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凱旋

安藤茜の死後、蓮見は事件を調べるために高校へ乗り込む。

第二面[探偵の凱旋]



 相変わらずぱっとしない校舎だと思いながらも、ぱっとする校舎というのもどうかと思うなと考えていた。不機嫌なエンジン音をたてながら、原付は徐々に母校へと近づいていく。だんだんと校舎が大きく見えてきた。

 青春とか、思春期とかそういうものをひっくるめてあそこに置いてきてからもう一年以上が経ったのかと思うと、嘘みたいで少し疑わしくなる。卒業式が昨日のこと様だというとさすがに嘘になるけど。

 校門の前には見るからに優しそうな老人が警備服を着て立っている。卒業生で中に入れて欲しいと言うと、本当にこれで防犯対策になるのかと問いたくなるような手続き、つまり書類に住所と名前の記載をして、門を開けてもらった。

「ところで何の用事があるんですか」

「会いに来たのさ。会ったこともない恋人にね」

 遠回しに答えると首を傾げられたのでここで終わりにした。頭を下げて、来客用の駐輪場に原付を乱暴に突っ込んで、職員用の玄関から校舎に入った。

 こういう心情でなければ、母校へ久々に来たのだからもっと何か感じることがあるんだろうが、生憎そういう気分じゃない。その証拠にただここにいるだけで落ち着かない。

 在校中はノックせず開けていた職員室の扉をノックをしてから、丁寧に開ける。いくつかの顔が誰が入ってきた確認しようとして私を見る。そして来訪者が私だと知ると、おおいに顔をしかめて見せた。

「なんだい、それが美女に見せる反応かい。ちょっとどうかと思うよ」

 在校中と変わらない減らず口を叩いてやると、久しぶりに彼らのため息が聞けた。名前を覚えてる教師、そうでない教師といるが、ようやく母校へ帰ってきたんだと思えた。

 ざわついている職員室を見渡すと少し遠くから、私のことをまっすぐ見ている茶色いスーツの四十代くらいのおじさんを発見したので手を振ってみるが無反応。お変わり無いようで安心した。

「久しぶりだね、ティーチャー。蓮見だよ」

 彼の前に行って必要ないであろう挨拶すると、顔を崩しもしない返事をされた。

「ああ、久しぶりだな。遅かったじゃないか」

 この海野先生はまだ四十代なのにそのしわがれた声のせいで声だけはうんと年をとってしまっている。どういう運命が働いたか分からないが、この先生は三年間ずっと私の担任という重荷を背負った。本人が重いと感じていたかは知らないが。

「さすがに手厳しいね。その通りなんだよ」

 先生の言うと通り。遅すぎた。そのせいで既に一人犠牲になってしまっている。

「昨日はお前のお父さんが来た」

「聞いてる。無駄骨だったようだけどね」

 父が昨日ここに足を運んだのはちゃんと聞いている。安藤茜についての調査と、学校側にある要求をしに行ったのだけど要求は受け入れられなかったそうだ。

「お前が来たってことはただ事じゃないんだな」

「人が死んでるんだ。ただ事じゃないのは確かだね」

「依頼主が誰かは知らないが、協力できることはする。遠慮なく言いなさい」

 思わず小さく笑いが漏れてしまった。この言葉、在学中に何度も聞かされた。海野先生は私の探偵の真似事を注意するどころか、積極的に協力してくれた人で、かなり恩義に感じている。ほとんどの教師が私と関わるのを疎ましく思っていたのに、先生だけはごく普通に接してくれた。

 今だってこんな非常識な状況なのにそれを嘆くこともなく、相変わらずの冷静さで対処している。先生じゃなきゃ三年なんて長い年月、私とはつき合えなかっただろう。

「頼もしいよ。ありがたく、そうさせてもらう。ところで春日の婆さんはいるかな」

 私の質問に小さく一度だけうなずく。

「ああ、学園長なら奥の部屋にいる。会うのか」

「会いたか無いけどね。一応挨拶しとくだけさ」

 この時ばかりはさすがの先生も少し不安げな顔をしたが、どうせ何を言っても聞かないというのを知ってるので何も言わずに仕事へ戻った。

 職員室の奥にその扉はある。木製で見るからに高級そうな作り。なんとノブは金色。学園長室だかなんだか知らないが、どうしてこんなところに学生の親が払ったお金が使われないといけないのか。

 乱暴なノックを二回して、返事も待たずノブに手をかけてぐるりと回した。いかにも最高責任者にふさわしい部屋だ。書類がきれいに積まれた机に、その前には黒い、これまた高そうなソファーに挟まれたガラスのテーブル。

 突然で失礼な客の襲来に、机で書類を読んでいた彼女は顔を上げた。

「久しぶりだね、婆さん」

 勧められもしてないのに堂々とソファーに腰を下ろした。座り心地は最高。ここで寝たらさぞ気持ちいいだろう。婆さんがいなかったらの話だけど。

「……来るんじゃないかと思ってたわ。ええ、久しぶりね」

 マッシュルームカットの髪で赤いフレームの老眼鏡をかけ、化粧品では隠せないしわを口元によせた老女。在学中から変わらない黒色の、まるで喪服みたいなスーツを着こなした彼女は私をまっすぐ見て、口元を緩めた。私も同じ仕草をしてみせる。

 そして異口同音で素直になった。

「二度と会いたくなかった」

 同じタイミングで同じ台詞。やはりお互いに嫌いだということだけは気が合うようだ。

「昨日はお父様がいらしたわ」

「随分とご立腹だったよ。あの人は怒ると面倒なんだからやめてほしいね」

「それは無理ね。無茶な要求をしてきたのはあちらだから」

 無茶な要求。彼女から言わせればそうなのだろうが、私や父から言わせればやらなきゃならないことだ。

「この学校を無期限で休校させる。ただそれだけだろ」

 それが昨日父がこの婆さんにした要求。生徒が二人続けて殺された学校だ。そういうこともしなきゃいけないだろう。

「それだけって簡単に言ってくれるわ。たとえば一日、台風とかで臨時休校になるだけでどれだけ業務に差し障りが生まれると思ってるの」

「知ったこっちゃないね。婆さん、人が二人殺されてるんだ。わかってるのか。業務なんか二の次のはずだ。優先すべきは生徒の命。違うかい」

 熱弁する私を婆さんは唇を尖らせて笑った。

「あなたこそ分かってるの。安藤茜は自殺よ」

 彼女の発言に思わず立ち上がってしまった。そんな私の反応が面白かったらしく、さらに唇を曲げる。

「違う。あれは自殺じゃない。あれは殺人だ」

 安藤茜は自殺した。その仮説を警察が打ち出したとき、私は思わず何を考えてるんだと何の罪もない父に怒鳴り、怒りをぶちまけた。

 殺人じゃないかという見方もある。しかし、マンションの出入り口に設けられていた監視カメラが実に鬱陶しい状況を語ってくれていた。あの日、私がマンションを出た後、住民以外にマンション内に入ったものはいなかった。

 茜ちゃんの母親が買い物に出かけた直後、部屋は燃え始めている。タイミングが良すぎる。母親はマンションの廊下などでは誰かとすれ違うことおもなかったそうだ。だから、母親が部屋にいないと確認できたのは茜ちゃんだけ。

 あの部屋の火事の火元は茜ちゃんの部屋だと判明している。丁寧にガソリンなども使用された形跡があったそうだ。 

 マンション内に何者か潜んでる可能性はない。もしマンションの住民に犯人がいたとしても、どうやって引きこもりの茜ちゃんしかいないあの部屋に入ったのか。入れたところでその直後に火を放つ理由が検討もつかない。

 こういう話になってくると、自殺の可能性が浮上するのは自然なことだった。

「殺人だって証拠は出てないって聞いてるわ」

「じゃあ聞くが、たまたま二ヶ月前に殺人のあった高校の生徒が、たまたま不審な火事で死んだ。そしてこの二つの事件は無関係。あんたはそう言うのか」

 そんな意味不明で奇跡的な運命があるとしたら、私は神様をこれ以上はないと言うほど嫌いになってやろう。あるはずないじゃないか。そんなことがあるはずない。

「あなたは知らないだろうが、茜ちゃんは自分は殺されるかもしれないと怯えていたんだ」「よく若い子にあるパターンね。被害妄想よ」

 あまりに無茶苦茶だ。我慢しようと思っていたがこれ以上はまともに聞いていられない。タバコを取りだして、くわえて火をつけると頭に上っていた血が少し落ち着いた。

 この婆さんと話が合わないのは初めて会ったときからだ。そして今現在も少しも分かち合えない。

「……つまりどうしたって、休校にする気はないってことかい」

 最終確認だった。確認するほどのことじゃないとは分かっていたが。

「ええ、私は警察のエゴにも、あなたの探偵ごっこにも付き合う気も無いわ」

 座り心地のよかったソファーから立ち上がった。もうここにいる用もない。交渉は決裂。もとより私も彼女もお互いに話す気なんてなかった。自分の言い分を通したかっただけだ。そしてこの場では私に勝ち目はない。

「あんたの頭の固さはギネスものだ。年は取りたくないよ」

 天井に向かって煙を吐き出すついで嫌みを言ってやった。

「ここまで生徒のことを考えていない人だとは思ってなかったよ」

 在学中から私のしていたことを理解しようとせず、ひどいときは妨害さえしてきた。どれだけ分かってくれと懇願しても、あなたの行為は生意気だとか、警察官の子だからって調子にのるなとか罵られ、ちっとも分かり合えなかった。

「生徒のことを考えてのことよ。休校にすると一番困るのは生徒なの。受験で忙しい三年生の子たちだっているの」

「死んだら受験も何もない。受験に命をかけるって奴らはいるだろうが、本当の命をかけてどうする」

 この忌まわしい空間からとっとと出ていこう。別れの挨拶もしないままドアへ近づきノブを握り、それを回して、少しだけドアが開いたところで私は振り返った。

「言っといてやる、婆さん。下手をするとあと三人死ぬ」

 婆さんは再び書類と向き合っていて、私の方を見向きもしない。そんなに書類が好きなら仕事と熟年結婚でもするといい。

「これは警告だよ。覚えておいてくれ」

これから舞台はこの高校です。

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