反覆
「さて、では続きを始めようか。今の話で混乱した人は多いはずだね。なんせ鴻池有華が"cube"で、その資格を強奪したのが黒沢明子だったなんて、どう考えてもおかしいよね。だって生き残った"cube"が鴻池なら、彼女が『主』のはずだ。けど彼女には彼女自身が言っていた通り、安藤茜のとき、そして黒沢明子のときにアリバイがある。さて、これを崩そうか。なーんてことは言わないよ。なんせ、彼女は『主』じゃないんだから」
「はっ?」
素っ頓狂な声をあげたのは須藤だった。
「生き残った"cube"が『主』じゃないのか」
「須藤さん、まだ分からないのかい。落ち着いて考えてみなよ。鴻池は"cube"だけどアリバイがあるじゃない。なら、こういう発想はできないかな」
無理難題だとは思うが、ある一つの可能性が出てくる。それはこの事件を根底から覆すもので、首をかしげる一同に私はそれを提示した。
「"cube"は、全員生きている」
最後の一言で体育館の時間が止まったみたいだった。みんな動きを止めて、お互いの顔を見合わせている。仁志も首を傾げているし、須藤も眉間に皺をよせた。ただ父だけが目をつむって表情を変えていない。
「あんたは何を言い出すんだよ」
「だから最初に言っただろう。見方を変えるって。当たり前が当たり前じゃなくなるって」
「だって、"cube"が殺されてるっていうのはあんたがはじめに言ったんだぞ」
「そうだよ。鴻池に事件に介入させられた私が、そう証言したんだ」
前半部分を強調して言うと、仁志は言葉を失った。そう、鴻池有華が"cube"で事件の容疑者だとするなら、その人物の手によって介入させられた私は、どこか怪しげだ。
今度は須藤だった。彼はずっと壁にもたれかかっていたのに、そこから離れて私に近づいてくる。
「どういうことだ。まさか、おまえも共犯だという自白か」
「バカは休み休み言ってほしいね。なんで共犯の私が鴻池を追いつめるんだか……。いいかい、ならまず思い出そう。私が黒沢明子を"cube"だと断定した理由は何かな」
そこからが私にとっての、この事件の始まり。
「『箱』というやつだろう」
「うん。私が黒沢明子を"cube"としたのは、『箱』を持っていたからだ。ただ、それだけだ。けど落ち着いて、もっと真剣に考察してみようか。……はい、答えが出た。『箱』なんて死後に何とでも出来る。ましてやあんな小さな物だ。なら犯人が、私に黒沢明子が"cube"だと思い込ませるために『箱』を握らせていたとしたら、これはどうなる」
私が軽率だった。過去の経験だけで物事を判断し、すぐにそれだと断言してしまった。
マイクを握ったまま、生徒たちを見渡す。
「この中の誰でもいい。もしも『箱』を持っていたとしたら、そしてその姿を私が見たとしたら、私は"cube"だとすぐに決めてかかる。そう、誰でもいいんだ」
それが例え、小林陸や小野夏希でも。本当に誰でもいい。
「私たちはどうして小林陸が嘘をついていたのかを考えていた。けど答えは簡単だ。彼は嘘なんて吐いていなかった。彼は……"cube"じゃなかった」
問題を複雑に考えず、単純に見てみるとそういう答えが出た。ただ、それが一番納得できて、今後私が繰り広げる推理にも大いに役立つ。けど当然だ。彼が嘘を吐くメリットはなかった。なら嘘をついていなかったと見るのが普通だ。そしてそれは小野夏希にも言える。
そもそも"cube"か否かなんてものは、全て『箱』頼みだ。けど、あんなものはどうにでも出来る。もしも『主』が本物の"cube"たちへの支持で返却しなさいと言えば、全ての『箱』は『主』の手の中に入る。
須藤は私の推理を顔を白くしながら聞いていた。それは彼だけじゃなく、その場にいた全員だった。今事情を知ったばかりの生徒さえ、声を失っている。
「じゃあ……」
絞り出すように仁志が沈黙を破った。
「じゃあこれは"cube"を狙った事件じゃなくて……」
私は彼を見ながら頷く。そう、これがこの事件の正体。
「そう、これは連続殺人に見せかけた無差別殺人だ。条件はたった一つ。この学校の生徒であれば誰でもいい」
黙っている生徒たちに次々と指さしていく。指された生徒は一瞬、何をされているのか分からない様子を見せた。
「君でも、君でも、君でも、君でも」
そう、誰でも。
「被害者になり得たんだ」
だからここでこんな演説をしている。彼らには知る権利がある。一律で、全員の生徒に殺される可能性があったという事実を彼らは知らないといけない。この学校には、第三者なんていなかった。私がずっと探していた被害者候補は、この学校の生徒全員だった。
「ま、待ってください、じゃあ俺もってことですか」
一人の男子生徒が思わず口を挟む。
「そうだよ。まあ、ある程度の選定はしただろうが、大それたものじゃなかったはずだ。意味がわらないと思う。どうして犯人はそんなことをしたのか。どうして"cube"を殺さずに、"cube"と思わせた生徒を殺し続けたのか。……あのね、常人なら分からなくて当然だよ。私だって未だに信じがたい。けど、これを解決する論理は一つしかない」
ただ私はこれが真相だったとしたら、それはもはや外道とか、そんな簡単な言葉で犯人を糾弾する気にはなれない。本当に邪悪だ。いやもっともっと、悪いものだ。今まで作られてきた言葉じゃ、どんなものでも足りない。
「最初に不思議に思ったのは、私の放送の後だ。『主』のリアクション。あれが不思議でならなかった。焦りすぎだって感じた。あの『主』が、らしくもなく取り乱していた。じゃあ、それはどうしてだろう」
「あの計画には本当は反対だったんだ……」
私の言葉を無視して須藤が嫌なことを思い出した様で、顔をしかめる。反対意見があったのは知っている。ただ、反対派はほかに策を提示できなかったと聞いている。
「そりゃあ、あんたが荷物検査なんかするって言い出したからだろ。それで『箱』を持った奴がでてきたらマークが厳しくなる……え、いや違う。あんたの推理だとこの論理は通じないな」
仁志が自分で語っているうちに、おかしいことに気がついた。そう、私の推理通りだと『主』は"cube"を殺していない。それ以外をねらったことになる。なら、あの場で誰が"cube"か分かることは計画に支障がでなかった。
それどころか、私の推理では『主』は死体に『箱』を持たせるために、全ての『箱』を持っていたはずだ。あそこで『箱』なんかでてくるはずない。誰が"cube"なのかは結局分からなかっただろう。
けど『主』は焦った。
「混乱を解決する術は一つだけだよね。『箱』がでてくるはずない状況で、『主』がそれをおそれたんなら、それこそが『主』にとっての最悪のシナリオだったから」
「バカを言うな。『箱』がでてこなくても、状況はそんな大きく変わらなかったはずだ」
そうだ。あんな物、本当の"cube"たちが常に持ち歩いているというわけではない。家においているメンバーだっているはずだから、あの時でてこなくても状況は変わらなかった。
「けど、『箱』が一つもでてこなかったら、こんな推理をする奴がいたかもしれないよ。――"cube"なんて実在しない、本当はそんなものなかった」
あの時、一つも『箱』が出なかったら私だって警察だって、どうしてなのかくらいは考える。もちろん家に置いていただけという推理を重要視するだろうが、こういう突拍子もない推理が出来てしまう。『主』がそれをおそれたならどうだろう。
「そんなことが起きてはいけなかったんだよ。それだけは避けないといけなかった。だから『主』はあれだけ焦ったんだ。そして荷物検査を止めた。そうしないと、計画がつぶれてしまうから。『主』は『箱』が出ることを恐れたんじゃなく、一つも出ないことを恐れたんだよ」
「しかし、そんなばかげた推理が出てきたとしても、そうなると犯人は蓮見レイ、やはりおまえということになったぞ。"cube"が実在するとあの時点で断言していたのはおまえだけなんだから。そしてそれは『主』にとって好都合じゃなかったのか。身代わりが用意出来て、それがおまえなら」
「須藤さん、とっても嫌な推理を発展させてくれてありがとう。けど私があの時点で捕まっても意味がなかった。なぜなら『主』の目的はあくまで"cube"に見せかけた生徒たちの連続殺人。あの時点で私が捕まってしまうのは迷惑だ。なにせ私は結構重要な駒だから。それになにより"cube"が実在しないなんて推理はだめだ」
「どうしてだ。お前はさっきから何が言いたい。お前が駒だという意味もこっちは分からない。もっと分かりやすく説明しろ」
須藤がいらだちを隠せない様子だ。分かりやすく、か。おかしなことを言う。わかりやすく説明できるのならさっきからこんなに長々と喋っていないし、事件はもっと早期に解決出来るじゃないか。複雑で、理解不能で簡単じゃないから、こうなっているのに。
「さっきも言った通り、鴻池は"cube"だ。そして『主』の協力者。そんな彼女がどうして私をこの学校に凱旋させ、事件に介入させたんだと思う?」
「お前の推理通りなら、本当は"cube"じゃない生徒を"cube"だと断言させるためだろうな。お前ならそうできる」
「その通り。いくら『箱』を握らせて殺しても、その『箱』の真意を知る人間がいないと死体は"cube"になり得ない。だから彼女はその証言が出来る、在校中、一時的とはいえ"cube"だった私を巻き込んだ。『主』にとって、私は重要な証人だったわけだよ」
情けない。事件に介入すること自体、『主』にとっては計画の一部だったのだから。そして計画通り、私は証言してしまった。しかも、それだけじゃない。
「全く、嫌になる話しだけど私は非常に便利な駒だったと思う。殺されかけて初めて疑問に思った。どうして『主』は私をさっさとこうしなかったんだろうってね」
頭に巻かれた包帯をこつこつと指先で叩く。
「あんな簡単に殺せるなら、『主』は早々にそうすべきじゃないか。どうして長々と、最後の最後まで私を殺さなかったんだろう。そして分かった。私に死なれては、困るのは『主』だったんだ」
「……お前にはほかに役割があったのか」
「ああ、あった。――事件を捜査するっていう、最大の役割がね」
このとき、私はどんな表情をしていただろう。屈辱で歪んでいただろうか、情けなさで沈んでいただろうか、逆にあまりにもバカバカしくて笑っていただろうか。
そんなことさえ分からない。
いや多分、それら全てなんだと思う。
これがやりたかったといっても過言ではないです。




