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61 丸(まある)いアデネラ守るため


 レイナさんは、表紙に『超危険生物対策書』と書かれた分厚い本を捲りながらぼやく。


「そもそも、蟻と戦った例が少なすぎるのよね……」


「……そんなに珍しいモンスターなんですか ?」


「ええ。百年に一度、現れるか現れないか位かしらね」


 運悪いな俺達……


「最後に蟻の襲撃にあった街は113年前。巣の存在に気づかず、蟻の存在に気づいたのは一斉攻撃が始まってから。街は20メトラの城壁に囲まれていたものの、意味を成さず街内に侵入。数の多さ故に……」

「待て待て待て」


 レイナさんを遮るようにカイトがそう言って手を上げた。


「20メトラの城壁って、この(アデネラ)と一緒じゃねぇか ?」


 それを聞いて他のハンター達が顔を見合わせていると、次にレイミーが手を上げた。


「壁が意味を成さなかった。というのは崩したとか下を掘ったでは無く、普通によじ登った。という事ですか?」


「ええ。壁に張り付いて、普通に登って来たって」


 それを聞いて、皆に動揺が走る。


「マジかよ……」「チッ……」「第一級危険生物に指定される訳ですね……」


 ……デカくなっても俺の知っている(アリ)と同様、壁とかは楽々登れるみたいだな。すると、イリーナさんが


「……での、私達の場合は襲撃前に巣を発見してるし、100年前と違ってハンターの技術力も上がっているはずよ。だったら……ねぇ」


 まぁ、昔と違って簡単にやられる事は無いと思うが、壁が無いも同然というのは変わり無い。ということは数も強さも未知数の相手を、街の手前で全て食い止めないといけないという事だ。


「あの、具体的に蟻って、どのくらいの強さと数量なんですか?」


 俺も手を上げてレイナさんに問いかける。

 ……1匹倒すのに10人必要ですとかだったら、確実に無理ゲーだぞ。


 レイナさんが首をかしげて考え込み、俺達が答えを待っていると……『コンコンッ』と部屋の扉がノックされ「入るぞ」と、くぐもった威勢のある女性の声が聞こえてきた。……この声は……あの調査団の人かな?


「どうぞ」とレイナさんが言うと、予想通り部屋に入ってきたのは調査団の美人さんだった。

 皆の注目が彼女に集まると、一歩前に出て口を開く。


「……先ずは名乗った方がいいな。知っての通り私は王都より派遣された調査団のリーダー。名前はフィナ・レミントンだ。早速で悪いが、状況は切迫している。状況を説明させてもらうぞ」


 そう言って彼女(フィナ)が机に近寄り、どこからともなく取り出したピンのような目印を、広げられた地図の上に並べ始めた……



∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗



 「以上、青ピンとそれを結んだ青糸が巣の(ふち)。赤ピンが主な蟻の分布だ」


 円形のアデネラの街。その右側、つまり東方面の草原地帯に、街の半分はありそうな程の大きな青い枠。巣が作られ、そこからは数本の細いラインが伸びている。恐らくこれが支線とか本線なのだろう。そしてその中には、複数の赤ピンが並べれている。


 それを俺達皆は、机を囲むようにして立って眺めている。……なんか、いかにも作戦会議って感じだな。

 

「……数は約1300匹はいると推定される。残してきた調査団員が今も探索中だから、じきに正確な数が出るだろう」


 予想以上の規模に絶句し、誰もが黙って机上の地図とその上に置かれた多数のピンを凝視して固まる。

 フィナさんは相変わらずの淡々とした男口調で説明を続けた。


「……そこまで絶望する状況ではない。蟻が強いとされるのは、一個体の強さよりもその数と集団戦法にある。こちらがしかと戦略を立て、効率的に叩けば防げぬ事はない」


……と、そこで


「おい」


 不意に、一人だけ椅子に座って黙っていたハゲがそう言い、フィナさんが振り返る。


「何か?」


 ……なんか雰囲気が怖いんですけど。


「……うちのギルドの総員はだいたい600人。その内まともな戦力になって、参加できるのは多目に見積もって200人だ。一個体が大した事は無いといえ、第一級危険生物を一人で6匹以上は倒さないといけねぇ。いくらなんでもムリがあんじゃねぇか?」


「……問題ない」「根拠あんだろうな?」


 フィナさんがそう答えた瞬間、ハゲがそう言って 睨む。なんでわざわざ空気悪くすんだよこのハゲは……

 しょうがない。助け船と言ってはなんだけども。

 

「あの……一個体の強さって具体的にどれくらいなんですか ?強さによっては、六匹なんとか倒せるんじゃ……」


 意図を察したのか、フィナさんが俺の質問に答えた。


「……蟻自体の物理防御力と攻撃力は、中級モンスターより少し上。攻撃範囲も平均的。動きは素早い方だが、中級者以上なら対応できるくらいだ。注意すべき点は、物量作戦で来るという事。だから……」



「効率的に動かすために分隊を編成、上手く戦線を維持しながら各国撃破すれば、一人六匹くらい倒せるんじゃないか?」


 ピンの配置された地図(マップ)を見て、戦略ゲームみたいだなと思いながらそう呟く。……一対一で対抗できても、物量作戦で来るなら戦線は絶対維持しないといけない。囲まれたら終わりだもの。


「あとは、人数とかその人の武器種とか条件の兼ね合いも考えて……」


 そう言いながら顔を上げると……皆黙って俺の事を見ていた。……あれ、みんな何その目は。

 するとハゲが。


「……お前、元軍人かなんかか?」


「いや……別に……」


 適当に戦略の本とか読んだり、若干FPSに取り入れてただけです。フィナさんも若干驚きつつ。


「……ま、まぁ。私もそのような作戦を考えていたところだ。上級者ハンターを先に集めた理由もそこにある」


 フィナさんがそう言うと成る程、とハンター全員がうなずいた。どうやら何がしたいか分かったらしい。すると、カイトが俺の耳元で。


「なぁ、俺達が中級ハンターを指揮するって事でいいのか?」


 と小声で聞いてきた。……お前頷いてたのに分かってねぇのかよ。


「いや、指揮するっていうよりは、上からの命令を皆に伝えて分隊員をまとめるって感じかな」


「ああ~なるほど。まとまって動けば怖くないって事だな」


 ……なんか、勝てる相手だと分かった途端に、カイトがバカに戻ってきてる気がする。


「中級よりちょっと上なレベルだったら、イリーナの魔法とかで結構な数焼却できそうなんだけどな」


「あ、確かにそうですね。私の魔法でも……」


 ……確かに、凛とかイリーナさんの魔法は全力出すと半端ないし。もしかたら、案外簡単に済むんじゃないか。そんな事を思っていると……


「いや、魔法攻撃は意味がない」


 フィナさんがそう言い、再び注目が集まる。ずっと黙って難しい顔をしていたレイミーも静かに言う。


「相手は闇属性の外殻で覆われてます。お忘れ無いように……」


 カイトがそうだったぁ……と頭を抱えた。俺には訳がわからない。フィナさんが説明を初める。


「闇属性は普通の魔法を通さない。やるなら物理近接攻撃か、弓攻撃だな……特殊な光属性魔法という手もあるが、そんなのを使える珍しい奴などいないだろう?」


 ん?レイミーって光属性使えるんじゃ。 

 そう思って俺は凛と一緒にレイミーの事をチラ見するが、レイミー達は動きを見せない。……何か事情でもあんのか?


「……よし、では物理攻撃が主になるだろうから、魔法使いには別の仕事を任せる事になるだろうな」


 そう言うと、フィナさんは机か一歩離れ。


「作戦立案は調査団員から詳細連絡を受けてから行う。以上解散」



∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗


  

 解散と言われたものの、皆その場所から動かずに机の上に置かれた小さな宝石を見つめていた。どうやらこれが通話石という物らしい。正直この張り詰めた空気から解放されたいが、あの人混みの中に戻る気もない。


……それにしても、エライ事になったな……中級レベルのモンスターとは言え、6匹は倒さないといけないのだ。それに合計にして1300匹。一挙に出てくる事は無いと思うが、3~4メートルもある蟻が草原を埋めつくすのを想像するとゾッとする。机上の戦略では殲滅できそうなのだが、その数と第一級危険生物に指定されてること。その事を考えるとやはり不安になってくる。

 しかも、このままだと俺も一つの分隊を指揮する事になりそうだ。コミュ障では無いが、上手くやっていけるだろうか……



そんな事を考えながら通話石を眺めていると、腕を後ろに組んで天井を見上げていたカイトが。


「……そんなに固くなるこたねぇよ。いつも通りやってりゃ、なんとかなる」


 珍しくまともな事を言ったカイトに少し驚いたが、同時に確かにそう思った。


「そうだな……なんとかなるさ。なんとか……」


 俺がそう言った時フィナさんがニヤリとしたのは、俺の気のせいだろうか。

 いやまさか、そんな事は無いよな……そう思った瞬間、机上の石が発光した。





 


 










新章追加しました。

この第三章の名前と今回の脅威「(アリ)」。この2つで何のネタか察した方いらっしゃったら、それは天才です。

いずればらします。いずれ。



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