こんなのは「小説家になろう」じゃない!
こんな恐ろしい夢を見たのです……。
──それは、近未来……。
投稿作品数50万、登録者数100万。
全国最大規模の小説投稿サイト「小説家になろう」。
そこに、ひとつの異変が起きた。
一人の芸能人が、自身の自叙伝を投稿したのである。
内容としてはいたってシンプルで、彼がどのような人生を歩み、どうやって今の地位にのぼりついたかを淡々と語るものだった。
しかし、これは大変な反響を呼び、多くのファンがこぞってユーザー登録をし、彼の自叙伝にポイントを入れまくった。
結果、彼の自叙伝はランキングに載った。
そしてそれは多くの人々の目に止まり、相手が芸能人ということもあって、みながポイントとともに感想を送った。彼は芸能人でありながらも、丁寧にひとつひとつを返信していった。
いつしか彼の自叙伝は総合で1位となり、以降、ずっと首位にとどまり続けた。
そこで目をつけたのが映画関係者である。
「あなたの自叙伝を、あなた自身が主役となって映画にしてみませんか?」
それは芸能人である彼にとって、願ってもないことであった。
主演としてスクリーンに映るというのであれば、断る理由もない。
「ぜひ」
彼は二言もなくすんなりと承諾したのだった。
「小説家になろう」の宣伝効果もあり、映画は大成功をおさめた。
ますます彼の自叙伝は1位に君臨し続けた。
「これは使える」
そう思ったのが他の芸能人たちだ。
彼らは我先にとその芸能人の真似事を始めた。
彼にならって自叙伝を書く者、エッセイに的をしぼる者、文学と偽ってブログの内容を書き込む者。
炎上商法まで企む輩まで出始めた。
とはいえ、誰もがテレビに姿を映す芸能人。
ファンも少なくはない。
それぞれについていたファン層が、こぞってユーザー登録をし、次々と投稿を繰り返す彼らの作品にポイントを入れていった。
その度にランキングの順位は変わり、それに負けじと他のファンも自分たちが応援する芸能人の作品にポイントをつけていく。
いつしか、ランキングは彼らの名前で埋め尽くされ、ファンによる壮絶なポイント合戦が始まったのであった。
そこで我慢ならないのが、以前からいた生粋のなろうユーザーである。
純粋にWeb小説を楽しんでいた彼らは、執筆の場を奪われ、外へと追いやられた。
とはいえ、彼らも懸命に物語を書いては投稿を繰り返した。
しかし、現実はひどかった。
芸能人たちのファンの多さにはかなわない。たった一人のファンだけでも12ポイントは入るのである。彼らの作品は、ブログのようなエッセイまがいの作品ですら上位に食い込んだ。
仮に、何かの拍子で生粋のなろうユーザーがランキング入りを果たそうものなら、芸能人のファンたちから罵声を浴びせられた。
「邪魔をしないでください」
「何も書かないでください」
「ここは一般人が投稿していい場所ではありません」
そんな辛辣な言葉が感想欄を埋め尽くした。
いつしか、このサイトで純粋な物語を投稿する者はいなくなっていった。
そして、ついには「小説家になろう」はその名前とは裏腹に芸能人御用達の自己PRツールとなってしまったのである。
これは芸能界全体にも多大な影響を与え、ベストドレッサー賞やベストジーニスト賞などと同じく『ベストなろう賞』なるものが作られた。
それに選ばれた芸能人は、大変な栄誉として喜んだ。
ファンの多さが世間的にも認められた証明となるからである。
ベストなろう賞に選ばれた芸能人はテレビやドラマ、映画などにひっぱりだことなり、一躍スターとなった。
ますます「小説家になろう」を利用する芸能人は増えていった。
そんな中、一人の救世主があらわれた。
芸能人でもなんでもない、一介の読書好きなサラリーマン。
彼は連載小説と言う体でひとつの作品を投稿した。
タイトルは『こんなのは「小説家になろう」じゃない!』。
その、挑発的なタイトルに多くのユーザーが憤りながらそのページを開いた。
あわよくば、文句のひとつでも書き込んでやろう。そう思いながら。
しかし、その内容はとても真面目なものであった。
自分たちが、いかに楽しく小説を書いていたか。
いかに楽しみに小説を読んでいたか。
そして、芸能人たちのブログのような作品が乱立している今の現状を、いかに悲しんでいるか。
丁寧に丁寧に、何話かに書き分けながら投稿していった。
始めは、辛辣なコメントが感想欄を埋め尽くしたが、彼は書き続けた。
メンタル面が強いのか、それとも、それ以上に彼らを許せないのか。
彼はひとつも返信することなく書き続けた。
そして、それに同調するかのように、生粋のなろうユーザーたちが彼の作品にポイントを入れていった。
始めはバカにしていた芸能人のファンたちも、彼の作品に心を動かされていった。
嘘偽りのない、真摯な言葉の数々。
そんな彼の作品に、次から次へとポイントを入れていった。
そしてついに彼は総合1位を獲得したのである。
それはまさに奇跡であった。
ファン層の厚い大物ぶった芸能人たちを、一介のサラリーマンが打ち負かす。
そんな大逆転劇に、人々は酔いしれた。
かくして「小説家になろう」は本来の趣旨に気づいた運営の力も加わり、芸能人たちの自己アピール作品は削除される運命となった。
『こんなのは「小説家になろう」じゃない!』の作者はこう語る。
「これは私だけの勝利ではない。小説が書きたいと願うみんなの勝利だ」
こうして「小説家になろう」はもとの小説が大好きな人々のサイトへと復活を遂げたのであった。
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数週間後、そんな作者に映画関係者から声がかかった。
「あなたの作品、映画にしてみませんか?」
作者はニヤリと笑いながら承諾した。
お読みいただき、ありがとうございました。
最後に言わせてください。
このサラリーマンは自分のことではありません!