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完結

事件は終結し、その後のみんなの話。

――エピローグ――



 事件が解決して十日も過ぎると、加熱していたマスコミ報道も大物政治家の汚職事件へと興味が移ったらしく、テレビや新聞で我が母校の醜聞であり、悲劇のことを見る回数は減っていった。

 そんなのは見たくもなかったが一応被害者だったし、事件の重要な立ち位置にいたので色んな方から細かい情報は聞かされたし、無理がたたって入院が長引いてしまい、新聞やテレビを見るくらいしか暇をつぶせなかったので、嫌でも情報は入ってきた。

 あの三人の取り調べは今も続いている。一番順調に進んでいるのは安藤茜だった。彼女は事件のことをまるで夢を語る少女の様に、目を輝かせて笑顔で供述するらしい。自分の知っていることは全て、まるで誇るみたいに口から滑り出しているという。警察としては楽だろうけど、それは嫌だろうな。こんな状況はどうってことないと言われているみたいなものだから。

 彼女とは対照的なのは鴻池有華だ。ほとんど口をきかず、喋ったとしても自分は巻き込まれただけだという主張しかしないらしい。それでも色々と証拠もあるのでそれを突きつけられては、またあの時にように叫びながら首を振り続けるという無限ループ。ちっとも聴取が進まないと父が嘆いていた。

 そして二人とはまた違って、婆さんの方は本当に何も口にしないらしい。

「黙秘します」

 最初の事情聴取のときにそう開口一番に口にして、それ以降は一切何も喋っていない。どんなに強面の刑事でも、少しも表情を変えず、取り調べの時間を過ごしているみたいだ。その精神力にはあきれ果てる。

 けど結局、安藤茜が全て喋っているので無駄に終わるだろう。

 事件後、流石に学園長が生徒を殺したということもあって、学校へのバッシングはひどいものがあった。来年の新入生は激減どころか、一人もいないんじゃないかとさえ言われている。退学者が急増したみたいだし。

 退学と言えば、生き残っていた本物の"cube"の五名は自分から名乗り出て、その中でも二人は自主的に退学した。何でも下手なことを喋ったりすると殺すという手紙が、小林陸の殺害前に届いていたらしい。それで彼らも何も出来なかったそうだ。事態が進む前に、そのことを話してくれなかったのは少し恨むが、彼らも背負う必要のない罪を背負ってしまった被害者ともいえる。なんせ一人はPTSDにもかかったそうだし。

「今は学校の存続より、生徒の心のケアが一番重要だ」

 海野先生が一度だけ見舞いに来て、母校の行く末を心配する私にきっぱりとこう断言した。全く、どこまでそれしか頭にないようだ。だからこそ、この人なんだろうけど。

「色々と忙しいだろう。無理して体を壊さないようにね」

 老婆心でそう忠告したのに、先生に笑われてしまった。

「お前にだけは言われたくはないぞ。それに……」

 一度ため息をつくと、優しい眼差しをくれた。

「お前が生徒だったときよりずっとマシだ」

 先生にそんなことを言われたのは初めてだった。私が在学中はいつも私が起こす問題に、さも当然の様に取り込んでくれて、疲れた姿など見せなかったから先生は丈夫な人なんだと思っていたが、やっぱり疲れていたらしい。

「それを言われると、辛い物があるね」

 先生はとにかく今は大忙しだ。自分の担当のクラスの子たちが受験というのもあるし、事件で心に傷を負った子たちのケアも積極的に買って出ている。まだ先生みたいな人がいるのだから、あの学校も終わったわけじゃない。

 お見舞いと言えば仁志も何度か足を運んでくれた。彼も生徒会長としての仕事があるし、何より彼自身が受験生ということなので暇というわけでもないが、それでもよく病院に来てくれた。私が退院する日、母は既にまたどこかに旅立っていて、父と兄は仕事だったので退院の手伝いをしてくれたのも彼だった。

「もういい。現役は諦める」

 大きな荷物を抱えながら彼がそんな諦めを宣言した。

「一浪してワンランク上を目指す」

「誰の言葉だか忘れたけど、志の低い人間はそれ以下の結果しか出せないらしいよ。そんな諦めなんてせず、ちゃんと最後まで一所懸命にやりなさいな」

 病院からの帰り道で私は久々にお姉さんらしい良いことを言っていて、自画自賛したくなっていた。

「そういえばひぃ君、志望校はどこかな」

 そう質問したのに、彼は答えない。そんな態度でどこかすぐに分かった。思わず唇が綻ぶ。全く、どこまでも可愛い奴だ。彼の肩に手を回して、耳元に口を近づけた。

「お姉さんが家庭教師になってあげよう。その大学の入り方なら心得ているからね」

「おい、どこなんて言ってねぇぞ」

「うるさい。私が今日から君の先生だ。蓮見先生って呼んでいいよ。あら、なかなか官能的な響きじゃないか」

「バカかあんたは」

 そんなこんなで私は無理矢理彼の家庭教師になった。けどそこいらの大学生の様に法外な時給を取るどこか、ただ働きだ。そうは言っても彼の母親であるおば様が、何かと差し入れをくれたのでそれが給料代わりだった。

 結局、そんな見事な私の愛のおかげで彼はまた私の後輩になった。本人は不服のようだが、私としては大いに嬉しい。これからのキャンパスライフがまた楽しみだ。

 そんな彼は卒業間際に生徒会長のイスをある少女に明け渡した。

「あいつが適任だろうよ」

 誰に相談するわけでもなく、彼がそう決めた。私もそれが正しかったと思う。

 小野夏希は、事件解決の一週間後に目を覚ました。長い眠りから覚めた彼女に待ち受けていたには、事件解決という朗報と、恋人の訃報で、彼女はそれを聞いたとき何も言わずただ、俯いたという。

 私と彼女が再会したのは彼女が目覚めてから三日してからだった。彼女になんと言葉をかけていいかも分からなかったし、いきなり会いに行っても迷惑なだけだと考えた。それに彼女には私以外にも警察やら友人やら、たくさんの人たちがお見舞いに顔を出していたので。

 けどその再会の日、私が病室に入ると彼女はベッドから起き上がり、また頭を下げた。そして屈託のない笑顔を浮かべていた。

「待ってましたよ、蓮見さん」

 病院服の中は包帯がぐるぐると巻かれているんだろうが、外見では彼女は以前話したときは何も変わっていなかった。どちらかというと、以前よりも明るくなった印象がある。その理由が分かってしまったから、また辛くなる。

「私は君に殺されたって文句は言えないよ」

 彼女のベッドとの横に立ち、そう告げると彼女は首をゆっくりと横に振った。

「蓮見さんは恨んでません。憎しみは全部あの三人に向けてます。蓮見さんは治の無実を証明してくれたんでしょう。本当に、感謝しているんですよ」

「けど彼は死んでしまった。私がうかつだったからだよ」

「蓮見さんは彼に殺されそうになったんでしょう。それなら彼が悪いです」

 それは最初に私たちが会ったとき、荻原治が私に暴力を振るおうとしたことを代わりに謝ったときと同じ態度だった。

「……彼には迷惑をかけっぱなしだった。そんな彼に命を救われるんだから、私の方こそ彼に感謝しないといけない」

 あの時、彼が私にヘルメットを勧めてくれていなかったら、私はこうして生きてはいないだろう。そんな命の恩人である彼を救えなかったのは、心の底から残念でならない。

「実を言うと……私もそうなんです」

 彼女はすぐ近くに折りたたんで置いてあったハンカチを取ると、それを開いた。中からは防犯ベルが出てくる。彼女が刺された時に鳴らした、あの防犯ベルだ。

「警察の人に返してもらいました。これ、彼がくれたんですよ。夏希さんは時々遅くまで一人でいるから危ないって」

 そうか、彼女が防犯ベルなんて持っていたのはそういう理由があったのか。彼女は美化委員の仕事で遅くまで作業すると、あの時言っていた。なるほどそれを恋人が心配して送ったわけだ。

「本当に……役立つなんて思わなかったですけどね」

 多分、笑おうとしたのだと思う。けどそれは出来ていなかった。言葉が途切れ、声が震えてしまっている。私はそっと彼女の頭を抱いて、胸の中に寄せた。明るく見えたのは、気丈に振る舞っていただけに過ぎない。そんな姿は痛々しいからやめてほしい。

「君は聡明だ。正義感も強い。だから、ちゃんと現実を受け止めようとしてるんだろ。けどね、今はいいよ。今は感情的になってもいい。今は、泣いてやるべきだ」

 最初は何もなかったけど、すぐに声が聞こえた。子供みたいな彼女の泣き声が。私の服をぎゅっと強く握ってくる。静かな病室に、恋人を失った十七歳の少女の泣き声だけが響く現実は、悲しいという形容詞では何か足りない気がした。

 その後彼女は順調に回復し、学校へ戻った。周りの憶測とは裏腹に、彼女は以前より明るくなり多くの人と積極的に関わるようになった。それはつまり、彼女なりの後継だった。そんな彼女に仁志は学校の全権を任せたのだ。

 仁志は顔が立たないだろうが、生徒会長になった彼女はめざましい活躍を見せた。生徒が常に相談できる場を設けたし、いざとなれば彼女自身が問題の解決に乗り出すということまでやってみせた。身がいくつあっても足りなかったのだろう、私も「困ってるんです、助けて下さい」という電話で借りだれたことが数度ある。彼女は人の扱い方を心得ているし、人使いが荒いと判明した。

 それでも彼女みたいな存在が、香月麻由美の様な子を救っていくのだと私は信じている。

 父と兄は相変わらず仕事で日々事件と向き合っている。父との喧嘩はそういえば自然消滅した。私は事件を解決したし、父は私を助けてくれた。貸し借りは無しということだったんだと思う。

 母は今日もまたどこかでゆっくり過ごしている。



「ちょっと、また飲み過ぎたでしょ」

 大学の寂れた棟のある一室。正式には写真部部室のドアを開けると同時に、春川が鼻を押さえた。

「あのね、大声を出さないでくれるかい。頭に響くから」

 机の上で突っ伏して寝ていた私は、春川の大声に結構なダメージを食らった。

「そんなに大きな声じゃないわよ」

「甘い愛の囁きでもないだろう、それなら震えるほど嬉しかったのに。ところで何の用かな。今日は大学自治会の会議があるって聞いたけど」

「抜けてきたわ。ねえ、ちょっとお願いがあるのよ」

 彼女の顔を見てみると、どこか申し訳なさそうだ。あの事件以来、彼女は私に何か頼むとき必ずこういう顔をする。やはり彼女なりに責任を感じているんだろうが、他人行儀な感じがするのでやめてくれと再三にわたって言っている。それでもやめないのは彼女の根が真面目だという性格のせいだろう。

「相談事かい」

「私じゃないんだけど、ちょっと困ってる知り合いがいるの。相談にのってあげてくれないかしら」

 全く、愚問だと思う。彼女の頼み事なら断れないし、誰か困っているなら断っていいはずがないじゃないか。

「いいよ。それで、その人はどこかな。ついでに美女かな、美男かな」

「廊下で待ってもらってるわ。すぐに呼んでくるわね」

 最後の、私にとっては中々重要な質問は華麗にスルーして、彼女が部屋から出て行く。相変わらず堅いな。あんな質問なら冗談で返してくれたらいいのに。まあ、そこが彼女のいいところなんだろう。

 おぼつかない足取りで立ち上がり、新鮮な空気を体内に取り入れるたね窓を開ける。丁度いいタイミングで、優しい風が吹いてきて髪をなびかせてくれた。深く深呼吸をしながら、さてどんな依頼だろうかと思いをはせる。

 間違っても楽な依頼ではないだろうな。なんせ事態はいつだって最悪だから。けど勘違いしちゃいけない。そんな風にできているから、誰かが動かなきゃいけない。それが私だというなら、喜んでその役目を受けよう。どうせ、暇なんだし。

 胸ポケットから恋人を取り出して、一本くわえて火をつけた。



――"CUBE" [了]

これにてこの物語は完結となります。

最後までお付き合いいただいた皆様、心からありがとうございました。


この物語でやりたかったは①ハードボイルドっぽい女性主人公②秘密組織の「秘密」の定義でした。

両方できて、非常に満足しました。

②については、高校時代から「フリーメイソン」という存在に対して「あいつら秘密結社と言われてるけど全然秘密じゃ無いよな」と思っていて、それをネタにしてみたものです。


長々と語ってしまった部分が多い作品でしたが、そこも含めて楽しんでもらえたらな幸いです。


宣伝になりますが、この最終回更新と同時に新作を開始しました。

主人公は同じで、今度は彼女が宗教組織という秘密に挑みます。タイトルは「“CASE”」です。

http://ncode.syosetu.com/n2423da/


同じく宣伝。ツイッターやってます。よければどうぞ。

https://twitter.com/pipe_dream_ye


最後にもう一度。

ブクマしてくださった方、評価をしてくださった方、両方してないけど読んでくださっていた方、全ての読者様に感謝いたします。

本当にありがとうございました。


(一番疲れたのはサブタイトルでした。本当に疲れました)

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