抵抗
「どういうことですか、疑っていたって」
未だに言葉は堅いが語気が強く、敵意を感じた。どうやら応戦体勢になったらしい。
「君を疑いだしたのは、あの生徒会室襲撃の時だよ。君が第一発見者になった事件だ。あの時から、もしかしたらとは思っていた」
「確かに私は第一発見者でした。けど、それだけですよね」
「ああそうだ。けど君は第一発見者になったんじゃない。第一発見者になってしまったんだ。本来なら君はそうなるつもりなんかなったよね。だって第一発見者だ、普通に考えたら疑われる。事実、私は小野夏希の件でそうなった。君だって避けたい。ましてや私と違い、君は犯人だったんだから」
「いい加減にしてくださいよっ。私が犯人だっていう根拠は何なんですか」
正直、早く彼女との話は終わらせたい、後がつかえているから。それでもここで、事件関係者が全員集まったここで、彼女が"cube"だと証明しないといけない。彼女がさっさと認めてくれれば楽なんだけどな。
私はマイクから口を離して、一度せきをして、またマイクに口を戻す。
「最初は部屋の惨状に唖然としてろくに思考が働かなかった。けど、君が出て行った後、おかしいことに気がついた」
彼女は何も言わず、目を尖らせて続きを促す。
「どうして君はあのタイミングで悲鳴をあげたんだい」
あのタイミングと言っても分かるのは私と有華ちゃんだけ。だから補足説明を始める。
「私が君の悲鳴を聞いたのは廊下。その前に小野夏希と会っていた。私は君の悲鳴を聞いて、急いで部屋に入ってすぐに部屋の異常に気づいて言葉を失った。そして、部屋の中に君が尻餅をついて怯えていた。間違いないよね」
「ええ、けどそれのどこがおかしいですか」
当人は自分のミスに気づいていなかったが、それはおかしいと後ろの方から声がした。振り向かずとも仁志のものだと分かる。彼は駆け足でこっちに来た。
「鴻池、それは確かにおかしい」
「何ですか会長まで。あんな光景見たら誰だって怯えます」
今度は別の方向から声が届いた。体育館の隅で腕を組んでいた父のものだった。
「そうじゃない。そんなことを言ってるんじゃない」
流石は父だった。ナイスアシストだ。そう意味をこめてウィンクをしてやろうかと思ったけど、喧嘩中だったことを思いだしてやめた。
「そういうことだよ。まだ気がつかないかな。私は部屋に入って、すぐに異変に気づいた。対して、君は部屋の中で悲鳴をあげたんだ」
ようやく私たちが言っている意味が分かった有華ちゃんが思わず舌打ちをするが、それでもまだ抵抗してみせる。
「最初は普通に入ったんですよ。それで扉を閉めてから、異変に気がついたんです。普通部屋に入るときなんて部屋の様子なんて見ないでしょう」
「そうだね。けど君が入った部屋は、テーブルの上に猫の頭部があったんだよ。すごく目立ったんじゃないかな。事実私はすぐに目に入ったよ」
「それは蓮見さんが私の悲鳴を聞いて、部屋に異常があるって入る前から心構えしてたからでしょう」
「けど私は廊下を歩いているとき、君が部屋に入るのを見なかったよ。君があの部屋に入ったのは君の供述よりずっと早いはずだけど」
「悲鳴をすぐあげたわけじゃありません。しばらくどういうことか分からなくて、頭が真っ白になってたんです。供述に嘘があったのは、そういうことで疑われたくありませんでしたからね」
自分が言っていることが無茶苦茶だという自覚はあるんだろうか。ここまで追い詰めているのに、言葉に一切詰まらないのは流石と言うべきだろう。それで余裕が出てきたのか、彼女が強気になってきた。
「蓮見さん、私が犯人なら茜を殺したのも私ってことですか。けど無理ですよ。茜のマンションに私が入る姿は監視カメラに捕らえられていません。それどころか、茜が死んだとき、私はマンションの外にいました。知ってますよね。どうやって私は茜を殺したんですか」
「さあね。それはまた後で話す。君がそうまで言うのなら、ちょっと指紋を、あそこにいる人たちに提出してくれ」
私はそこで隅の方で須藤を中心に固まっている警官たちを指さした。しかし、彼女は従わない。首を横に振る。
「嫌ですよ」
「だよね。嫌だろうね。君があの時悲鳴をあげたのは、第一発見者と思わせるためだ。だけど、君はそんなつもりはなかった。なのになってしまったのは、予想外なことに私が帰ってきたらだろう」
「変な言いがかりはいい加減にやめてもらえませんか。どうやって私は、あなたが帰ってきたことを知ったんですか」
「それを言わすのかい。随分と恥ずかしいな。まあしょうがない。――くしゃみだね」
その場にいた全員が首をかしげそうな勢いだった。あの場にいなかった人間からすれば当然のリアクションになるだろう。ただ、私と有華ちゃんだけは違った。私は勝ち誇った様な笑みを浮かべていて、彼女はそれを真正面から受け止めて、表情を変えないために頑張っていた。
「あの時、私は廊下でくしゃみをした。いややっぱり恥ずかしいな。まあいい。それで君は気づいたんだろ、外に私がいるって。君はその時まだ犯行の途中だった。だから嫌々ながら悲鳴を第一発見者になった。そして――」
私はそこで腕を伸ばして、彼女の右の手首を掴んで持ち上げてみせた。
「持っていたトンカチを、咄嗟にソファーの下に隠した」
なんでトンカチが現場に残っていたのか。私はてっきり『主』が挑発してるんだと考えていた。ただ、これは複雑に考えすぎだ。持っているところを見られたくなかった、ただそれだの理由だ。彼女は私が部屋に入ってくるまでの、本当に僅かな時間で指紋を拭き取り、そして持っていたら怪しまれるという理由でソファーの下に隠した。隙を見て取り出す予定だったのだろうけど、予想外のことに私に指示を出されて、取れなかった。
「だから指紋を提示するのが怖いんだろう。今は指紋じゃなくてもDNAだけでどうにかなるからね。さて、けど今この場で拒むと言うことは、自供ということでいいかな」
彼女の歯ががたがたと音をたてる。何かを言葉にしたいのに、それが出来ない。ここで強気に出ることは彼女には不可能。しかしここで黙ることの方が、自分にとって不利になるというのが分からないんだろうか。
もうどうしていいか分からなくなった彼女が、私の手を払いのける。
「嫌です、そんなの絶対に嫌ですっ。あなたは警察に身内がいる。後で自分が都合のいいように書き換えるつもりなんでしょっ!」
「余裕が無くなってきたみたいだね。大丈夫、警察は私の味方はしないよ。ねっ?」
須藤の方を見て同意を求める。彼は待ってましたとばかりに大きく頷く。そしてこのやりとりで確信を得たのか、周りにいた部下たちに指示を出した。そして彼に指示を受けた数名の警官が、こっちへ歩いてくる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、待って、待ちなさいって――」
その動きに有華ちゃんが一気に焦り始めた。待ってと懇願するが、もちろん警官たちが待つはずもない。彼女はさっきよりもずっと早く後ずさるが、そのせいで足が引っかかって、後ろ向きに転倒する。ただ痛いという暇も与えないで、命令通りに接近してくる警官を目にして、何とか尻餅をついたまま手だけで後ろに下がる。
「待ってよっ、本当にっ!――そうよ、『箱』はどうなんのよっ!」
彼女の土壇場の言い分に警官たちが足を止めて、私の方を見てくる。
「私があいつの言う通り"cube"なら、『箱』を持ってるはずでしょ! それはどこにあんのよ! 探してみなさいよっ!」
もはや涙目の彼女がそう必死に訴えるが、これまた他の生徒たちには全く伝わっていない。
「ああ、『証の箱』のことかい」
私は『箱』の説明を端的にした。"cube"になると貰える物で、それが"cube"の証拠になると。
「荷物検査でも何でもすればいいじゃない! 私は持ってないからね!」
仁志が不安になってきたのか、私の袖を引っ張る。そんなに心配しなくても大丈夫なのに。
須藤が彼女の指摘を受け別の部下に彼女の荷物を調べてこいと指示を出して、部下たちが体育館を飛び出していこうとするので、ストップと私は彼らを止めた。それに須藤が明らかに不快そうな顔をした。
「何だ、推理が外れているから怖いのか」
「あなたじゃないんだから、そんなことはないよ。無駄だからやめた方がいいと言ってるんだよ。彼女は『箱』は持ってない」
私が自分の間違いを認める様な発言をしながら、自信に満ちあふれているという矛盾する姿に須藤は苛立たしげに頭をかきむしる。禿げるよ、気をつけないと。
「どういうことだっ」
「私が無実ってことに決まってんじゃないっ!」
立ち上がった有華ちゃんがそう叫ぶが、残念ながらそれは違う。彼女は倒れてホコリがついてしまったスカートをはたきながら、私を糾弾する。
「『箱』がないなら、私は"cube"じゃない。お前が『箱』を持ってるから"cube"だって断言したんだろう。それを私が持ってないってことは、私はそうじゃないっ。違うのっ!」
「違うね、全然。君は『箱』を持ってない。けどそれは君が、今は"cube"じゃないからだ」
せっかく勢いが戻りそうだった彼女の顔色がまた沈んだ。もういい加減に諦めて欲しい。
「なによ、今はって……」
「あんたまさか、鴻池まであんたみたいに資格を剥奪されたって言うんじゃないだろうな」
仁志が実に惜しいことを言う。
「違うよ、剥奪じゃないんだ。――強奪だ」
その一言で有華ちゃんは折れた。青白かった顔を覆い、顔をうつむけて髪を垂れ流す。そして声にならない声で、何かを呟いていた。そんな彼女に私は、追い打ちをかける。
「小林陸が教えてくれたことだ。"cube"の資格の強奪。君はそれをされたんだ……そうだよね」
「ちょ、ちょっと待て!」
黙って聞いていた父が声を荒げて、全校生徒を見渡し始める。
「その子が資格を強奪されたというなら、強奪した生徒が犯人じゃないのか」
「残念、早とちりさ。なぜなら資格を強奪したのは……黒沢明子だから」
この発言に体育館の右側の生徒たちが一斉に喋り始める。そこは三年生の場所で、黒沢明子の知り合いが多くいるのだろう。急に知人の名前が予想外のところで出てきて困惑してる様子だった。
私は両手を叩いて、静かにしてくれと促してから、またマイクに向かって話し始める。
「黒沢明子は荻原治に言い寄っていた。そして、"cube"についてこんな発言をしていたらしい。あんなのより私の方がすごい、とね。ついで"cube"に対しても批判的だったそうだ。けど彼女は"cube"として殺された。はて、どういうことか、考えてみた。すると小林陸の証言にたどり着く。彼は資格が強奪できると聞いていた。もしその噂が本当なら、黒沢明子が聞いたらどう思ったか。彼女は、言い方は悪いが少しヒステリー気味のところがあったらしい。周りを見下していたとも聞いた。そんな彼女にとって、"cube"になることは当然だったに違いない。けど彼女は"cube"じゃなかった。それを許せなかった彼女は、噂を聞いてなんとか資格を強奪出来ないかと考えた。そして行きついたのが、有華ちゃんが"cube"じゃないかという噂だ」
黒沢明子が強奪という方法を知っていたのは確かだ。荻原治があのベンチでの会話の時に、もっと他に"cube"について教えてくれと言った私に強奪とかはどうだと言ってきた。恐らく彼も黒沢明子に教えられたんだろう。
彼女は自分が優秀だと主張していた。なのにこの学校で『優秀な』生徒に与えられた"cube"の資格は与えられず、二年以上の高校生活を送ってきたんだろう。それはきっと彼女のプライドを傷つけたに違いない。だから彼女は"cube"に対して批判的だった。自分を認めないあんな組織が、本当に優秀なわけがない。ただただ感情論で否定していた。
しかし、そんな彼女にちょっとした情報が入る。強奪の噂だ。そして彼女はそれに動く。そのために彼女はまず、私と同じことを考えたはずだ。"cube"としての噂がある子を探し出す。そしてそれを実行した。すると、有華ちゃんの噂を耳にする……。
それがおそらく、悲劇の始まり。
「彼女は有華ちゃんを徹底的に調べた。そして『箱』を見つけた。"cube"として噂のある子が、怪しげな箱を持っていた。彼女は確信したはずだ、有華ちゃんが"cube"だと」
そもそも強奪の噂の中には『箱』の存在を示唆する内容が含まれていた。そこからでも簡単に推測できたはずだ。
「そして彼女は『箱』を奪い、有華ちゃんから"cube"の資格を強奪することに成功した」
長くなって忘れている箇所もあるかもしれませんが、資格の話はとても重要です。
もしお暇があるなら、思い出していただけると幸いです。




