SiDE-B
耳をつんざくようなセミの鳴き声が、時限爆弾のように目の前を通りすぎていく。
否。気づいていないだけで、それは本当に時限爆弾の音だったのかも知れない。そして、気づいていないだけで、それは既に爆発へのカウントダウンを刻む。
私はこの部屋にある唯一の窓から外の景色を見た。窓枠にあるのはぷらぷらとぶら下がる硝子の残骸だけ。そのうちの一つが落ちて地面で砕けた。
「嫌いになったわけじゃないのよ」
もう一度そう呟いて、視線を向ける。硝子の破片のように震える姿が妙に愛しく思えた。この硝子の様に砕いてしまいたい、とも。
眼には恐怖が浮かんでいた。でもその奥にあるものを私は知っている。希望だ。生きることへのではない。死ぬことへの希望。それを叶えてあげたいが、私にはどうにもできない。
「そんな目で見つめないで頂戴な」
そう言って頬を撫でる。指先がテープに触れる。何も言わない彼は私の玩具。否。何も言えないだけだが。
目の前の彼は椅子に縛られ、口には不釣り合いなほど可愛らしいテープが巻かれている。サンリオの中でも私が一番好きなキャラクター。愛くるしい猫の顔をしているが、実際のところどうなのだろうか。心の中まで愛くるしさを保つのは難しい。
「…そろそろ時間かしら」
私はそう言って、彼の頬に口づけた。その頬が涙で濡れる。
気づいたのだろうか、彼は。
腰に巻かれ、刻一刻と時を刻んでいる無機質な物体に。
壁にかかったコートを羽織り、外へと扉をあける。ああ。悲しいわね、人生って。
男として生まれてしまったのに中身は女。ちぐはぐな私。そんな私を愛してくれた彼。それ故に別れは早かった。
せめて彼が「もう一緒にはいられない」と口に出さず、そのまま消えてくれていたら。
私はこんなことせずにいられたのだろう。
耳をつんざくようなセミの鳴き声が、時限爆弾のように音を潜める。
否。気づいているだろうが、それは本当に時限爆弾の音なのだ。そして、気づいていないだけで、それは既に爆発の一歩手前。