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再会

 『主』が生徒じゃないんじゃないかと考えたのは、あの放送の後だった。『主』は電話で私が"cube"を攻撃しようとしたのをなぜか知っていて、そこからもしかしたら生徒じゃないかもと考えていた。あの時はまだ死んだ生徒たちは本当に"cube"だと考えていたが、それだとおかしいことに気づいた。

 私が"cube"を攻撃しようとしたのは二年の時。どういう風に情報が巡ったかは分からないが、私が在校中にこの学校にいたのは現在三年生の生徒と教師のみ。しかし、あの次点で三年生の"cube"と思われていた小林陸と黒沢明子は殺されていた。

 計算が合わないとはずっと感じていたことだ。 

 婆さんは最初、何も言わなかった。全員の視線を受け止めながらも、そんなのは気にもとめないで、指をさし、そしてその手をおろした私だけを冷たく人間味のない表情で見つめていた。私もそんな彼女と向き合う。

「私が真犯人だというの」

 彼女は落ち着いた、まるでこうなることを予め知っていたかのような態度でそう訊いてくる。

「あなた以外に『主』にはなり得ない。それは今証明したばかりだ」

「確かにあなたの推測では私でしょう。けど、あなたがさっき語った動機……どうして私がそんなことをしないといけないのかしら」

 彼女の質問は真っ当だ。彼女はここの最高責任者で、ここの利益を真っ先に考えるべき人である。学校内で生徒が複数名殺されたなんてニュースを流されている我が母校は、来年の新入生の数が激減するだろう。そんなことをどうしてわざわざ彼女がしないといけないのか。最悪、役職を失うかもしれないのに。

 それでも彼女にはああしないといけない理由があった。

「海野先生から聞いたよ。あなた、ここの卒業生なんだってね」

 彼女は表情を変えない。私は壇上に近づきながら、ゆっくりと語る。

「ええそうよ。もう何十年も前になるわね」

「そうかい。私のたちの先輩でもあるんだ。なら……あなたも"cube"になりえたんじゃないかな」

 彼女の目が少し大きく開いた。そこまで予想されるとは思わなかったのだろう。

 私は壇上の目の前までくるとそこで足を止めて、彼女を見上げた。

「あなたも"cube"だった。なんせ大人になったら学園長にまでなるんだから、高校生の頃からいろいろと優秀だったんだろう。それなら当時の『主』があなたを選定しても、なんら不思議はない」

 残念ながらこれはもはや推測でも何でもなく、想像だ。いや創造かもしれない。とにかくこれを証明することは出来ない。当たり前だ、私は彼女がまだ十代の頃の話しをしていて、そんなときの証拠なんて残っているはずもない。

 それでも私はこれが真実だと考える。

「私が"cube"だったとしたら、どうしたっていうの」

「あなたはただの"cube"じゃなかったんじゃないか。はっきり言えば、私と同じだったんじゃないかな」

「あなたと同じというと」

「あなたも脱会させられたんじゃないか」

 私の、あなたもという発言に体育館が少しやかましくなる。脱会させられたことを驚いている様だ。そんなことは気にせず、私は続けた。

「そして脱会の理由は、"cube"の秘密をばらしたから」

 私はまた小野夏希と荻原治とともにベンチで話したことを思い出した。あの時、荻原治が黒沢明子から聞いた情報を自慢げに話して墓穴を掘ったが、あの話しでは"cube"は最初は存在自体が秘められたものだったということだった。そしてそれをばらした"cube"がいると。

 それこそが彼女なんじゃないか。

「あなたは学生時代、どういう理由があったかは知らないが"cube"でそしてその存在をばらしてしまい、脱会させられた。そして大人になって学園長になって、『主』になった。私の推測だけど『主』というのは歴代の学園長じゃないかな。だったら『主』なんて名前にも納得がいくよ。まさにここの主なんだからね」

「想像ね」

「想像さ。けどだったら歴代の『主』が一向に名乗りでないのも納得がいく。そんなことをするとこの学校にとって大きくマイナスだ。いやそもそも、すでに全員亡くなってしまっているんじゃないか。ご高齢のはずだしね」

「証拠がないわね」

「ないね。けど、あなたが『主』なのは否定出来ないだろ。あなたに殺す動機があったかどうかは分からないが、あなたが『主』でそして事件に深く関わっていたのは事実だろう」

 それだけは動かしがたい。確かに私の推理では"cube"は殺されていない。だから犯行は正直、『主』以外にも可能だ。けど逆に言うならば、この計画では本物の"cube"は絶対に殺してはいけない。そして"cube"を黙らせておかないといけない。そう言うことが出来たのは本当の『主』だけだ。だから彼女が『主』であると証明された以上、事件に関与したことだけは絶対に否定させない。

 私と婆さんがにらみ合っていると、ようやく第三者の声がした。

「ちょっと待て。学園長にはアリバイがある」

 須藤のもので、彼は彼女を指さしながらそう主張した。

「警察をバカにするな。黒沢明子の事件時、学校にいた人間のアリバイは全て調べている。彼女は学園長室にいた。いや実際にその場をみた人間はいないが、あの部屋の出入りには職員室を通る。こっそり抜け出すなんて無理だ」

 父を見てみると頷いていた。そりゃあ、そうだろう。

「須藤さん、ちょっとクイズに答えてみようか」

 いきなり訳の分からないことを言い出した私に須藤は、何を言ってるんだと返してきたが、気にもせず問題を始める。

「第一問、黒沢明子の殺害方法はなんでしたか」

「……刺殺だ。お前だって知っているだろう」

「うん、正解。第二問、安藤茜はなんでしたか」

「焼殺だ。おい、これはいったい何なんだ」

 かまわず不謹慎なクイズを続けていく。

「第三問、小林陸はどうしてか」

「そんなのお前が一番知っているだろう。撲殺だ。おい本当になんのつもりだ」

 ようやく目的にたどり着いたので、私は人差し指をたてて、最後の問いを出した。

「最終問題、小野夏希はどうでしたでしょうか」

 彼女はまだ死んでいない。ただ、どう殺されようとしたかを思い出してほしかった。須藤はこれにも即答しようとしたが、私が言いたかったことに気づいて顔色を変えた。

「……刺された。黒沢明子と同じだ」

 そう、それが私の言いたかったことだ。この事件はずっと殺害方法を変えていた。刺殺、焼殺、撲殺と。だから私はてっきり殺害方法も変えてくるだろうと考えていた。けど違った。どういうわけか最初に戻った。

「どういうことだろうね」

 はっきり言って犯人は殺害という行動を楽しんでいた。それは間違いないと考えている。だから私に平然とした態度で接しきた。

 私は最悪、もしかしたらこれは連続殺人でなく、一件一件に別の犯人がいるんじゃないかとまで考えた。だから方法が違うんじゃないかとまで。いくらなんでも現実離れした推理だと自分の中で蹴散らしていたが、どうもそういうわけでもなかったらしい。

「この二件の刺殺、いや小野君はまだ死んでないけど。とにかく刺殺されそうになった。どうして犯人は別の方法をとらなかったんだろう」

「そ、それは不思議だがたまたまじゃないのか」

「分かってないね、須藤さん。犯人があの場で小野君を殺害しようとした目的はなんだったと思っているのさ」

 その問いに須藤は思いっきり嫌な顔をした。感情が表情に出やすい人だ。けどそれでいいと思う。

「そうさ、私を犯人にしたてあげるため。だから彼女の殺害をあの時にした。だからなるべく急いで犯行をしないといけなかったはずだ」

「なら刺殺は頷けるんじゃいのかよ」

 仁志が割り込んできたが、私は首を振った。それは少しおかしい。

「殺害方法が同じでもいいなら、撲殺にしないかな。だってあれなら後ろから近づいて、気づかないうちに殺せるよ。刺殺だと真正面から刺さないと殺せない。事実、犯人は殺害に失敗した。それくらい、経験済みの犯人なら知っていると思うんだけどね」

 撲殺なら防犯ベルを鳴らす隙も与えなかったはずだ。それくらい分かる。なのに犯人は刺殺を選んだ。それにもちゃんと理由がある。

「思うに、犯人は刺殺をしてなかったんじゃないかな。だから犯人にとっては順番的に、次は刺殺だったんじゃないか」

 私のばかげた推理の一つ。犯人は別々にいるというもの。そこから考え出された答えだった。

「お前はさっき連続殺人だと言ったぞ」

「うん。少なくとも、二件目以降は連続殺人だ。けど一件目だけは別の人間の仕業と思う。だからこそ、二件目以降の連続殺人の犯人は、刺殺がしたくてしょうがなかった」

「だから、それはいったい誰だ」

「私たちの推測通りだ。一件目の犯人は香月麻由美だよ」

 彼女じゃないとなし得ない。だって学校関係者には全てアリバイがある。だから婆さんでも、鴻池有華であるはずもない。それでも誰か、殺せる人間がいた。そして動機を持っていたのは、香月麻由美以外にいない。

「恐らく麻由美君は黒沢明子が本物の"cube"だと教えられた。だから殺害にはしったんだろう。姉の仇としてね」

 どういうふうに香月麻由美を操ったかは知らない。ただ"cube"がどういう組織か知り、それが誰かを教えられたら彼女は迷うなんてことはしなかっただろう。

「婆さん、あんたは彼女が入学してから香月亜由美の妹だと知った。そして"cube"を使って、彼女を排除した。しかし鴻池有華が"cube"の資格を剥奪されてしまい、奪い返さないといけない事態になった。そうだろ」

 いくら黒沢明子が『箱』だけ奪っても"cube"にはなれない。"cube"は『主』の指令があって、初めて仕事が出来る。そして指令はいつもげた箱だ。恐らく鴻池有華はげた箱に資格を奪われたと手紙を残し、それを『主』に読ませた。私が『主』に連絡が取り合ったのと同じ方法で。

 そして『主』であった婆さんはなんとしても『箱』を奪い返さないといけないと考えた。黒沢明子が口を割るかもしれないし、資格の強奪など認めるわけにはいかなかったんだろう。そんなことしたら一学年二人ずつという法則を覆さないといけない。

 しかし単純に黒沢明子から『箱』を奪っても仕方ない。完全に彼女の口を封じるしかない。そして完全に口を封じるということは、つまりは……。

 そして婆さんは思いついた。退学させた香月麻由美に黒沢明子が本物の"cube"だと思わせて、殺害させればいいと。そうすれば自分の手は汚れないと。

 そしてそれを実行し、初めてある可能性に気がついた。この調子であと五人殺せば自分の過去の失敗を払拭できるんじゃないかと。それはもう人間の思考ではないと思うけど。

「なら一件目のアリバイは無意味だ」

「いや待て。小林陸のときだって」

 須藤が何か続けようとする前に私は首を振った。

「あのね、私は鴻池有華が"cube"で、婆さんが『主』だと言った。この二人は協力関係だよ。ならこう考えよう。実行犯がもう一人いると」

 婆さんは主犯、そして鴻池有華が共犯、そして恐らくもう一人、それこそが私たちの求めていた答えである実行犯がいる。

 私の言葉にこの場にいた全員が口を開けて唖然としていた。

「驚くようなことかな。だって私たちは最初から被害者は組織だと分かっていたじゃないか。なら加害者が組織だと考えるのも不可能じゃなかったはずだよ」

 通常、犯罪の成功率というのは人数が多くなればなるほど低くなっていく。だからこそ今回の事件も私や小野夏希を殺しそこねて、そして真実がさらけ出されるはめになった。

「香月麻由美がいなくなった。けど一六歳の少女が二ヶ月から三ヶ月も姿を消すことなんて難しい。彼女の場合捜索願いも出てたしね。だから、彼女をかくまった場所があり、彼女を世話した人物がいた」

「ここじゃないのか」

 父がこの体育館の床を指しながら訊いてくる。さすがだ、いい点は突いている。

「学校で婆さんにかくまってもらうっていうのはちょっと難しいね。一時期なら十分可能だろうけど、二ヶ月だよ。長すぎるね。誰か気づくだろう。警備員さんだっているし」

「そんな理屈どこでも一緒だ。どこか一カ所に身を潜めるなんて、簡単そうでそうじゃない。ましてや香月麻由美の場合、一時期警察が千人以上の規模で捜索したんだ」

 須藤がどこか誇らしげに語る。千人規模というのが少し自分の権力を示すようで快感なのだろう。ただその千人が無駄足だったというのは、全く悲しい結末だ。

「だって探したって見つかるわけない。あの時、彼女はすでに死んでいて、この世にはいなかったんだから」

 この告白にはあまり驚きはないようだ。一件目だけ別の犯人だといえば、その犯人の末路くらいは予想できたんだろう。ただ、彼女がたどった道は恐らく予想外だ。

「須藤さん、二ヶ月以上身を隠すのは難しいと言ったね」

「ああ、ましてや未成年の少女だ。夜中に街を歩いていれば職質だってかけられる。そんな簡単なことじゃない」

 そう、こればかりはさすがに警察のお偉いさんだ、全面的に正しい。

「けど、警察の手が及ばない場所があった。そして私たちはそこを知っている」

 私は二度足を運んでいるし、警察だって何度も行っているはずだ。

「それは……一体、どこなんだよ」

 仁志が深刻に訊いてくるので息をのんで答えようとした瞬間、ある音がした。金属と金属がこすり合う、とても不快な音。それが体育館の中に響いた。

 全員の視線がその音の発生源に向く。そこは体育館の後ろ、体育用具入れだった。そこの扉が内側から、ゆっくりと開けられていく。そしてしばらくすると全開になり、そこから一人の人物が悠々と出てきた。まるで、待ってましたと言わんばかりに。

「流石、探偵さん」

 彼女の右に手には見るかに恐ろしいバトルナイフが握られていた。そして生徒たちは一様に怯えだして、一気に彼女から遠ざかる。そんなのは気にせず彼女は一歩また一歩と私に近づいてくる。神話でモーゼが海を割ったみたいに生徒たちが彼女のための道を作っていく。

 警察の方々も最初は驚いていたが、すぐさま動こうとした。しかしそれに機敏に反応した彼女が、持っていたナイフを首にあてた。動いたら死ぬ、そういう脅しだ。それで警察は動けなくなった。

「じっとしててね。私、探偵さんと話したいから」

 子供を諭すような優しい言葉遣いだったけど決して反抗を許しはしない威圧があった。

 彼女は私からあと少しというところで足を止めて、にっこりほほえんだ。

「遅すぎだね、探偵さん。けどたどり着いてくれてよかったよ。いや、有華も学園長も全く使えないな。かくいう私も、こうやってばれちゃってるわけだけどね。まあ、目的は達成出来たから別にいいんだけどさ」

 友達に話しかけてみるみたいだ。まるでこの状況を恐れていない。だから私も取り乱すことなく、彼女と向き合った。

「全くだ。もっと早く、君だと気づくべきだった」

 それは私がこれから人生を犠牲にして反省していく人生最大の汚点だった。

「がんばった方だよ。気を落とさない方がいいね。ところでさ、どこで私だって分かったのか訊いていいかな。ほら、この会話は二時間ドラマとかじゃ定番じゃない。だから、答えてよ」

「ヒントをくれたのは、小野君だ」

 私はそこで彼女に向かって右手を差しだし、そしてピースをしてみせた。小野君が刺された直後、私に向かって指さしたのと同じ形で。

「あれはてっきり私が指さされたのかと思った。けど違ったんだ」

 私は確かにピースにも見えたと思った。けどあの状況でピースなんかするはずないとその考えを退けてしまった。それがミスだった。

「あれは確かにピースだったんだ。彼女はこう言いたかったんだろう。二とね」

 そう、彼女は数字の二を表したかったんだ。それこそが答えだから。

「あらあいつ、そんなことしたんだ。うざいなぁ」

 彼女が一瞬顔をしかめたがすぐに笑顔に戻った。

「まあ、それであなたが真相に気づけたならいいか。いや本当、いつも電話越しだったからこうやって会話できてうれしいよ」

「いつもじゃない。最初は、扉越しだ」

 彼女は首を傾げたが、すぐにああと何度も頷いた。

「そうだったね。まあとにかく、初めまして蓮見さん。お会いできて光栄だよ」

 彼女はナイフを首に当てたまま、ほほえみながら小さく頭を下げた。

「ああ、私も嬉しいよ――茜ちゃん」

 顔を上げた彼女、二番目の被害者の安藤茜は会心の笑顔を浮かべていた。

実は姿を見せるのは初めて。

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