って歩いていってしまう。なんとなく自然な理由には聞こえるが、イリーナさんがカイトを無視してるだけだ。……こんなのがずっと続いてたら、そろそろこっちまで懲りてきそうだ。
イリーナさんはどんどん先に行ってしまうので、俺達は仕方なく後について行った。
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そしてカイトがいないまま道具屋、武器屋と回って俺は矢を沢山買い込み、凛は研磨剤等を買ったりして明日の準備を整えていった。レイミー達は普段からある程度買い置きしているらしく、さして何かを買うことは無かった。
財布が軽くなり日も傾きかけてきた頃。他の人達も買い物が済んだのか、人通りの少なくなったキラーナ通りを大通りへ向かって歩いていると……
「おーい !!」
背後から聞き馴れた声が掛かる。カイトだ。
振り返ると、カイトが駆け寄って来るのが目に入る。
「やっと合流できた……ったく、どこ行ってたんだ?」
いや、どっかに逃げてったのはお前だろ。
俺の……というか、この場にいるカイト以外全員が思ったであろう事を、レイミーが代弁する。
「どこかに行ってたのはカイトさんの方でしょうに……いったい何処まで逃げてたんですか?」
「いや……キラーナ通りを抜けて、もう一つ先の市場の近くまで……」
キラーナ通りはそこそこ大きな商店街だし、市場だってここから距離はある。あの場所から市場まで行こうとすると、走っても10分はかかるだろう。どんだけ逃げてるんだか……
それを聞いたレイミーは「はぁ……」とため息をついた。
「まぁ、日が暮れる前に合流できて良かったです」
レイミーが今日買った幾つかの物を手渡していき、最後にポーションを差し出す。すると、受け取ろうとしたカイトが手を止めて、エメラルド色の液体が入った小瓶を訝しげな目で見つめた。
「……あいつ。また変な物入れてなかったよな?」
「大丈夫ですよ。ずっと目の前で見てましたけど、関係無い物は入れてませんでしたよ……」
カイトはそれを聞いて安心したのか「それなら大丈夫か……」と言いながら腰のベルトに装備する。
……てか、関係無い物って?
「なあ……関係無い物ってまさか……」
「ああ。そのまさかだ。特に俺に対して、関係ない薬物を混ぜてきやがる」
完璧に犯罪だ。本当に大丈夫かあの店……
異物でも入ってるのかと自分の小瓶を夕日に透かしてみるが、固形物は確認できなくても素人の目には良いのか悪いのかサッパリだ。
「風吹さん達のも大丈夫ですよ。しっかり見てましたから」
「そ、そうか……なら良いんだけど……」
監視してないと何を入れられるか分からないポーション屋なんて二度と行きたくない。突如爆発に巻き込まれる店にもだ。
するとイリーナさんが。
「ま、カイトくらいにしか入れないでしょうから、気にする必要は無いと思うわ……あそこでしか買えない物以外は、他の店で買うのをおすすめするけどね」
「そ、そうですか……」
次あのポーション屋に入る時は、身の安全の為にもレイミーに付いてきてもらおう……
そう心に決めた俺は、夕日に照らされたキラーナ通りを見てから、今は何時だろうと懐中時計を取り出す。文字盤を見ると6:30を回ったとこだった。ろそろそろ夜ご飯を食べてもいい時間だ。
俺の行動を見てか、レイミーが先に切り出す。
「どうします?時間も時間ですし、この通りで済ませていきますか ?」
「構わないけども……」
道具屋の多いキラーナ通りにレストランとかあっただろうか。
「じゃあ、折角ここまで来たんですしあの店まで行きますか……」
∗∗∗∗∗
疑問に思いながらレイミーに続いて薄暗いキラーナ通りを歩いていると、例の服やさんの前で立ち止まった。あれ、ってことは……
「おう。久しぶりだねお兄さんお姉さん方。今日も服解に来たのかい?」
服屋の向かいにあるカフェ。その店先から恰幅のいいおっちゃん店主が話しかけてきた。
以前、凛とイリーナさんを待ってる時に入ったお店だ。
「いえ。今日は装備品を買いに来て、その帰りに夜ご飯も。と思いまして……」
「おお、そんなら良かった!!今日新鮮な素材が入ってるんだよ。ほら、入んな!」
嬉しそうなおっちゃんに促されながら、俺達は暖かい照明の灯ったカフェの中に入った。
カフェの中は現代にもある洒落た喫茶店と言った感じで、少し見慣れた内装をしている。カウンターテーブルの奥には棚があり、珈琲豆の入った瓶などが並んでいる。そしてその前には何と言ったか忘れたが、二三種類のコーヒーを入れる道具が並んでいた。
「好きなテーブルについといてくれ。直ぐにコーヒーとか用意するから」
そう言っておっちゃんはカウンターの中に入ってせっせと準備を始めた。取り敢えず俺達は適当なテーブル席に座った。
「カフェなのにディナーもやってるんだ……」
凛がそう呟き、脇に置いてあったメニューに目を通す。俺も横から覗いてみると軽い物だけではなく、しっかりした食べ物もたくさんあるようだ。ちょっと珍しいかもしれない。
「ええ。どうせなら、レストランみたいにしっかり食べられるカフェにしようと思ったんでね」
おっちゃんがコーヒーをテーブルに並べながらそう言った。それだとカフェというより、最早レストランなんじゃないか……そう思っていると、おっちゃんはガハハと笑い。
「まぁ兄ちゃん。細かい事は気になさんなって。で、注文はどうする?オススメは今日入った魚料理だけども」
そうだな……魚料理なんて異世界に来てから食べたこと無いし……
「じゃあ俺はそれでお願いします……皆は?」
凛やレイミー達もうなずいた。それを確認したおっちゃんは「ほいじゃ。出来上がんの楽しみ待っててな!!」と言いながら、カウンターの更に奥のスウィングドアの先に消えた。
取り敢えず目の前のコーヒーを飲んで一息つくと……
「あーあ……にしても、今日もいろいろあって疲れたなぁ…」
そう言ってカイトが、ぐたりとテーブルに体をもたれかける。
「今日は買い物以外。風吹さん達の帰りをギルドで待っていただけじゃないですか……」
「……精神的な問題だよ。緊急事態とかさ」
……確かに今日はいろんな事があって、俺もいつもより疲れた。まぁ、大体緊急事態……蟻のせいなんだけども。クエスト中もそうだったが、会議中にもだいぶ精神力を削られた。
「そうだな……それに、今日は悪いことばっかりだったし……」
そう言いながら、俺も今日の出来事を振り替える。
最終試験に行こうとしたら少女に突っ込まれたり。最終試験のクエストに行ってみれば、謎のやたら強いラージェスト(LL)コボルトが出てきたり。先制しようと思ったら風向きのせいでバレ、そして追っかけられてる時に凛に誤爆され。そんな事がありながもなんとかLLコボルト倒したが、自分も倒れて。そして、そして……
昼にあった事が頭に浮かび、思わず顔が熱くなる。
「……なんだ?どうかしたのか?」
カイトが俺の顔を覗きこんできた。
「い、いや。なんでも……」
と、とにかく。悪いことだらけの1日でもなかったかもしれない。いや、悪いこともあれでチャラかな……
すると不思議そうな顔をしているカイトの前に「お待ちどうさん!!ハイギョの蒲焼き!!」とおっちゃんが、美味しそうな湯気の立ち上る皿を並べていった……




