豹変
プライドの高い少女が、ずっと我慢していた。そしてようやく巡ってきた、自分を認めるチャンスに飛びついたんだ。
「だから彼女は言ったのさ。あんなのより私の方がすごいって。そうだよね」
「……知らないわよ、あんな奴のこと。ああ、もう、なんでよぉ」
それはもう泣き声だった。ただ、最後の最後で何かを爆発させないと気が済まなかったのか、彼女は両手に埋めていた顔を勢いよく上げて、声を張り上げた。その目は充血していて赤くなっている。
「証拠よっ! 証拠がないわ、物証っていうの!」
生徒たちの白けた視線が彼女を射ぬいていた。証拠を求めるのは、犯人と相場が決まっているからね。
「ああ、あるね。きっと君の家にでもいけば荻原治の写真が見つかるんじゃないかな」
「……写真?」
有華ちゃん、そして仁志も含めた生徒の全員が黙った。
「あの部屋が襲撃されたとき、荻原治の写真が盗まれた。たぶんだけど彼を犯人に疑わせるための工作だ。君が犯人なら、まだ持ってるかもしれないね。ほら須藤さん、お仕事だよ」
「言われなくてもやる」
彼は胸元から携帯を取り出して、それのボタンを押そうとしたが、それを遮るものがあった。
「ば、バカ言わないでよっ! 私は写真なんか知らないわ、そんなのありえないっ! あの部屋からなにも盗られてなんかないはずよっ!」
「はは、盗られてなんかない、か。まるで犯人みたな台詞だね」
声を張り上げて必死に主張する有華ちゃんに、私は小馬鹿にするような笑みを浴びせた。そして彼女はそれで、全てを察したようだ。自分の口元を押さえるが、放った言葉はもう取り戻せない。
「……あんた、まさか」
「お見事、大正解だよ。これが君の件を父上にも報告出来なかった理由だ」
私はポケットから写真を取り出して、それを彼女の方へ軽く投げた。写真はひらひらと舞いながら、すとんと彼女の足下へ落ちていく。それを見届けた彼女が、踏みつけた。
「あんた、あの一瞬で!」
「そう。君が出ていって警官を連れてくまでの間、まだ部屋にあったその写真を拝借したのは、この私だ」
写真の件は一般の生徒たちは知らない。それは仁志もだ。私がいざという時のために黙っておいた方がいいと助言して、ありがたいことに警察がそれに従ってくれたから。しかし事情を知る警察の方々は、怒り心頭だ。
「どういうつもりだ、お前はっ」
須藤が代表して声を上げる。私はそれに肩を竦めた。
「どういうって、だからこういうのが必要だろ。犯人しか知らないことで動揺で煽るのは定番だけど、それに備えられる心配がある。だから今回はちょっとそれをアレンジした。犯人さえ知り得ないことで、動揺を得たんだよ。そして結果は、大成功だ」
あの時、彼女が出て行ってから私は彼女が怪しいと感づいた。そしていざという時のため、何か手を打っておいた方がいいとも。だからまだあの部屋にあった彼の写真を拝借し、それを警官に報告した。あの時、有華ちゃんが一緒に戻って来ていたら、後で警察に気づいてもらう予定だった。
そして写真がなくなった事実を警察に黙らせておき、この時を待っていた。
「探偵がいつでも合法的とは限らないさ。誰も傷つかないなら、私は喜んで法を犯そう」
目には目を、歯には歯を。ならば罪には、罪を。あまり好きな原理はではない。そもそもハンムラビ法典なんてものはもうずっと前の歴史の上の原理だ。今の現代社会でこんなものを応用するなんて、非常にバカバカしい。
バカバカしいが、やる価値はあったみたいだ。
「どうかな有華ちゃん、自白した気分は」
彼女は白い歯を唇から剥き出しにして、今に私に襲いかかろうとする気配があった。しかし、すぐに落ち着いて、冷笑を浮かべる。
「そんなの物証じゃない。言っておくけどあのトンカチもよ。私は第一発見者。混乱していてよく覚えていないけど、トンカチに触っちゃったかもしれないわ。おびえてて、よく覚えてないけど」
「おいっ、鴻池もう諦めろよっ!」
仁志が説得にかかるが、説得でどうにか出来るなら私が推理する必要なんてない。それくらいわかって欲しい。けど、彼女の言い分はまだ通る。追いつめられながらも、まだ頭は回るみたいだ。ただ、今更だけどね、そんなの。
「どうするつもり、蓮見さん」
「あのね、言っておくけど」
ポケットをいじって携帯を取り出して、ボタンを押していく。そして準備ができたら、携帯を持った腕を伸ばして彼女に見せつけた。
「君の負けは、ずっと前にもう決まってるんだよ」
持っていた携帯のボタンを押すと、再生が始まった。
『わ、私が"cube"なはずないじゃないですか……。私が"cube"ならすぐに助けを求めますよ。そ、それに私は『主』に選ばれるほど優秀なんかじゃ、ないですよ。』
それはあの時の屋上の会話の中での、有華ちゃんの一言だった。すぐに再生は終わる。
「気づいてなかったみたいだけど、私はあの時屋上に君が入ってくる前に携帯をいじっていた。そして君が入ってきたら、録音機能をオンにしてポケットにしまったんだ。そして会話は全て録音した。今のは編集して一言だけにしたものだよ。さて有華ちゃん、君はまだ気づいてないだろうね、私が何を言いたいのか。答えが知りたいなら、周りを見てご覧。きっと教えてくれるから」
意味が分からない彼女は私の勧めた通り、周りの生徒たちを見渡し始める。生徒たちは彼女を凝視しながらも、お互いにひそひそと話し合っている。中には首を左右に振る生徒も少なくない。
「な、なんなのよ」
それでもまだ有華ちゃんは気がつかないので、私は近場にいた女子生徒に目を向けて、彼女に近寄っていく。彼女はさっき首を左右に振っていた生徒の一人だ
「君、いきなりで悪いね。どうして首を振っていたんだい」
「え、あの……」
彼女はいきなりのことでどう答えていいかわからない様子だったが、意を決して私が差し出していたマイクに答えをかけた。
「私たちが聞いてる言い伝えでは、"cube"は"cube"が選ぶって聞いてました。その『主』って人に選ばれるなんて、初めて知ったんです……」
そう、それが全てだ。彼女にお礼を言ってから、有華ちゃんを見ると彼女は右手で頭を抱えて、自分がやってしまった最大のミスを後悔していた。本当に後悔だ。遅すぎるけどね。
"cube"の後継者は"cube"が選ぶ。言い伝えでは『主』の存在を隠すため、そうなっていた。もちろんそれを知ってるのは"cube"だけとなる。だから私は知っていたが普通の生徒、例えば今の彼女だったり仁志なんかは知らないで当然。彼なんか私があの食事の時、"cube"の説明をするとまで後継者は"cube"が選ぶと信じていたんだから。
しかし、あの食事のメンバーを思いだしてみると不思議がわかる。
「私は『主』によって"cube"が選ばれるとは言った。でも話したのは仁志と父上と兄さんだけだ。はてさて、君はどこからこのことを知ったんだい。父上を通じて情報は警察は知れたはずだが、警察が君に教えるとは思えない。では、ひぃ君から聞いたのかな」
私が隣に立つ仁志に目を向けると、彼は熱意のこもった目で首を振った。
「おや彼も教えてないそうだよ。じゃあ有華ちゃん、教えてくれないかな、君がどこで知ったかを」
頭を抱える手が右手だけじゃなくなる。両手で頭を抱える、いやもう押さえると表現した方がいいか。彼女はそのまま、また一歩ずつ後ずさる。その後を私が追っていく。
「説明できるのかな、言い訳できるのかな。言ったろう、反論の余地くらいは与えてあげると。どうしたんだい、今までの威勢は」
状況証拠も、物証もつきだした。今の彼女に反論の余地なんてない。そのために長い時間をかけてピースを組み合わせて、パズルを完成させたんだから。全てのピースが埋まったパズルに隙間なんてない。後は出来上がった絵を、どんなものでも受け入れるしかない。
それが例え、認めたくないものでも。
「本当はこの録音だけでさっさと片づけてもよかった。けど、君にはこれがいいと思ったよ」
私は頭の中から、彼女から受けた報告を全て思い出して、それを唇にのせた。
「鴻池有華はプライドが高い。一年生の頃は授業で自分一人だけが間違った問題に対して答えが間違ってるんだと主張し続けて授業を中断させた。友達と喧嘩になっても自分からは絶対に謝らない。相手が謝っても自分が謝ることは少ない。自分が好きなミュージシャンを否定した男子生徒に対して水をかけたこともある。注意をしてきた教師の悪口をさんざん言って、かなり根に持った」
受けた報告はまだまだあったが、とりあえずそれだけまくし立てた。有華ちゃんが、顔を上げてどうして知ってるのかという顔をしていた。
「さっきの録音の証拠を得たとき、君についてもっと知る必要があると思ったから調べてもらった。君にそんな一面があったなんて驚いたよ」
彼女はそこで仁志に殺気のこもった目を向けたが、仁志は身に覚えがなく首を左右に振る。どうやら彼女は今の情報を掴んできたのが仁志だと考えたみたいだ。
「仁志じゃないよ。私はうっかり君が"cube"じゃないかという噂を掴んできたのが仁志だとばらしてしまったから君が彼を監視するんじゃないかと危惧したんだ。それに彼は三年の男子で、情報集めに長けてはいなかった。だから私はもう一人、協力者を得たんだよ。もう分かるよね。二年の女子で、すごく聡明な子だよ」
「あ、あのっ……」
有華ちゃんが絶望に染まった声音で恨みを爆発させた。
「あのクソ女ぁぁっ!」
有華ちゃんが"cube"だと確信を得た屋上での会話の後、私は彼女と別れた隙を見て、以前小野夏希から渡されていた電話番号を思い出しながら、ボタンを押していた。
「ハロー、ハニー」
私の明るい挨拶とは対照的な、驚くほど冷たい返事があった。
『こんにちは』
「つれないね。まあ、君にハローと言われても困るけど。今、大丈夫かな」
小野夏希は私が電話をかけてきたことには驚きもしないで、ええ大丈夫ですとだけ答えてくれた。時々電話やメールだと態度や性格が変わる人がいるけど、彼女はどうやら統一されているらしい。そこがまた彼女らしいな。
「前に仲間に入れてくれって言ってたよね。それで電話番号もくれた」
『はい。けど、蓮見さんは明らかに嫌がってましたよね』
やっぱり顔にでてしまっていたか。
「いやそうだけどね。まあ予定変更だよ、協力してほしい」
彼女はしばらく黙っていた。電話口から何か小声で聞こえてきていたが、これは彼女が考えるときにする呟きだろう。電話口でもやはり聞き取れない。
『……どちらですか』
その質問をされたときは思わず笑みがこぼれた。私が彼女に協力を頼むと言うことは、人員が不足したというより、既存の協力者が信用できなくなったからと考えたんだろう。そしてそうなると彼女に調べて欲しいのは仁志か有華ちゃんだけになる。
「鴻池有華。君と同じ二年生の女の子だ。是非、調べてほしい。できる限り極秘でね。どうかな」
『聞いたことはあります。ええ、協力を申し出たのはこちらですから引き受けます』
そして間を置いてから、彼女は言い放った。
『任せてください』
「そんなわけで彼女は協力してくれたよ。そしてたった三日で君についての多くの情報をもたらしてくれた」
報告を受けたのはあの土手だった。彼女が私の無実を証明した後、私たちは事件の話をしていて、その中で彼女は少しですがと前置きをして、ちっとも少しじゃない情報をくれた。
「それで君の性格が分かったから、ここでそれを叩き潰してやろうと思ってね。どうかな、全校生徒の前で論破される気持ちは」
自分が殺すのに荷担した少女が、最後の最後で自分を追いつめていたことを知った彼女は、両手で頭を押さえつけたまま、あのアマっなどと罵っていった。
「君の負けだよ。ああ、そういえば忘れていたね」
私は彼女の前に静かに立った。そんな私を彼女が少し見上げる。私はその頬めがけて、平手をくらわした。肌と肌がぶつかり合う、乾いた音が体育館に響く。
「犯人をひっぱたくのが目的だったね。君じゃできないから、私がしといてあげたよ」
わざとらしく彼女を叩いた右の掌を自分のズボンで拭った。その動作が許せなかった彼女が私に襲いかかろうとしたが、すぐに動きを止めた。私の後ろから大きな足音が複数聞こえてくる。振り向くと、さっきまで止まっていた警官が彼女を目指して進行していた。
「い、いや……」
お得意の後ずさりをしようとしたが、彼女の背中はもう体育館の壁についていた。後はもう迫り来る現実を受け入れるしかない。
「い、いやよいや。いや……」
もう何か取り繕う余裕もなくなった彼女が泣きながら、警官たちに首を振っていた。私はそんな彼女に最後に言ってやった。
「これからも君は"cube"だよ、おめでとう。ただ、ブタ箱って名前だけどね。――一生、そこで償っているといい、鴻池有華」
彼女は今から自分を包み込むあまりに厳しく、けれど当然の現実に恐怖し始め、肩を大きく震えさせながら膝をついた。
「いやいやいやいや……」
すぐに警官たちが彼女を囲んだ。そしてそれを彼女が見上げている。彼女はその現実に目を背けるように額を床につけて、絶叫した。
「いやあああああああああああああああああああああっ!」
私は彼女に背を向けた。後は私が関与することではない。警察とか、法とか、大きすぎて私の思考に収まりきれない物がどうにかしてくれるだろう。
とにかくこれで、一人は片づいた。そして、まだ話は終わってない。
昔、テレビで芸人さんが「複数の女性と関係を持ってるときは、呼び間違いをしないために、全員を『姫』と呼んでいる」と話してました。
あれは絶対にミステリにつかえるなって思いました。




