概要
事件の詳細を調べていた蓮見に電話がかってくる。
二ヶ月前、我が母校で起きた殺人事件の被害者は三年生の女子、黒沢明子だった。彼女が発見されたのは昼休みで、遺体は渡り廊下に倒れていた。第一発見者の生徒はすぐさま職員室へ行き、教師たちに事情を説明。教師たちは生徒の様子から嘘じゃないと断定し、その場に駆けつける者、警察などに連絡をいれる者というふうに瞬時に班分けした。
教師たちがその場に駆けつけたときはすでに多くの生徒が彼女を囲っていたが、常識として彼女からは一定の距離は保っていた。胸に突き刺さったナイフ、白目をむいた目などからすでに死亡しているであろうと分かっていたが、一応脈を取って死亡を確認した。
それから警察が駆けつけるまでの間、教師たちはすぐに生徒に自分の教室へ帰るよう指示したが言うことを聞く生徒は少なかった。警察が現場に到着して、ようやく事態の深刻さに気がついた生徒たちが教室へ戻った。
死体はすぐに検分が行われ、そこで何かを握っていることが判明した。警察はこれを重要な証拠になりうるとして厳重に管理。
それ以外では特徴や異常はなかったため、すぐに解剖に回れた。
当初、警察としては犯人は簡単に捕まるだろうと、たかをくくっていた。警察という組織から言わせれば、高校という封鎖空間での殺人は最初から容疑者が絞られている有利な場所。被害者の身元もすぐに分かる。こういう事件の全てを担う、初動捜査は順良に滑り出すように思われた。
しかし、私の口癖であるが、事態はいつだって最悪。なんと予想に反して捜査は進まなかった。彼女の身近な人物のアリバイは、見事なまでにとれていた。というのも彼女が死んだのは、四限目の最中。彼女は体調不良で保健室へ行き、少し休んでから遅刻でも良いから授業に出ようと教室に戻っていたところを襲われたのだ。もちろん、生徒の大多数はアリバイが取れてしまう。
ならば授業をさぼっていた連中に犯人がいるのかというと、それはまた違う。授業をさぼっていた連中も数名いたが、全員がグラウンドにいた。そしてそいつらは体育の授業を受けていた生徒から目撃されている。
まさか雲行きが怪しくなるなんて思ってもいなかったが、警察の捜査はそこで止まってしまい、現在にいたる。教師たちにアリバイは確認したが、授業をしていた教師は生徒が、職員室にいた教師は他の教師がアリバイを証言している。
次に黒沢明子の個人情報。三年生で、成績は良好。国立大を目指し勉強をしていたらしいが、今年の春までは書道部にいて全国大会で最優秀賞を獲っているし、生活面では風紀委員に属していて教師たちの評判もすこぶる良い。模範的な生徒だったと、口を揃えているらしい。
ただ怒ると少しヒステリー気味になるらしく、去年一人の友人と喧嘩になり、教室で一騒動起こして最終的には窓ガラスを二枚割るという結果を招いていた。
恋人と呼ばれる人の影が事件後、数名にいたことが発覚。ただ黒沢自身は告白などしていなくて、相手の男たちが一方的に彼女に近づいていたらしい。彼女としては誰も恋人として認めてなくて、事実彼らの告白は全て断っていた。ただ自分に好意をよせる男がいる方がいいと考えたのか、冷たく突き放すのでなく、なんとも曖昧な、友人か恋人か微妙な線で付き合いを続けていた。
家族関係は両親とともに学校から少し離れた場所に住んでいた。兄弟はなくて一人っ子。両親はよく娘の自慢を近隣住民にしていたし、娘の方も友人たちに両親の愚痴をこぼすことは少なく、仲良し家族だった様だ。
警察は恋人未満の男たちの調査はもう済ませていた。七名の男たちは全員が高校生で、四名が同じ学校の生徒。アリバイは簡単に取れてしまった。他校の生徒もまた同じ。
色々な線で捜査を進めているらしいが、核心には近づけていない。無理もない。『証の箱』の名前さえ分かっていないのに、この事件を解決しようとするのは難しすぎる。もちろんこの情報だけで捜査が一気に進むわけはないだろうが、方向性くらいは示せるはずだ。
ファイルを一旦閉じて、すぐさまタバコをくわえた。窓の外を見てみると、もう暗くなってしまっている。やっぱり私の集中力はすごい。一体どれくらいこのファイルと見つめあっていたのか。これが美女か美男だったら、どれだけいいだろう。
くわえタバコで部屋から出る。夕飯の支度をしないといけない。今日はなにがいいだろうか。ここ数日夕飯を作っているだけでメニューに迷ってしまうのに、母はこんな生活を二十年以上続けているのだから偉大だ。
冷蔵庫からまず最初に缶ビールを取り出した。ぷしゅっという実に爽快な音をたてて開け、ごくりと一口飲んだ。飲みながら調理をするのがマイスタイルだ。
とにかくサラダは作らないといけない。健康維持に野菜は必要不可欠。無駄なカロリーも取らずに済むので重宝している。野菜室から使えそうなものを取り出して水で満たしたボールに突っ込んだ。
タバコの灰が野菜に落ちてはいけないので、灰皿に捨てたとき、ポケットの中で携帯が震えだした。父かなと思ったが、液晶には春川の名前が映されていた。
「どうしたんだい」
最初に電話口から聞こえてきたのは、春川の声ではなかった。周りのの騒音。何かが起きたのだろか、非常に騒がしく慌ただしい声が飛び交っていて、それがこっちまで届いた。
「ごめんなさいっ」
聞こえてきた彼女の声にはいつもの落ち着きはなく、かなり切羽詰まっていた。
「どうしたんだい、何があったんだ」
この瞬間、一気に鼓動が早くなり、胸騒ぎがし始めた。嫌な予感がする。想定をしていない、想像もしたくない事態が電話の向こうで起きている。それだけが電話口の雰囲気で伝わってきていた。
「燃えてるのよっ」
一瞬、全ての思考が止まって頭が真っ白になった。外で風に吹き付けられて揺れていた網戸の音や、水道水が野菜に当たる音、付けっぱなしにしていたテレビの音が瞬時に聞こえなくなり、嫌な無音の世界に引き込まれた。
「聞こえてるの、レイ。燃えてるのよ、茜ちゃんの家が。あの部屋が、すごい勢いで燃えてるのっ!」
次回でようやく動き出します。




