56 人間レーダーは脳がショート
時は少し遡り―――――――
見つからないように、でも出来るだけ急いで……
私はそう心の中で呟きながら、屈んで長い雑草を掻き分けながらLLコボルトとの間を詰めていると……
「……グォォオアアアアアアッッ ! ! 」
「……! ?」
突然、前方のLLコボルトの方から、お腹に響く程の大きな雄叫びが聞こえてくる。
私が配置についてから攻撃するって言ってたのに、どうして……まさか風吹が先に見つかっちゃたとか?でも風吹はそんなミスをする人じゃないし……
とりあえず頭をヒョコッと草の上に出して、コボルトの方向を見てみると……
「ふ、風吹!?」
なんと、風吹が矢を放ち終わった所だった。コボルトの右腕には矢が突き刺さっており、怒って風吹の方を向いて威嚇している。
……な、なんで ?本当に見つかっちゃったの!?
驚愕していると……ふと、気がついた。
「風が……止まってる?」
風が止まっているということは、コボルトが私の匂いに気がついてしまうという事。
だから風吹は注意を逸らすためにわざと……
屈みながら夢中になって、LLコボルトに隠密接近していたせいで全く気が付かなかった。
このままじゃ風吹が危ない。早く行かなきゃ!
そう思って立ち上り、駆け出した瞬間。風吹がもう一回矢を射る。けど、それは……
『ガッ……!!』
矢が固いものに刺さる音。つまり……
「ガードした……? !」
走りながら頭を回転させる。
……風吹が狙った所を外す事は絶対にない。つまりコボルトが矢を見切って、盾を動かして矢をガードしたという事。
でも、あの巨体でよくそんな反応速度が……
そう疑問に思っているなか、LLコボルトはもう一回吠え、風吹に向かって突進の体制に入る。私にとっては有利な状況だけど……風吹がマズイ。それなら……
「とりゃやぁアアアアッッ! ! ! !」
少しでも注意を逸らすため、声を張り上げながらLLコボルトの背中めがけて突進する。私の危険度は上がるけど、そんな事構わない。
しかし怒りが完全に風吹に向いていて、コボルトは私の方を見向きもしない。だったら……ぶった斬って気付かせるのみ ! !
初撃は抜刀斬り縦の振りを食らわせるために、大剣を背負ったままコボルトに突撃する。すると風吹は窪地へと滑り降り立って、窪地の縁に沿って逃げ初めた。私が直ぐに追い付くようにする為だろう。
でもあの足の速さじゃ、私が追い付く前にコボルトが先に……
しょうがない。こうなったら……
風吹に「回収するからあまり傷つけないように」と言われたけど、それで魔法を出し渋って風吹がやられちゃったら元も子も無い。
風吹とコボルトの距離が詰まっていくなか、私は体の中に貯まった魔力を精錬し、火属性へと変換。走りながら自分の右斜め前に激しい炎が揺らめく、大きな火球を出現させる。
本当はもっと魔力を込めて威力を上げたいけれど、風吹が巻き込まれないように控えめにした。されどLLコボルトを吹っ飛ばすには十分な威力。
「吹っ飛べ…………ブリーチングフレイム!!」
大声でそう唱え、右腕を前に突き出した瞬間。空中に浮かんで並走する火球の炎はより一層激しさを増し、体積を増やしたかと思うと私の狙い通り、コボルトの背中へと一直線に突き進み……
『ズッドドォォォオオオンンッッ!!!』
「……グ、グォオァアア!?!?」
LLコボルトの背中に命中した火球が炸裂、その周囲には炎とキノコ型の黒煙が広がり、周囲の雑草を折らんとばかりに揺らす。
……倒せはしないだろうけど、ダメージは十分に与えられただろう。これなら、風吹だって無事に……
そう思ってそのまま駆け寄ると、黒煙の中から凶悪な爪を振り上げた
「グォォオオオアアアアッッッ ! ! 」
「………なっ!?」
怒り狂った、ラージェストコボルトが……
∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗
「……かざ……くん…お…きろ………狙君…………風狙君 ! !」
真っ暗な意識の中。徐々にはっきりと、じいさんの呼び掛ける声が聞こえてくる。
……相変わらずうるさい奴だ。もうちょい寝かして……
そう思ったつかの間。
「……ブォォオアアッッ!!!」
腹を揺るがすようなコボルトの咆哮が聞こえ、瞬時に飛んでいた記憶が甦る。そ、そうか俺は凛の魔法に巻き込まれて……
すると今度は。
「とりゃぁああッッ!!!」
凄みのある凛の雄叫びと共に、金属同士が勢いよくぶつかるような音が窪地に鳴り響く。完全に戦闘中だ。早く俺も行かないと……
重い瞼をこじ開けると、先ほどと同じく投げ出された左腕とその周りの雑草達が目に入る。
「か、風狙君!?大丈夫か!?」「ああ……生きてるから、少し黙ってくれ……」
起こしてくれたのは有り難いけど、大声が頭に響くんだよ……というか、なんでそっちの声が届いてるんだ……
声を絞り出すようにしてそう言い、両手をついて上体をお越し、弓と共に傍らに転がっていた懐中時計に目をやる。
ミュートしていたのだが、どうやら飛ばされた衝撃で解除されてしまったようだ。
それにしても……頭が……痛い。
激しい耳鳴りもするし、物凄い吐き気もする。そのまま片膝を立てて立ち上がろうとするが、これ以上の力が入らない。視界が揺らぎ、ピントも定まらない。
「クソっ……脳震盪でも起きたか……」
……勘弁してくれよ。これでは弓矢をまともに扱えるか分からない。
凛も、もうちょっと手加減して欲しかった……まぁ、あのままでは確実にやられてたし、他に怪我とかは無いからいいんだけども。
とにかく、早く凛を援護しないと……
そう思いながら、素早く懐中時計を拾い上げ弓を持つ。
そして力を振り絞ると、フラつきながらもなんとか立ち上がる事ができた。爆風からの自然回復が早いのは、FPSの能力があるからか……
そんな事を思いながら、しっかりと立ち上がり戦闘音のする方を見ると……
凛とLLコボルトが、攻防戦を断続的に繰り広げているのが目に入る。
凛の大剣とLLコボルトの攻撃範囲はほぼ同じ。
凛は重い大剣を軽々しく振り回し、コボルトに重い一撃を次々と加えている。しかし、コボルトはあの巨体に似合わず素早い動き見せ、凛が振るう大剣をことごとく右手の長い爪や左手に持つ盾で受け流している。
それにコボルトの攻撃も凄まじく、鋭く長い爪を断続的に振りかざし、凛に防御を突破する力を貯める暇も与えない。
そして凛の攻撃を盾で防いでは爪で腹を掻き斬ろうとし、それを凛がバックステップで避けてはまた両者の攻撃が衝突する、という膠着状態が続いていた。
「なんであんなピンピンしてんだよ……」
コボルトはあんな大爆発を受けても、背中が軽く焦げている程度で大してダメージを受けていないように見える。これじゃあただ怒らせただけだ。俺が吹っ飛んだ意味も無くなる。
すると、じいさんが。
「……あのラージェストコボルト。何かがおかしい……?」
……確かに色々おかしい。爆発もそうだが、俺が動きが鈍くなるだろうと右腕に撃ち込んだ矢は、矢尻を体内に残して折れている。しかし、その尖った矢尻を右腕の中に残していても、LLコボルトは平気で右腕を振り回しているではないか。
それにもう一つ。あの巨体で、あれほどの反射速度は普通出ないと思うのだが……
「まぁいい……」
コボルトは背を向けていて絶好の攻撃チャンス。ここで俺の弓攻撃を食らえば必ず隙ができる。そうすれば凛がそこを突いて斬りこむ事ができる筈だ。
憎たらしくも今頃になって吹き始めた強い風を読み、なんとか目の焦点を合わせ、対象との距離を測り弾道を瞬時に予測。ベルトに付けた矢筒から矢を三本引き抜き、左手で構えた弓に一本をセット。
弦を引き絞って狙いを右腕につける。しかし……
「チッ……ぼやけやがる……」
思わず悪態をつく。
完全に体が回復しておらず、力を込めて弓矢を構えていると、視界が軽く揺れてピントがなかなか合わずに対象がぼやけてくる。だったら……
「敵は見えなくても、位置だけ分かりゃあいい……」
あえて、当てにならない視界情報を放棄して両目を瞑る。
そしてコボルトの位置を聴覚で把握、俺の位置含めた周辺全ての位置情報を頭の中で一気にシミュレーションする。
……ぼやけた視覚情報を見てるよりも、こっちの方がよっぽどいい。
そして、更にその位置情報に地形、風向風量の情報とコボルトの形状を重ね合わせ……
「……ここだ」
頭の中で完璧に狙いを定めた俺は、目一杯絞った弦を一気に解放。
『シュビィッッ……!!』
勢い良く放たれた矢は、風を切り裂きながら飛んで行く。
真っ直ぐ射た感触を確かめつつ、目を瞑ったまま続けざまに……
『シュビッッ!! シュビィィッ!!』
シュルルルッッ…………
立て続けに放たれた三つの矢は、俺の頭の中でコボルトの後頭部、右腕、左腕へ向かって、予想通りの軌道で飛翔して行き……
「……当たったな」
俺が呟いたその直後。肉に矢が刺さる鈍い音と、コボルトの咆哮が窪地に轟いた。そして、目を開けた先で驚愕するLLコボルトには、狙った部位全てのど真ん中に、綺麗に矢が突き刺さっており……
丁度良く、凛の振り上げた大剣をガードしようとしたLLコボルトの体制が崩れる。そして……
「でりゃやぁああアアアアアッッ!!!!」
凛の重い大剣の一撃は構えていた盾を弾き、LLコボルトは姿勢を完全に崩す。そして凛は、流れるような動作で回転しつつ横凪ぎ払い。それにより、コボルトが更にガードしようと突き出した爪も弾き……
そのまま斜め上に振り上げられた凛の大剣は勢い良く振り下ろされ。
ラージェストコボルトの首と共に、その命を刈り取った。
首を落とされたLLコボルトの死体は、背の高い雑草の中に沈み……
俺もその場でぶっ倒れた。




