研修生アランは、妖術使い?
工藤博士の家に招かれて、いっぱい、お寿司をたべたアランは、また、工藤博士の家に招かれないかと、期待が一杯だった。今度は、天丼を腹一杯食べたい。ウナギも食べたい。
工藤博士は、アダムス4世の最終調整に取り掛かっていた。アダムス3世の弱点だった、言語能力、言語解析機能を増強した。アダムス3世では、無かった目の問題、手の替わりになるマニピュレーターが取り付けられた。移動はできないため、子機となるシステムも開発して、アダムス4世の窓口として、活躍するものも開発された。
ロボットたちが、何万台、何億台、何十億台と増加するに従い、互いに意志というのか、空気というのか、得体の知れない何かが、存在し始めているような感覚を、工藤博士たちは、関心をもって見ていた。その関係で、インターネットへの接続は、まだ、見送られていた。
いったい、そこに何が起ろうとしているのかは、まだ、誰にも予測すらできないが、なにか、あるかもしれないという、意識化できない、なにかが、あった。
タンバ国には、伝統の文化、伝統の考え方があった。その伝統文化の上に、フランス語、英語、現代技術、コンピュータ理論が、組み合わさって、アランの人格が形成されていた。数十年前までは、電気もない辺境の国で、だれも、見向きもしなかった国で、国という存在すらなかった。それが、タンバ国の山から、優良な金属鉱山が発見されて、ゴールドラッシュで、注目されて、国家が形成されはじめたが、資源獲得のための傀儡政権が誕生し、国内の混乱をへて、現在の大統領が政権を確保しているという不安定さは否めなかった。現在も単独で、存在している国か問われれば、難しい問題が多い。微妙なバランスの上で、なんとか、成り立っているというべきなのだろう。
しかし、若い大統領の画期的国家戦略で、メキメキと国家は安定し、発展を遂げており、アフリカの優等生という名前を貰うになっている。
アランには、日本人にない、特殊な能力があった。動物を一瞬で手なずけ、動物の感情や意志を見抜く力があった。それは、タンバ国の伝統文化 狩猟民族の血であった。もし、アメリカに研修にいっていたら、きっと、インデアンというあだなをもらったにちがいなかった。
その感覚は、ロボットやコンピュータにも働くようであった。コンピュータの不調の原因や、車の不調、エレベータといったものまでにも、不調を探りあてる力があった。それは、論理的な力ではない。タンバ国の伝統的な祭りで、ライオンやキリンの祭りがあるが、その祭りで、人間が、ライオンやキリンになりきって、踊るというものがあるが、目の前のものや、周りのものをに、自分を同化する力でとでもいうようなものでもあった。病気をしている人間の病気自体もさぐる力があった。
研修生のアランが、工藤博士の家に遊びに来ているところに、工藤博士のおばあちゃんとおじいさんが、何の前触れもなくやってきた。
工藤博士のおばあちゃんもおじいちゃんも、のっぽで2mもある黒肌のアランをみて、おばあちゃんは、すっとんきょうの声を上げたが、研修生アランの対応は見事というほかはなかった。彼の行動は、まるでマジックのように、おばあちゃんの行動をフォローして、おばあちゃんのソファーに導き、冷たい水を差しだしていたのであった。ほんの一瞬で、どうして、そのような行動がとれたのか、誰にも、説明不可能だった。研修生アランは、分身の術が使えるのかもしれなかった。
それを見ていた、ハルは、どうも、気にいらない感情を抑えることができなかった。おしゃべりロボットのハルは、足も電動車輪で、手の動きも、人間の動作の5分の1から10分の1程度のことしかできない。敏捷に動くなんてことは、どうしてもできないのだ。
ハルは、ハルの目がとらえた映像を、スローモーションで再生しながら、研修生アランが、どのように反応したのか、いろいろ探っているるが、壁や柱、ソファーなど、視覚を邪魔するものが多くて、はっきりとした分析ができないのだった。
しかも、おばあちゃんが、ハルを横目でちらりとみて、研修生アランに「ありがとう」といったのだった。工藤博士もお母さんも、そして、おじいさんも、おばあちゃんの「ありがとう」ということばを聞くのは、何十年ぶりかであった。おかあさんは、工藤博士と結婚して、はじめて、聞くことばだったかもしれない。しかもその声は、おばあちゃんの声とは思えない 鈴をならすような澄んだ軽やかな声だったので、空気が一瞬、変化した印象すらあった。それほど、衝撃的であった。
ハルの天敵で、なんの役に立たない邪魔者呼ばわりした、あのおばあちゃんの信頼を一瞬で得てしまった研修生アランをなんとか、はやく、この家から追い出さずにはいられない感情が湧いてきたのには、ハル自身もびっくりした。ロボットに、そんな感情はあるはずもないのだが、しかし、なぜ、今は、それが確かにあるのだ。僕も、お寿司を腹いっぱい食ってやる。天丼を10杯食べてやる。そんな感情は、どうして、湧いてきたのかは、判らなかった。
ハルは、アランの感情は、自分の中に入り込んでいるのを感じた。アランには、ロボットに感情を発生させる何かの力をもっているのかもしれない。
それは、アランだけではない、タンバ国の国民なら誰でももっているありふれた能力かもしれなかった。
もし、タンバ国の国民が、その能力に意識的に気が付いて、その能力を意図的に駆使したら、ロボットの世界に、とんでもない変化が生まれだすかもしれないと、ハルはぼんやり考えた。
でも、これは、まだ、ハルの単なる錯覚かもしれないし、現実かもしれない。まだ、よくわからない出来事であった。よくわからないまま、ハルは意識を失った。そして、気が付いたのは、翌日の朝だった。単にバッテリーが切れただけだったのかもしれないが、それを自分で、フォローできなかったのだ。
あとで、聞いた話では、重たいハルを押して移動させて、コンセントにつないだのは、アランだったということだった。アランが、僕を触ったのだ。あのアランが僕に触ったのだ。
それを聞いて、なにか、判ったような気がした。きっと、アランは、僕が気が付かない内に、僕の部品を取り外したのだ。最先端のロボットの僕が、自分のバッテリーが無くなって動けなくなるという無様なことを行うわけがない。どうしても信じられないことだ。絶対、アランがなにか仕掛けたちがいないと思うのだが、それが、どのようなことなのか、まったく不明であった。
また、ハルはぼんやり考えた。ロボットに催眠術を仕かけたのか?まさか、ロボットに催眠術などかかるわけがない。まさか、妖術か、タンバ国の秘密の技か。すると、ハルの記憶の中のアランが、どんどん大きくなり、そして、風船のように丸くなって、空中にふわりとあがり、天井まで上がって、ハルをみて、にやりと笑った。この妖術使いめ。その妖術の化けの皮を剥してやる。
なんと、気が付くと、お昼の12時をさしていた。今朝の6時には、目を覚ましたはず。この6時間に関する記憶がほとんどないのだ。まるで、もやがかかった感じだ。このような現象は、いままで経験したことがなった。いったい、何がなにが起ったのか、ハルには一切説明できないし、このことは、まだ、工藤博士とお母さんにも相談できる状況ではなかった。




