献花
思わぬことを聞かされた蓮見は、必死にそれを否定するが……。
「な、何を言ってるんだっ。荻原君は――」
「あなたが無実だと確信しただけで、無実だという証拠はなかった。そうでしょう。彼には昨日のアリバイが無い。それだけじゃない。彼は今、消息が掴めてない。警察は逃亡したと考えているわ」
「待ってくれ。私は昨日彼を見たぞ。そうだ、ひぃ君、君だって見ただろう。彼は私が連れて行かれた後、病院に来たはずだ」
あの絶望に染まった顔を思い出しながら仁志に同意を求める。彼は確かに頷いたが、それでも返事は濁っていた。
「見たよ。話しもした。けどあいつまだ手術中だって聞くだけ聞いて、どっか行っちまったんだよ。何か、それこそ人でも殺すんじゃないじゃって雰囲気出してたぜ……」
そんなバカな話しがあるか。あれだけ小野夏希に惚れていた荻原治が、その彼女が死にかけているのにどこかへ行っただと。あり得ないだろう。けど、あり得ているのか。どうしてだ。彼はどこにいる。
「それでまだ見つかってないんだね。警察は犯人として探している。ああ、これはやっぱり最悪じゃないか。どんな手を使ったかは知らないが、犯人は荻原治を犯人に仕立て上げるつもりだ」
「その犯人っていうのは……」
「麻由美ちゃんだろうね。私は一度会っているし、彼女だ。とにかく警察はもう私の言うことを信じない。なら、こっちで勝手にやるしかないね」
私は情報提供者にお礼もせず学園長室から出た。早歩きをしながら後ろにくっついてくる仁志に命令をした。
「仁志、君の知り合い総出で荻原治を捜すんだ。もしかしたら誰か友達の家にいるのかもしれない。そういうことなら君ら生徒たちの方がみつけやすいだろう」
「あんたはどうすんだ」
「私は原付でそこら中を走り回る。悔しいけど、それしか手がない」
彼を見つけ出してどうするかまでは考えていなかった。ただ、警察が彼を疑っているという現状だけで、それは十分に危険だ。もし麻由美ちゃんが本当に彼を犯人に仕立て上げようとするなら、最後に仕上げをするはずだ。それはもう、最悪なんてものじゃない。
けど、どうしてだろう。どう考えてもおかしい。ターゲットになり得る人物は後一人いるはずだ。ここで犯人に仕立て上げても、じゃあ後一人をどこでどうするんだ。また殺したらすぐに彼の無実が証明されて、警察はまた調査に乗り出す。それだと身代わりを作る意味がない。
どうして今このタイミングでこんなことになっているだ。単に捜査の目をそらして、その間に殺すつもりか。いやでも、それなら昨日の晩に出来た。私という身代わりがいたのだから。
訳が分からない。
「意味不明だよ。そもそもどうして警察はあんたを疑って、今度は荻原なんだよ。いや荻原は可能性あるけど、あんたは『主』の可能性なんかねぇじゃねぇか。ここの生徒じゃないんだから」
「それは簡単だ。多分、警察は『主』なんか信じちゃいないんだよ。それは私が捜査を攪乱するための嘘だったと思ったわけさ。過去の"cube"だって『主』の証言はしてるはずだけど無視してるのかもね」
仁志にそう説明して、そこで初めて自分でも気づいた。そうか逆だ。警察は『主』を信じている。だからこそ、今荻原治を捜しているんだ。彼らは、香月麻由美まで"cube"だったと考えているんだ。彼女は既に殺されていて、それで被害者がプラス一になる。現在、確認されている被害者は黒沢明子、安藤茜、小林陸、そして小野夏希の四名。それに一を足せば五。そして『主』を含めれば、"cube"の完成だ。
バカな発想だ。麻由美君が"cube"だって。そんな発想が出来るのがすごい。彼女は姉を"cube"によって殺されているんだ。そんなものに参戦させられるわけがない。けど、これで計算は合うのか。各学年に二人ずつ、"cube"がいることになる。
「ああっ、くそっ!」
思わず悪態をついてしまう。どこまで、一体どこまでこの事件は計画されていたんだよ。麻由美ちゃんは自分を被疑者から、被害者に変えたんだ。でもどうやって……。警察がどうやってそんな考えをするんだ。
「……私か」
そうか。私は被疑者になった。それを計画していたのなら……。無実が証明されたとはいえ、私が疑わしいことには変わりはない。ならその私が無実だと言った荻原治と、犯人だと指摘した香月麻由美。疑われるのはどっちになるのか。それは想像に易い。
もちろん、その事実も色々と考慮してのことだろう。警察は香月麻由美を完全にマークしていた。その中で学校の中で堂々と犯行が行われれば、警察としては捜査にミスがあったと考えるより先に、彼女は最初からいなかったと結論づけるだろう。そしたら疑われるのは限られてくる。小野夏希の恋人という存在は、あまりに大きい。
私は私が身代わりにされることを予想していた。そのために予防線を張った。けど相手は、それを見抜いてその線を絡ませて複雑にしていき、多くの人間を彼女の仕組んだ思考の中で雁字搦めにして、最後にはその線を使って誰かを絞め殺すつもりだ。
これは……。こんなの……。
「人間が出来ることじゃない」
警察がこんなことをしている間にも、最後の"cube"は……。最後の、一人は……。
「仁志っ、有華ちゃんはどうしたっ」
その場で足を止めて急いで振り返る。早すぎる私の動きに仁志が目を丸くしていた。
「鴻池か。あいつも午前中は一緒に病院に行った。ただ、その後は知らねぇよ」
どうして今になってこんな重要なことを忘れていたんだ。自分で自分を殴りたくなる。ポケットから携帯を取り出して彼女に呼びかけるが、何度コールしても一向に出ない。電波の届かないところっていうのは、一体全体どこなんだっ。
進路相談室へ入り、置きっぱなしだったヘルメットを持って、すぐに出て行く。
「そういえば、あんたの原付を誰かがいじってたぜ。おいって怒鳴ったら、どっかに逃げたけど」
「高校生は原付に憧れるものさ。私も十六になって、すぐに免許を取ったもの」
そんなくだらないエピソードはどうでもいい。校門の近くまで来て、仁志に向き直る。
「じゃあ、ここから別行動だ。君は友人たちに頼んで荻原君を捜してくれ。私は彼を捜しながら、同時に有華ちゃんも見つけるから」
「なあ、鴻池ってやっぱり――」
「頼んだよっ」
仁志の質問を蹴散らして、私はすぐ側に駐めてあった原付にまたがり鍵を差し込んで、エンジンをかけながらヘルメットをかぶり終えると、アクセルを回して乱暴に一気に発進する。
猛スピードを出しながら、ひとまず有華ちゃんの自宅に向かっていた。彼女とどうしての連絡を取り合わないといけない。その思いだけが先走って、ただただスピードを出していったが、鉄橋のある交差点の眼前で赤信号になってしまったので、舌打ちをしながらブレーキをかけた。いや、かけようとした。
「えっ……」
いくらかけてもブレーキがきかない。だからスピードも落ちることなく、交差点にさしかかろうとしていた。頭の中がパニックになり、何度も何度もブレーキをかけようとするが、止まる気配は一切無かった。
ふと、一瞬だけ視界に何かが入った。それは鉄橋の上、誰かが立っていた。そしてこちらをじっと見下ろしている。顔までは見られないが、それが昨日会った人物であることは分かった。
その人物に向かって何か叫ぼうとしたとき、鼓膜が破けるんじゃないかという様なクラクションが聞こえてきた。驚いてその方向を見た瞬間、横からとんでもない衝撃が私にぶつかってきてそのまま吹き飛んだ。ふわりと体が浮くとまるでスローモーションみたいに景色が映ったが、すぐに重力に従って元のスピードでアスファルトの地面に叩きつけられ、そのまま転がった。
全身が痛いはずなのに、痛みすら感じられなかった。朦朧とする意識の中、最後に見たのはアスファルトの地面に叩きつけられた自分の体から流れ出す、バカみたいに綺麗な緋色。それを見ながら、やっぱりなと確信した。
……事態はいつだって最悪だ――。
7
鉄橋の下では大騒ぎになっていた。何人もの大人たちが車をその場に止めて、倒れている彼女に駆け寄って彼女の体を乱暴に揺らすが、まるで応答がない。事故を起こしたドライバーに至っては放心状態で、その場に立ちすくんで邪魔でしかなかった。彼の人生が狂ってしまったのは、まあ仕方ない。
これでとりあえず目障りな障害が一つ減った。まさかここまで上手くいくとは思ってなかったが、これでいい。文句はない。最高の形だ。いや、最高ではないか……。できればこの手で彼女を殺めたかった。それが叶わなかったのは非常に残念。ただあまり彼女に近づき過ぎると足下をすくわれそうで怖かった。
結果として彼女の排除に成功したことだけでも満足すべきか。
「残念だったね、探偵さん」
鉄橋の手すりに両腕を乗せて、そこに自分の顎を乗せていた。そのまま下の様子を伺う。誰か一人の四十代くらいの男が、携帯に向かって叫んでいた。
こんなことにはなっているが、彼女には感謝して欲しい。そもそもここまで生かしてあげたこと自体、優しさじゃないか。本当ならもっと先に殺してやってもよかった。ただそうしなかったのは個人的に彼女が好きだったから。そして、面白そうだったから。
ただもういらない。もう彼女の役目は終わった。後は静かに眠りにつけばいい。そして、二度と目覚めなければいい。それでハッピーエンドだ。もう彼女は何にも悩まなくていい。誰かを守る必要もない。誰かに疑われることもない。今回の事件、彼女は疲れたはずだ。
「ゆっくり休むといいよ、永遠にね」
そう、もう二度と目覚める必要なんてない。少々痛いだろうけど、それを我慢してくれればあとは楽に向こうの世界へ行けるよ。そこには小林陸も黒沢明子もいる。事件のことがまだ調べたいんだったら、そいつらからまた調査すればいい。
もちろん、真実が明るみにでることはない。
クスクスと気持ちよく笑っていると、誰かが鉄橋を登ってきた。見覚えのある顔。真っ直ぐこっちを向いている。早く行きましょうと急かしているのが、言葉にしなくても分かった。
「見なよ、人の死に様なんて中々見られるものじゃないから」
その人物に声をかけても返答はない。つまらない奴。大対、こんな所に現れなくてもいいのに。人が折角人の死を楽しんでいるときに……邪魔だろう。殺してやろうか。こいつを殺すなら……そうだな、絞め殺す。絞殺ができなかったのがちょっと惜しいところだから。
その時、サイレンが聞こえてきた。救急車とパトカーだ。体を起こして、鉄橋から離れる。さて逃げないといけない。探偵の死を見届けられないのは残念だけど、まあいい。死ならどうせこの後すぐ、また見られる。
立ち去ろうと一歩踏み出す前、やはり彼女のことが気になって鉄橋から身を乗り出して下を見た。倒れた彼女の体から、血が流れていてアスファルトを赤く染めていた。最後に勇姿だ。あまりにあっけないが、それでもいい。
くすっと笑った後、この時のためにさっき道ばたで摘んでおいた名前も知らない花を、鉄橋の下に向かって放り投げた。
「バイバイ、名探偵」




