ルル族の聖地
ルル族の話が、タンバ国でも、大きな話題になっていた。
アランもその様子をインターネットでみていた。
預言者ノーランの話は、ほんとうに7日間つづき、7日目にようやく終了した。
その内容は、宇宙全史、地球全史、人類全史というべき、内容で、ルルンバ山の麓にくらす数千人のルル族の伝統文化とは、まったく無縁のように思われたが、現在、ルル族が、行っている祭りや行事、風習の源流が、こじつけや創作とも思える強引さで、壮大の歴史に、源流があると、強調された。予言者ノーランは、ルル族の先祖は、宇宙のルリという星から由来しており、2億年前に、この地球にやってきたのだという。しかし多くの民族の神話にも、自分たちの祖先が、宇宙のはるかかなたの星である話は、みかけることのできることで、ルル族が、そう語ったからといって、不思議ではない。神話ではありがちなことだ。しかし、預言者ノーランは、神話にありがちな、大雑把な表現ではなく、宇宙かなたのルリ星の風景、文化、政治体制など、まるで、本当に存在していたかのように語ったのだ。
それによれば、当初、ルリ星は、荒野のように荒れ果てた星だったが、そこに人類が降り立ち、数億年の時をかけて、開墾し、文明を築き、ユートピアになったので、あらたな開墾の地をもとめて、この地球にきたのだが、ルル族以外にも多くの種類の人類が先にきていたので、ルル族は、その生存競争の中で、あまり力を発揮することができずに、今日に至ったということだった。しかしながら、他民族の交流の中、多くの若者が、その民族に混じって、活躍してきた例は、多数あると語るのだった。預言者ノーランによれば、地球で活躍した多くの宗教家、大政治家は、源流をたどれば、ルル族にたどりつくのだという。モーセ、イエス、釈迦なども、ルル族にそのルーツをたどることができる。現在の、ロシア、アメリカ、中国などに登場した多くの政治家もそのルーツをたどると、ルル族にたどりつくという。
預言者ノーランの語る人類2億年史を持ち出せば、この地球にやってきた最初の人類は、ルル族で、そこから人類が始まったといってしまえば、その理屈は、なりたつかもしれない。旧約聖書のアダムとイブは、ルル族だったと言い張っているようなものである。もしくは、地球生命の誕生をアメーバにその起源をたどれば、アメーバは、地球生命のすべての親であるというのと同じ、理論を持ち出しているようにも思えた。
タンバ国は、預言者ノーランの語ったこの話を、ルル族の伝統文化として保存すれば、一応の目的は果たしたことになる。もし、アメリカやフランスなどの国の文化人類学の研究者が研究をしようとすれば、その膨大さに、この話を解明するには、100年、200年、もしくは、500年といった膨大な時間と労力をかけないと、預言者ノーランが、語った内容は、理解できないようなものに思われた。
この7日間、ノーランは、自分の前においた小さな焚き火の前に座り続けて話をしたのだが、最初老人のように見えたノーランが、日に日にエネルギーが満ちて、若くなっていったのだ。その変化は驚くべき変化であった。さすがに、高齢なので、10歳、20歳と若くなるという感じではなく、普通の老人にしかみえなかったノーランが、知性と威厳に満ちた、そして、エネルギッシュな長老に変貌したという感じなのだ。
老人の老いという雰囲気が、消え、元気な老人、年齢不詳の老人になったというべきなのかもしれない。
あと、10年、20年は生きるかもしれない。そんなエネルギーに満ちていた。
8日目になり、ルル族のもっとも大切な聖地を、みんなにみせるといって、ルルンバ山に登り始めた。ルルンバ山は、アフリカ大陸内で10番目に高い山で、標高は、4000mを超えるが、その中腹標高2500mあたりに、その聖地はあるという。ルル族の長老たちも高齢化しており、もう、10年以上誰も訪れたものいない。預言者ノーランと長老達も、ほんとうに久しぶりの登山である。長老達も、元気あるものだけが参加した。バスで、道路のあるところまで行き、そこから、徒歩3時間の道なき道を進む。タンバ国の体力のある若者たちが、その登山をサポートするために用意された。長老達は、バスから10分ほど歩いた開けた地で、ルルンバ山を望み、ルルンバ山の山腹にこぶのように、盛り上がった場所が、聖地で、そこには、大きな洞窟があるという。
ついてきた長老達は、聖地までゆく体力はないということで、広場で、10分ほど、お祈りの儀式をして、バスに戻った。
預言者ノーランと研究チーム、映像、音声スタッフと若者達は、撮影機材、大量の電池などを背中に背負い込んで、登山を開始した。その洞窟はかなり大きなもので、日帰りでは調査しきれないだろうということで、洞窟内で、1泊する予定の準備がされた。
ルルンバ山の中腹の聖地にようやくたどりつくと、その洞窟はかなり大きく、深さが1km以上あるということだった。自然の洞窟のようにも、見えたが、明らかに、人の手で掘った部分も見受けられた。かなり奥のほうは、先祖の墓になっており、アリの巣のように広がった内部に、それぞれの家の墓があるのだという。入り口からすこし入った場所に、大きな空間が開かれており、3カ所ほど、日光が差し込む窓があいており、その大きな空間を見渡すことができた。地下都市のような雰囲気で、生活の後もみえた。預言者ノーランによれば、約1万年前に、強力な軍隊をもった民族が、アフリカ一帯を侵略したときに、ルル族はルルンバ山に逃げ込んで、その民族が立ち去るまで、ここに隠れ住んだといわれている。その後、幾多の民族の危機がとずれる度に、ここに逃げ込んで難をのがれたとのことだ。氷河期や大乾燥期も、ここに移り住んで難をのがれたという。
しかし、ここ400年ほどは、ルル族も平穏にすごしてきた。250年前に、ルルンバ山の噴火によって、登山道は、大きく壊れたため、ここに来るのは、難しくなったため、ほとんど打ち捨てられた状況になったという説明であった。
広大な洞窟の中を調査隊は、2日間をかけて撮影した。
洞窟の西側の面には、神殿は掘られており、その奥には、人間の大きさの神様は4体掘られていた。そして、冬至の日になると、この4体の神様に、洞窟の天窓から、この4体の神様に比があたるのだった。