エバがやってきた。
ゴードンは、日の出前に起きだして、近くの湖のまわりを散策するのを日課にしていた。赤道直下のタンバ国の燃えるような暑さとは、まったく無縁で、寒いくらいの朝に、ちょっといつも戸惑いながら、ムーミン人形をポケットに押し込んで、太陽の光が上っているのを眺めながら散歩をする。散歩といっても、ゴードンは速足で、駈けるように歩くので、普通の人がついてくることはできない。少し遠くに見える山までも、ほんのハイキングのように、いってしまう。
いつものレストラインで、サンドイッチか、スパゲティーとサラダを食べる。まだ、魚やエビは食べない。
レストランの扉をあけると、そこには、イスラエルのTEI社の留学生のエバがいた。MITを去る時に、特に、なんの挨拶もしないで去ったので、ゴードンが、フィンランドに行ったのは調べたのだろう。別に隠していたわけではないので、簡単に探りあてたのだろう。
ゴードンは、エバをみつけて、「おはよう」といった。
エバは、TEI-OU3023、TEI-OU4023,TEI-OU5023 も順調に生産されているといった。どんどん改良も加えられているとのことだった。
「バージルはすごいわね。TEI社の社員が、タンバ国に出張するときは、瞑想の研修を受けてから行くのよ」と、笑って話した。「タンバ国の人は、なんだか、不思議な人たちだよね。ゴードン、あんたも、3次元CPUを考えるなんで、不思議よね。タンバ国なんて、最近まで、電気も、鉄道もなかったんでしょ。」
「そうだね。僕たちの手元にあったのは、スマホと教育用タブレットだけだったんだが、それで、勉強したんだ。そうしたら、バージルやアランたちに出会ったのさ。」
「ところで、どうしたんだい、こんなところへ来て。」
「TEI社の社長命令で、ゴードンを見張れってさ。TEI社の社運は、ゴードンにかかっている。なんなら、技術部長として、採用してもいいと、言っていますよ。どうする?」
「どうするっていわれても」
「まあ、ゆっくり考えなさい。わたしも、ノンキアの研修生にしてもらったから、時間はたっぶりあるわ。社長がいうには、あんたがTEI社に就職する気がないなら、ゴードンの恋人か、奥さんになれとも言われたわ。あなたが望むなら、いっしょに寝てもいいわよ。」
「おいおい、今度は、色仕掛けかい。」
「だって、OU3023、OU4023、OU5023と順調に開発できているのも、タンバ国の君たちのおかげなんだよ。もし、君たちが、もっとすごいものを発明したら、TEI社としても、こまるから、君たちのことは、目がはなせないの。ハイッテイル社やメガソフトが、現在、どんなにパニックているか、知っているでしょ。」
「まあね。知っているから、逃げてきたのさ。」
「でも、ノンキア社だって、今は、メガソフトの支援なしには、やっていけない状態なんですよ。」
「すごい世界だね。」
エバは、コーヒーとサンドウィッチを食べた。ここのは、とてもおいしいといった。
いつも、おしゃべりのムーミン人形は、沈黙を保っていた。ゴードンが、レジに出しても、ほとんど無反応だった。
エバが、私も、そのムーミン人形がほしいわと言った。
ノンキアの社員が開発したものだから、彼が、いろんなものをもっているかもしれないと、ゴードンは答えた。
「じゃ、私、ノンノンがいいわ」と、いったが、ゴードンには、それが、なんなのか、判らなかった。




