開封
真相に気付いた蓮見は、学校へ向かう。
急に笑うのをやめて深刻な顔になった私を、春川が訝しげに見ていた。どうしたのと訊いてくるが、私はそれに答える余裕がない。すぐさま彼女の持っていたノートとペンを奪い取って、そこに今まであったことを書いていく。
最初の一件、私がまだ事件に介入していたかった頃。被害者は黒沢明子、三年生の女子。殺害方法は刺殺。授業中に殺されたところから生徒のほとんどにアリバイがとれた。男性関係を広く持っていてその中には荻原治もいた。そして彼女の死体、正確には握っていた『箱』を見て、茜ちゃんが不登校になる。
そしてそれから二ヶ月後、春川の紹介によって有華ちゃんが私の所へ依頼にくる。茜ちゃんを助けて欲しいと。そして私は捜査資料を手に入れて、そこから"cube"が事件に関与していること、彼女がそれであること、そして犯人が『主』であることを確信する。
しかしすぐに茜ちゃんは殺されてしまう。彼女は二年生、女子。殺害方法は焼殺。マンションの一室で閉じこもっていたところをやられた。ただマンションの入り口にあった監視カメラには、私がマンションから出てからは不審な人物は入っていなかった。だから、犯人は私より早くマンションに潜んでいたと言うことになる……。
そして私が現場に駆けつけると、待っていたかのように『主』から電話がかかってきた。
次に小林陸だ。彼は三年生の男子。野球部のエース兼四番で部長。私が彼を疑ったのは噂で屋上で"cube"の仕事をしているんじゃないかというのがあったことと、彼に周りからの絶大な信頼があったから。ただ彼は私が"cube"かと尋ねても、違うと答えた。ただ資格の強奪ということがあり得るらしいという情報だけ残してくれた。殺害方法は撲殺。
初めて私が反撃に出たのが次だ。婆さんを味方につけて、警察の弱みにつけこんで放送を利用して、"cube"に呼びかけた。そして持ち物検査をするとまで言った。さすがにこれには『主』が反応して、二度目の通話となったがろくな情報はえれず、結局荷物検査もやめろという指示に従って出来なかった。
その仕返しといわんばかりに生徒会室が襲われた。
ただ反撃のおかげで、多くの怪しい人物が浮上して、そこから浮かび上がったのが小野夏希と荻原治だ。
荻原治は私が放送中に携帯を使っていたことから『主』の容疑者に、小野夏希は翌日休んだことから"cube"の候補者になった。二人が恋人だという情報と、荻原治が黒沢明子と接点があるという情報から私の中で徹底的にマークすることに決まった。
荻原治は最初、『主』であることはもちろん、黒沢明子との関係も否定していたが結局、後者の件については自滅という形で自白がとれた。ただ私はそういったところから彼が『主』ではないと判断する。
そして同時期、今里麻由美、いや香月麻由美が入学してすぐやめていたことが判明して、彼女が『主』であると判断した。彼女はこの高校に入学して、たまたま『主』に選定されてそのことによって"cube"の存在を知り、姉の死にその組織が関わっていると悟って、復讐に走ったと考えた。そのために自らを退学に追い込み、容疑者リストから外れることにしたんだ。だから黒沢明子が殺された日から行方が分からない。それは今もだ。
そういえば有華ちゃんが"cube"じゃないかという噂もこの時に得た。
麻由美君に目を絞って調査していたら、なんと堂々と小野夏希が刺されてしまった。しかも私の目の前で。何とか一命は取り留めたものの、今も意識不明。そして私が容疑者にされる。ただ事前に春川に頼んでいたおかげで、すぐに開放された。しかし今度は荻原治が容疑者にされていて、そして私は、殺されかけた。
最終的に荻原治が遺書を残し自殺にはしり、万事休す。
そこまで書き上げたところで、全ての文字を目で追っていく。一見すると全く繋がっていない様な事柄たちが、ある一つの可能性にだけ反応して、一本の糸になり真実を導き出していた。
ただ……。
「これが本当だったとして……」
私が考えた可能性が本当だったとしたら、それはもう悲劇だ。
「どうしたのよ、一体」
「春川……。君、答えは分かった。ただこんなの嫌だよ。これは確かに動機にはなり得る。うん、確かにそうだ……けどね、こんなことで何人も死んだのかと思うと、耐えられない」
この事件がどうして起きたのか。起きてどうなったのか。それらを考えていけば、信じられないような答えが浮かぶ。確かにそれは事件を起こさないといけない。犯人が得たかったものは、事件が起きないと得られない。
けどそれはどう考えても、人を殺す理由にはない。
「……もういい、直接訊く」
私はそう心に決めてノートを閉じると、病院服を脱ぎ始めた。突然の行動に春川が慌て始める。
「ちょ、ちょっと何を考えてるのよ」
驚いている春川に私は脱いだ上着を投げつけた。
「悪いけど、しばらく身代わりになってくれ。頼む、一生のお願いだ」
母が持って来てくれていた私服が詰まった紙袋から、着替えを取り出していく。看護師や医者に見つかったら、すぐに連れ戻されるだろう。それは嫌だ。申し訳ないが、今は自分の体より重要な事案がある。
春川は素早く着替えていく私を見て、止められないと分かったのか、ため息を吐いた。
「それが最善ならやるわ」
そう答えてくれる春川に、私は心の中で返事をする。
残念、事態はいつだって最悪だ――。
着替え終わった私は出来るだけ人通りの少ない通路を選びながら、何とか病院の外へ出た。その間、この三日で知り合いになった看護師とすれ違ったが、なんとかばれずにすんだのは奇跡だったと思う。
病院を出た私はタクシーを拾って、学校へ向かった。仁志の話では、今日は体育館で臨時の全校集会があり、そこで婆さんが事件の経緯を生徒に説明するらしい。学校側としても、それで事件を終わらすということだ。だから、今日がタイムリミット。
携帯であまり気は進まなかったが、父に電話をかけた。しばらくコールが続いていたが、三日ぶりに父の声を聞くことができた。
「今から学校に行くから。出来れば数名こっちに寄越して欲しいね」
『今からって……お前病院はどうしたっ』
「いいから、たのんだよ」
たった数秒で会話を終えて通話をきった。そして携帯をポケットにしまい、窓の外へ目を向ける。走り抜けていく景色を見ながら、さっきまでの推理を頭の中で反芻する。そしてやはり間違いないと言うことを確信して、頭を抱えた。
「――馬鹿馬鹿しい」
なんでそんなことで、彼らは死ななきゃいけなかったんだ……。
タクシーを校門の前で停めてもらい、そこからは走りたかったがやはりまだ体がついていかなくて、小走りで集会の行われている体育館へ向かった。体育館に入ると、綺麗に整列させられた生徒たちの前の壇上で、婆さんがマイクを手にやけに難しい言葉を使いながら、事件の経緯と、命の大切さを説いていた。
生徒たちが並べられている体育館の真ん中の方とは違い、四隅は数名の人間しかいなかった。そしてその一角に仁志と海野先生がいたので、そっちへ近づいていく。仁志は生徒会長として、何か話すことや仕事があったんだろう。
気づかれないように体育館に入ったつもりだったが、足音でほぼ全員に気づかれてしまった。そのせいで静かだった館内が、一気にざわめき出す。私が殺されかけて入院中のことは周知されていたから、この登場には驚いたようだ。
私の姿を確認した仁志は目を大きく開けたが、すぐに駆け寄ってきた。この頃にはすでにあきれ顔になっていた。
「あんた、こんなところにいて大丈夫なのかよ」
「心配してくれてありがとうね。ただ、今は私のことなんてどうでもいい。ひぃ君、使えるマイクはないかな」
「そんなの急に言うなよ、マイクは今学園長が……」
何か使えそうな物はないかときょろきょろと辺りを見渡す仁志の横に、大きな人影が立って、黒いマイクをすっと私に差し出してきた。それを笑顔で受け取る。
「ありがとう、ティーチャー」
海野先生は私の体を気にかけることもなく、マイクを渡し終えると元の場所へ戻っていった。全く、信頼されているということを変なところで実感させてくるんだから。
マイクの電源を点けた後、何度か掌で叩きちゃんと館内に音が響いているか確認する。どうやら問題は無いようなので、マイクに声をかける。
「ああ、婆さん、すまないけど時間を頂くよ」
私の突然の乱入に話しを止めてしまっていた婆さんに一言詫びを入れると、向こうもマイクを使って質問してきた。
「あなた、何をするつもりなの」
私が答えようと口を開けると騒々しい音が体育館の入り口の方からして、見ると父を含んだ数名の警官が入って来ていた。なんと驚いたことに、その中には須藤もいる。
「ご到着だね、遅かったじゃないか」
額から後頭部に撒かれた包帯を掻きながら父たちを出迎えると、父はまた大きな声を出す。
「お前は一体何を考えてる。何をするつもりだ」
その質問はさっきもされた。何をするつもりって、もうここまで来れば大方分かると思うけどね。それでも訊かれたからには答えるしかない。
「何をって決まってるじゃないか」
最初は仁志に、次は海野先生に、そして父と須藤に、今度は体の向きを変えて婆さんに、そして最後は事態の行方を見守っている生徒たちへと目線を移していき、私は放った。
「こじ開けるんだよ、パンドラの箱をね」
次回から、いよいよ解決編です。




